イルの正体
その少し前のこと――。
はやる気持ちを抑え、スロダーリャは白孔雀宮の回廊をもの凄い速さで歩いていた。
そんなスロダーリャを見て、侍従や侍女たちは、「ああ、陛下の良からぬ隠し事が、とうとうバレてしまったのだな」と思いながら、立ち止まって目礼した。
「陛下! 陛下はおられますか?! 今すぐにお話ししたいことがございます!」
ノックもせず、応えも待たず、つむじ風のような勢いで入室してきたスロダーリャを見て、国王の執務室にいた侍従や侍女たちは、言われる前に素早く退室した。
部屋の扉が閉まる頃には、室内に残ったのは国王とスロダーリャの二人だけだった。
ブーヴァンゾ三世は、叱られるのを待つ子どものように、ちんまりと長椅子に座っていた。
その神妙な姿を見て、スロダーリャも心を落ち着け、臣下としての礼を尽くしつつ文句をつけることにした。
「いろいろと申し上げたいことはございますが――、ほかにしなければならないこともありますので、単刀直入にお話をさせていただきます。
陛下、第二十八王子様はご存命で、この王宮内にお暮らしであることがわかりました。正式なお名前は不明ですが、王宮では『イル』と呼ばれております。自分は孤児だと信じこまされ、『男の宿り場』で老人たちに育てられてきたようです。
本当は、陛下がそのように仕向けられたのですよね? 王子の出自が特別なものであったので、王子の身の安全を考えて、何も知らせず、どこにも行かせず、ご自分の目が届くところに置くことにした――。
わたくしには、何もかも忘れた、思い出せないと仰って何の手がかりも与えてくださりませんでしたが、――結局、そういうことでございますよね?」
スロダーリャの話を聞き終えたブーヴァンゾ三世は、長椅子に座ったまま、嬉しそうに何度も両手を叩いた。
スロダーリャは、国王の想定外の行動に、目を大きく見開きまばたきした。
「さすがだ! さすがだぞ、スロダーリャ! よくぞ、そこまで調べたな! そなたの話を聞いて、わしもようやく思い出すことができた。
そうだった――、第二十八王子はわしの子ではなく、本当はメンジザバール王国の王子だったのだ。それについても、そなたはすでに知っておるのであろうな?」
「ええ、イルは陛下には全く似ておりませんが、タハトイルリリム三世とザーラハムーラ妃には、たいへんよく似ておりますので――。
メンジザバール王家独特の深い鉄色の瞳、いつも笑ったような形をしている少し大ぶりな口元、首長国の人々の特徴である緩やかに波打つ黒い髪と淡い褐色の肌、それらはお二人から受け継いだものに間違いありません。
特に鼻筋が通り整った顔立ちは、ザーラハムーラ妃にそっくりです。陛下のお子にあのような顔立ちの方はおられません。」
ブーヴァンゾ三世の子どもたちは、みんな少し丸い形の鼻をしていた。
髪の色は濃い淡いの違いはあっても、みんな褐色だ。
もちろん、スロダーリャも例外ではない――。
「とにかく、第二十八王子の所在がわかりほっとしております。ようやく婚姻の儀に向けて、具体的な準備を進めることができます。わたしは、これよりイルを迎えに行って参ります。こうなっては、『男の宿り場』に住まわせておくわけにはいきませんので――。
シシルスランガ様とお暮らしになるために用意した別宮に、先にお住まいいただきましょう。
婚姻の儀の方は、予定通りおこなうということでよろしいでしょうか? まあ、その前に陛下からイルに、事情をお話しいただく時間が必要かと思いますが――」
ブーヴァンゾ三世の肩がぴくりと震えたのを、スロダーリャは見逃さなかった。
「おや、陛下? もしや、まだほかにも、何かわたしに隠していることがあるのですか?」
「うん……、実はな……、つい先ほど、メンジザバール王国から書状が届いたのだ」
書状には、メンジザバール王国では、タハトイルリリム三世と前妃の間に生まれた王子が、チューロデーサ王国にいることに確証を得たので、すぐにも家臣団を派遣して王子を連れ帰りたいと記されていた。
国情も落ち着いたので、タハトイルリリム三世の正式な即位式を行い、王子を王太子に据えることが決まったとも書かれていた。
「それはつまり、イルをこの国の第二十八王子ではなく、メンジザバール王国の王太子として扱わねばならないということですか?」
「そうなるな……。だから、もし向こうがシシルスランガ姫との婚姻に反対すれば、せっかく準備を進めてくれたそなたには申し訳ないが、この話は立ち消えとなるかもしれない。
なにしろ、一夫一妻に厳格なお国柄だ。すでに婚約者が用意されていると言われたら、それに従うしかないだろう?」
「それは、そうかもしれませんが――。シシルスランガ様を嫁がせることを条件に、乾果の価格を下げることを受け入れた、サクティマラタック王国が黙っていないと思いますよ」
「うーん……、やはり、シシルスランガ姫をわしの第六十七妃としてだな――」
「それは、なりません!!」
ブーヴァンゾ三世は、長椅子の上で縮こまり、頭をぎゅっと抱えていたが、今日は何も飛んではこなかった。
そっと顔を上げると、スロダーリャは厳しい顔で部屋の天井を睨んでいた。
「わかりました、陛下――。わたしが、何とか始末をつけます。シシルスランガ様のご帰国までに、支度金の十五倍の金銀を用意しておいてください。
それから、先々のことを考えて、『第二十八王子』と『王宮の便利屋イル』は、この機会に二人とも消してしまおうと思います――」
目線をブーヴァンゾ三世に向けたスロダーリャは、いつになく冷ややかな声で言った。
明日中に、残り部分をすべて投稿し完結する予定です。
ハッピーエンドまでお付き合いいただけたら嬉しいです。