- 5 -
「喜多嶋さん、昨日はありがとうございましたっ」
翌日、彼女は上機嫌だった。
この様子から見ると京介と上手くいったらしい。
(もしかして……付き合う事になっちゃったのかな?)
「いえいえ。それで、あの後どうだった?」
「はい、二人でバーに行きました」
「『25ans』てトコでしょ?」
京介はいつも一人で飲む時はここにいる。
以前、私も何度か連れて行った貰ったことがある落ち着けるお店だ。
「いえ? そんな名前のお店じゃなかったですよ?
喜多嶋さんと別れた場所の近くのバーです」
「あ……そうなんだ?」
(『25ans』じゃないならどこだろう? 新しいお店見つけたのかな?)
「でも、橋本さん会社から呼び出しがあったみたいで
携帯の番号とか聞く前に帰っちゃいました」
「え? じゃあ、京介とゆっくり話せなかったの?」
「はい。あ、でも『また今度一緒に食事でも』って言ってくれたから……」
結局、伊東さんと京介の間は何もなく、連絡先の交換すらしていなかった。
私はちょっとだけホッとした――。
「もしもし、私」
その日の夜、京介に電話をしてみた。
『あぁ』
(あれ?)
京介はなんとなく不機嫌そうな声だった。
「昨日、途中で帰ったんだって?」
『……あぁ』
「なんか急に会社に呼び出されたって聞いたけど、どうしたの?」
『あー、ちょっとトラブル』
「ふーん……あ、それでね、どうする?」
『どうするって?』
「次の約束。してないんでしょ?」
『……』
「伊東さん、京介ともっと話したいみたいよ」
本当はそんな事を言う為に電話したんじゃない。
京介が伊東さんをどう思ったのか聞きたかった。
でも、口から出た言葉は自分の意思とは裏腹に彼女との次の約束を
取り付ける為の言葉だった。
『小雪』
「うん?」
『ごめん、まだ仕事中なんだ』
「あ、そうなんだ。ごめ……」
京介は私がごめんねと言い終わらないうちに電話を切ってしまった――。
――二週間後。
「ちょっと、君」
午後六時、私達コンシェルジュがいるカウンターに一人の男性客が来て
少し奥にいた私に手招きをした。
「いらっしゃいませ」
「この中で一番高いジュエリーを扱ってる店に案内して欲しいんだけど」
私と同い年くらいの黒いスーツを着ているその男性の要望は結構な難題だった。
「一番高い物という事になりますと、ジュエリー専門店だけでなく、
大手のブランド店でも扱ってございますから……」
「じゃ、君の好きな店に案内してくれる?」
「えっ、わ、私のですか?」
「うん、そう。君の好きなブランドの店に案内してよ」
「は、はぁ……」
一体、どういうつもりなんだろうか?
女性へのプレゼントなら、だいたいは相手の好みのブランドくらい聞いておくだろう。
私の好きなブランドから選んだとしてもそれが必ずしも気に入って貰えるとは限らないのだから。
それでも、お客様のご希望だから……と、シンプルなデザインが多くて
気に入っているブランドショップにご案内すると今度は、
「婚約指輪を選んでほしい」と言われた。
「あ、あの……それは……」
「いいから」
なかなか強引なお客様だ。
私は仕方なく言われるがまま指輪を選んだ。
「こちらなどはいかがでしょうか?」
「うん、いいね」
男性はそう言うとその指輪を私の薬指にはめた。
(え……)
「俺と結婚してよ」
そして、いきなり公衆の面前でのプロポーズ。
「っ」
私は思わず絶句した。
ざわつき始める店内。
しかし、彼は余裕のある顔で私の手を握ったまま見つめている。
「む、無理、です……」
「何故?」
「交際している男性がいますので……」
つい嘘をついてしまった。
「ふーん。なら、その男に会わせてよ」
彼はそれでも手を放してくれない。
しかも、よりにもよって相手に会わせろと言い始めた。
「俺とその男とどっちが上か、会って確かめたい」




