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恋とはそういうもの

 そして、手早く準備を整え王宮警備隊の詰所へ走ったスロダーリャは、渋るニルマカーラを説き伏せ、碧玉門へ連れてきたのだった――。


 ニルマカーラは、仰々しい身振りで手にしていた書状を広げた。

 わざとらしい咳払いをして、周囲の人々を立ち止まらせると、イルに向かって書状を突き出しながら言った。


「王宮の『男の宿り場』に住む自称便利屋のイル、えーっと……、町の子どもたちに、ただで読み書きを教えた罪により、おまえを捕縛する!」

「えっ!? ただで教えちゃいけないんですか!?」

「町で私塾を開いている者から、訴えがあったのだ。きちんとした知識もないおまえが、ただで読み書きを教えているために、子どもたちが正しく学ぶ機会が失われていると――。それに、ただと言いながら、裏で何か別の報酬を得ているのでは、という噂もある――」

「俺が教えているのは、私塾へ通う金もない子どもばかりです。そういう連中は……痛!」


 両手を振り回しながら、自分の考えを訴えようとしたイルは、警備隊の隊士たちにあっという間に縄をかけられてしまった。

 ニルマカーラは、無理に顔をしかめ、周囲の人々によく聞こえるように声を強めて宣言した。


「申し開きは、王宮警備隊の詰所で詳しく聞く! さあイルよ、我々と一緒に来るのだ!」


 スロダーリャは、ずっと腕組みをしたまま、この様子を見守っていた。

 マトヴァリシュから降りたシシルスランガは、何が何やらわかないまま、呆然とニルマカーラとイルのやりとりを見つめていた。

 王宮警備隊に囲まれイルが歩き出すと、ようやくシシルスランガは我に返り、イルに駆け寄ろうとした。


「なりません、シシルスランガ様!」


 素早くシシルスランガに近づき、彼女を引き留めたスロダーリャが耳元で囁いた。

 いつの間にか一人の老人が現われ、マトヴァリシュの手綱を掴んでいた。

 スロダーリャがうなずくと、老人はマトヴァリシュを連れて去って行った。


「さあ、お部屋へ戻りましょう。イルは便利屋です。いろいろともめ事に巻き込まれることもありますが、あなたが気になさることではありません」


 スロダーリャに抱きかかえられるようにして、シシルスランガは碧玉門をくぐった。

 門の中では、カンドラーマとサムジャサナが待っていて二人に付き従った。


 *


「しきりに寝返りを打っておられましたが、ようやく静かにお休みになりました。お茶に眠気を誘う薬草を少しだけ混ぜておきましたので、しばらくはぐっすりお眠りなると思います」


 シシルスランガの寝室から出てきたカンドラーマが、居間で待っていたスロダーリャとサムジャサナに声を潜めて言った。


「イルが捕縛されるところを見て、驚かれたのだろうな。それに、ロバに乗ってとはいえ、プルミーマの森まで往復したのだから、心も体もかなりお疲れのはずだ」

「それだけではありません。昨日から行厨(べんとう)の準備に励んでいらして、今朝も早起きをして最後の仕上げをしていらっしゃいました」

「行厨? シシルスランガ様が作ったのか?」


 驚いた顔をしたスロダーリャを、カンドラーマとサムジャサナは、クスクスと笑いながら見ていた。


「ええ。サクティマラタック王国の伝統料理をイルさんに食べさせたいと仰って――。グオングアという携帯食ですが、わたくしたちの分も作ってくださいました。」

「お昼にいただきましたが、たいへん美味しゅうございました。八つほど持って行かれましたが、おそらく大半をイルさんが平らげてしまったことでしょう。愛しく思う人が作ったというだけでも、殿方は美味しく感じるそうですから――」


 そう言って二人は顔を見合わせると、再びおかしそうにクスクスと笑った。

 スロダーリャは、何がそんなにおかしいのかわからず、ぽかんとして二人を見ていた。

 そんなスロダーリャを目にして、少し呆れたような顔でサムジャサナが言った。


「まったくもう、お姉様ときたら――。何も気づかなかったのですか? シシルスランガ様とイルさんは、お互いをたいそう愛しく思っているのです。どうやら、シシルスランガ様は、自分のお気持ちがまだよくわかっていらっしゃらないようでしたけど――」


 サムジャサナだけに任せてはおけないという様子で、カンドラーマも付け加えた。


「右も左もわからぬ異国へ連れてこられて、不安だらけだったシシルスランガ様を、イルさんが王都まで案内してきたのでございましょう? 二日間とはいえ、若い男女が一緒に旅をしたのです。おまけに、イルさんは見た目も良いし、親切だし――、恋に落ちない方が不思議ですわ!」

「こ、恋!? 待て……、シシルスランガ様は、第二十八王子に嫁ぐためにこの国へやって来たのだよ。なんで王子ではなく、イルに、こ、恋してしまうんだ!? それは、おかしいであろう!?」


 二人は、赤くなったり青くなったりして慌てふためくスロダーリャの両手をそれぞれ取ると、幼子を諭すように優しく言った。


「お姉様、恋とはそういうものなのですわ! いくら婚約者であっても、まだ一度も会ったことがなく、手紙すらやりとりしたことのないお方より、目の前にいて、自分を気づかい優しく接してくれる人を愛しいと思うようになるのは、当然ではありませんか!」

「カンドラーマの言うとおりですわ、お姉様! シシルスランガ様が仰っておりました。王都へ着いてすぐ、噂に聞いていたケダパータの池の青い水鳥を見てみたいと言ったら、少し遠回りをしてイルさんが案内してくれたのだそうです。

そのときから、運命の歯車は回り始めていたのです。昔から、ケダパータの池で一緒に青い水鳥を見た男女は、必ず結ばれると言われております。お二人がそれをご存じだったかはわかりませんが、恋に落ちるべくして落ちたのですわ!」


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