ロバに乗った花嫁
隣り合う二つの国、チューロデーサ王国とサクティマラタック王国は、昔から何かにつけ競い合ってきた。
どちらも優れた国民性の国なので戦争を起こすことこそなかったが、歴代の国王たちは隣国より少しでも上に立とうと、「塔の高さ比べ」やら「大砲の大きさ比べ」など、つまらぬことを競い合ってきた。
当代の国王、ブーヴァンゾ三世とスードウコティヤ四世は、共に希代の艶福家であったことから、若い頃から妃の数や子どもの数を競うことになった。
その結果、両国はたくさんの妃やその子どもたちを養うため、巨大な王宮を建設しなければならなくなってしまった。
その増築と維持にかかる経費はたいへんなもので、やや国力で劣るサクティマラタック王国は、ある時点で王宮の拡張を断念した。
そして、国の将来を危惧した役人たちは、王族の人員整理に着手した。
国王と相談し、王太子と第一王女以外は、十八歳になる年に他国の人間と結婚させ、国の外へ出すというきまりを作ったのである。
*
「ええっとですな……、今年、ご結婚いただくのは、第二十五王女のジーニププラク様と第二十六王女のシシルスランガ様、それと第三十一王子のギグヌム様ですな」
「今年は三名ですか――。少なくて助かりますね。何か問題はありますかな?」
「ございません! ギグヌム様は、アリエージ首長国のアーティシュエニー族長の第三王女ビフリャド様とご婚約済みです。ジーニププラク様は、お母上のマシュビドーバ妃の母国ケネオーバ王国の豪商アルピューリ様のご子息グールベリ様と、こちらもすでにご婚約済み。そして、シシルスランガ様ですが――、あれ?」
「どうかしましたか?」
「いえ、その――、お隣のチューロデーサ王国の第二十八王子様とご婚約なさっているはずなのですが――。王子様のお名前がわかりません。婚約承諾書のその部分が、ネズミにかじられておりまして――」
「チューロデーサ王国の第二十八王子ということは、決まっているのでありましょう? とりあえず、チューロデーサ王国へ行けば、はっきりするのではありませんか?」
「それもそうですな。では、お三方とも一か月後にご出発ということで」
「これにて一件落着、ですな!」
サクティマラタック王国の王宮にある、王室省王族管理部の二人の役人は、年明け早々に今年一番の重大事案を無事に解決できて、たいへん満足していた。
あとは、三人の王子王女の嫁ぎ先に支度金を送って準備を頼み、一か月後には王宮から追い出せば良い。
相手方の国境までは王宮の乗り物で送っていくが、その先はあちらまかせだ。
迎えだけは、依頼しておかねばならない。
しかし、その先のことは、管理部は我関せず――なのである。
どうぞ、勝手に末永くお幸せに――なのである。
かくして、一か月後――。
王宮の広間にて形ばかりの祝婚の宴が催され、年に数度しか会わない三百人を超える王族たちが集まり、三人の旅立ちをささやかに祝った。
そして――。
第三十一王子ギグヌムは、王家の帆船に乗り海の向こうのアリエージ首長国へ出発した。
第二十五王女ジーニププラクは、王家の重厚な馬車に乗り、ケネオーバ王国へ出発した。
第二十六王女シシルスランガは、可愛がっていたロバのマトヴァリシュに乗り、隣国チューロデーサ王国へ出発した。
アリエージ首長国の港では、飾り立てた数十頭の駱駝がギグヌムを出迎えた。
ケネオーバ王国の砦では、硝子の馬車がジーニププラクの到着を待っていた。
チューロデーサ王国との国境の村では――。
「えっ!?」
マトヴァリシュから降りたシシルスランガはもちろん、王宮から歩いて付き添ってきた護衛兵と侍女と付き人の老女も、驚きのあまり声が出なかった。
花嫁を引き渡す予定の場所で待っていたのは、少し日に焼けた元気そうな若者一人だけだったのだ。
彼は、馬車どころか馬さえ連れていなかった。
「む、迎えは、お、おぬし一人なのか?」
「はい。お迎え役のスロダーリャ様が、腰を痛めて来られなくなったので、代わりに行ってくれと頼まれました」
「馬車も馬もありませんが、姫様はどうやって王宮へ向かうのですか?」
「元気な人間なら、徒歩でも二日あれば王宮へ着きます。馬車や馬なんていりませんよ」
「そなたが、迎えの者である証拠は、何か携えてきておるかえ?」
「ええっと……、スロダーリャ様から預かってきた、陛下からの婚姻許可証とスロダーリャ様の身分証が……、あっ、これです!」
若者は、肩から提げていた麻袋の中を、ゴソゴソとかき回していたが、やがて、少ししわくしゃになった書状と汚れた木札を取り出し三人に見せた。
書状は、国王の印章が押されたシシルスランガと第二十八王子の婚姻許可証だった。
なぜか、これにも王子の名前がなかった。
「スロダーリャ様によると、陛下は第二十八王子様のお名前を思い出せなかったようで、調べてから後で書き込むと仰っていたそうなのですが、結局そのままで――。まあ、王子様だけで五十人以上おられますのでね、しかたがないというか――」
木札には、スロダーリャの名前や生年が焼き付けてあり、こちらにも国王の印章が押されていた。スロダーリャは、チューロデーサ王宮で働く侍従だった。
不安そうな顔でマトヴァリシュの手綱を持つシシルスランガと、どこかで拾ってきたニンジンをマトヴァリシュに与える若者を交互に横目で見ながら、護衛騎士と侍女と付き人の老女は話し合った。
早く用件をすませ王宮へ戻りたかった三人は、あっという間に結論を出した。
そして、声を揃えて若者に叫んだ。
「それでは、姫様をよろしくおねがいいたします!」
「承知いたしました!」
三人は、シシルスランガに軽く頭を下げると、パッと背を向けもと来た道を戻り始めた。
本来なら連れて帰るべきマトヴァリシュを残したまま――。
「それじゃあ、俺たちも出発するとしましょう。ええっと……、シ、シシルス……シシルスランガ姫様……、でしたよね? せっかくだから、ロバにお乗りになってください」
「シシルと呼んでください。ロバには、マトヴァリシュという名前があります」
「かしこまりました、シシル様! さあ、マトヴァリシュ、王宮に向けて出発するぞー!」
「オーヒーーッ!」
右手には手綱を持ち、握りしめた左手を力強く天へ突き上げ、若者は歩き出した。
従順なマトヴァリシュは、嬉しそうに一声鳴くと若者の後に従った。
シシルスランガは、まだ彼の名前を聞いていなかったことに気づいた。
「あなたのお名前を教えていただけますか?」
「俺は、イルと申します」
「イルどの……、道中よろしく頼みます」
「ははっ! 大船に乗った気持ちで、このイルにお任せください! まあ、実際は船じゃなくてロバに乗っているんですがね、ヘヘヘ!」
「フフフ……」
嫁ぎ先には、すでに支度金が送られており、シシルスランガに大きな荷物はない。
婚礼衣装も、チューロデーサ式のものを用意してくれているはずだった。
ロバに乗ったシシルスランガには、異国の姫らしさなどどこにもなく、盗人に目を付けられることも刺客に命を狙われることもなく、のんびりとした二人旅が続いた。
途中、大きな神殿がある町で一泊し、次の日の昼過ぎには王宮に到着した。
広大な王宮は、白い石の塀で囲まれており、一つの大きな町のようだった。
塀に沿って四半時ほど歩いたところで、二人と一頭は、ようやく王宮の正門へとたどり着いた。
本日中に、あと二話投稿する予定です。お付き合いいただければ幸いです。