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 王城の図書庫には、王族専用の個室がある。

 王族ですら持ち出しが許されない本を閲覧できるように設えてある部屋だが、エンディミオンは、自分用の個室の机に積み上げた本を端から端まで繰り返し読み返していた。

 (アステラ)神の神託があって、災厄に対する指揮権を国王から賜ってからずっと、関わりのありそうなものは古書も禁書も歴史書も、新聞記事は時代も問わずに機関紙からゴシップ誌まで、国中から集められるだけかき集めて、シルヴィオやアンジェロたちの手を借りながら選り分けて残ったものでも、一人で使うには無駄に大き過ぎる一枚板の閲覧テーブルを埋めてしまっていた。

 それらをもう何往復もして、すべて頭に入ったと思ってもまだどこかに新しいことが書いてあるのではないかと、調べる手を止められない。

 日中は、教会や十二貴族をはじめ古くから残る貴族の邸に赴いて、持ち出すことのできないそれぞれの家門で所蔵する古い日記や当主の残した記録などを求めて協力を要請したり、直に話を聞きとりに行ったりとやるべきことは沢山あったから、睡眠時間を削ってそれをしていた。

 ……ルクレツィアのためにスピカの手がかりを探しはじめると、エンディミオンは取り憑かれたように夜な夜な資料を読み漁った。

 もう何夜まともに眠っていないのか。

 何も新しい発見がないことに苛立ち、目の前の本の一画を力任せに崩してしまうこともあるが、それを床から拾いあげては、また同じ文章を食い入るように読む────


 そんな兄の異様さに、オリオンは足が竦む思いで扉の影から部屋の中をそっと覗き込んだ。

 今日も顔色の悪いエンディミオンが、月明かりとわずかな燭台の光の中で、わずかに空いた卓上の隙間に浅く腰掛けながら本を読み耽っている。

 いつもちゃんとしていて明朗な兄らしくない、着崩れたシャツの襟が彼の余裕のなさのようで、オリオンは声をかける勇気が固まるまで、何度も深呼吸をしなければならなかった。


「あの、あにうえ……」


 それでも萎れた花みたいに、声はか細く小さくなった。

 いつもならこちらが声をかける前に気がついて、夕焼けの瞳で笑いかけてくれるのに。

 すぐにでも泣き出したい気持ちのオリオンだったが、深更の城内では、そんな小さな声でも不思議とよく通ってエンディミオンの耳に届いた。


「……オリオンか。どうかしたかい?」


 疲れた様子でも、エンディミオンはオリオンに笑いかけた。

 いつもとは比べるべくもない弱々しさだったけれど、自分の声が兄に届いたことにオリオンは安堵した。


「お休みに、なられないのですか」

「うん。目が冴えてしまってね」


 まるで今日だけみたいな口ぶりで答えるけれど、ずっと休めていないことをオリオンはよく知っている。


「お前は、こんな時間にどうしたんだ?

 いつもなら、もうとっくに寝ているだろう」


 咎めるでもなく、不思議そうに首を傾げる兄に、オリオンはどうしても言わなければならないことがあるため、ここへ来た。

 本当は守らなければならないいろんな規則を追いやって、それこそ呼ばれた夜会の臣下の邸で、隠れて木登りをするようなとんでもない冒険。

 そこへ踏み込むのにはまたとても勇気がいるけれど、もう時間がないことを、それもオリオンはよく知っていた。


「…………ルクレツィア嬢は、本当にもうよくはならないのでしょうか」


 この名前を出すことも、その様子を聞くことも、喉から心臓が飛び出るかと思うほどに勇気がいった。

 でも、言わなければ。


「そうか、お前もその場にいたんだったね」


 改めて思い出したように、エンディミオンは苦い顔をした。


「はい…………」


 ルクレツィアが目の前で倒れてしまったことは、少なくない衝撃をオリオンに与えていた。

 それを想像するのは容易いことで、その時の状況を聞いていたエンディミオンは、まだ幼い弟にあまり気を遣ってやれていなかったと今になって気がついた。


「噂をまともに受け止めなくていいとは、言えないな……」


 悄然とうなだれる弟に、エンディミオンは気休めの言葉を口にすることができなかった。

 ルクレツィアの病状については、誰もはっきりとしたことは言わないが、噂はたくさん囁かれている。

 血を吐いたことまではその場にいた者しか知らないはずだが、それでも公爵家やエンディミオンの様子から、噂と大差のない状態であることが知れてしまっていた。


「兄上は、ルクレツィア嬢を、お助けするのですよね?」


 日に日に悪くなる顔色で、それでもエンディミオンがまったく諦めずに手を尽くしているのを見ているから、オリオンも奮い立った。

 本来は気弱で、自らルールを踏み外すなんて考えたこともない。

 けれど、人が血を吐くのも、それがよく知っていて、いつか義姉になるかもしれないと憧れていた優しいルクレツィアだったことも、それを踏み越えるに十分な理由だった。

 ルクレツィアが自分の目の前で倒れたことは、偶々のタイミングだったとしても何かの因果を感じずにはいられなくて、彼女のために出来ることが少しでもあるとしたら、怖じけていてはいけないと、オリオンは心を決めたのだ。

 だから、オリオンは兄のところへ赴いた。

 人が寄りつかない夜更けの図書庫を選んで、連れてきた(・・・・・)


「…………勿論、そのつもりだよ」


 弟の覚悟を知らず、まだ何の手がかりもない状態に焦りで浅くなる呼吸を無理やりに押し込んだエンディミオンだったが、ようやく、弟の様子がおかしいことに気がついた。


「オリオン、」


 開いた扉の前から室内に入って来ようとはせず、しきりに背後を気にしている。


「……誰かいるのかい?」


 夜も深い王城で、怖がりなところのある弟が一人で出歩くのはとても勇気のいることだろう。

 けれど従者や近衛の気配はなく、部屋から漏れた光の届かない暗がりに、自分よりももっと小さな人影を隠していた。


「みつかってしまったな」


 まるで隠れんぼでオニに見つかったときのような気軽さで顔を出したのは、


「グラーノ殿」


 聖国の使節団の代表である、オリオンよりもまだ幼いグラーノだった。

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