【閑話】そのフラグが正解とは限らない─ラガロ
────『招待状』。
金の文字でそう書かれたカードを、ラファエロは躊躇いなく炎に投げ入れた。
「……死で分たれても尚たった一人を想うのは、どうやら私だけみたいだね」
残念そうにも、可笑しそうにも呟くその顔が、妖しく、美しく炎の薄暗い灯りに浮かび上がる。
「イザイア、彼とは道を違えた」
そう無機質に告げられた言葉が、影に潜んだ奴隷に与えられた新しい仕事だった。
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ラガロの前に現れた星の巫女は、ずいぶん生意気な女だった。
思ったことは全部口に出して言う性格らしく、人の好い王子にも、澄ました顔のメガネにも、軽薄な赤毛にも、美貌の公爵子息にも、誰に媚びを売るでもなく、巫女としての振る舞いを求められると言うことはいつも決まっていた。
「好きでこんなとこに来たんじゃないけど」
相手が国王でもその態度は一貫していて、本当にこの少女が星神に遣わされた巫女なのかと問題視されることも多々あった。
そんな巫女を、ラガロは最初面白がっていた。
もちろん寡黙な騎士の仮面を被っているからそう思っていることはおくびにも出さないが、気取った貴族連中に理不尽なことや陰湿な嫌味を言われてもひとつも怯まず、歯に衣着せぬ物言いでいっそ暴言ともとれる啖呵を切ったりするのを見ていると痛快で、とんでもないのが巫女になったものだと愉快な気分だった。
巫女の態度は頭のてっぺんから足の爪先まで貴族に疎まれるものだから、遠巻きにされる巫女の護衛は、いつもラガロだった。
内心面白がっていることは誰も知らないから、文句も言わず、巫女の悪態に根気よく付き合っていると周囲からは哀れまれ、忍耐強いと評価が上がりさえしていた。
けれど巫女は、そんなラガロの内面をすぐに見抜いた。
「あんた絶対性格悪いでしょ」
皮肉っぽく笑って指摘されると、ラガロの寡黙な騎士の仮面は思ったより脆く崩れた。
何にも知らないくせに、わかったような顔で自身を断じられるのは想像以上に不愉快で。
ラガロと星の巫女のはじまりは、お互いへの強い反目からだった───
* *
星の巫女は、元の世界に帰るために災厄を止める手がかりとなる十二の星を探す。
そうして、その過程の中で、ラガロの人生に図々しく土足で踏み込んで、その世界を一変させることになる。
はじめの星を、先代の巫女の日記とは違う形でその身に宿すことになった巫女は、それにより星神の声をよく聴けるようになった。
次の星の流れる時と場所が明瞭に伝えられ、声の導きによって順調に星を集めることができた。
星の神が言うことには、本来、巫女が十二の星の力をその身に受けることが必要条件らしく、二つ目の星も、三つ目の星も、またその次も、星は形を成さず、すべて星の巫女の中に取り込まれていった。
七つ目の星は、リオーネ領だった。
その頃にはラガロと星の巫女はどういうわけか惹かれ合っていて、巫女の助力もあり、ラガロの養父と実母の結婚が決まった。
星の探索の合間、ラガロや星の巫女たちがリオーネ領で集まれる機会にとささやかな結婚式を開くことが提案され、準備は粛々と進んでいった。
レオナルド・リオーネは、疑惑の人となりつつある親友に声をかけるべきか迷っていた。
最愛の妻が殺されてから人の変わってしまった親友を、レオナルドはそれでもまだ信じていたかった。
公爵夫人の殺害に関わったと噂される人物たちが悉く姿を消しても、そのほとんどが狡猾で黒い噂の絶えない連中で、いなくなったことでむしろ清々したくらいだったし、ヴィジネー家の失踪やサジッタリオ家の令嬢のことは、ガラッシア公爵の普段の振る舞いから悪いほうにこじつけられた可能性も否定はできない。
確定的な証拠はまだなく、騎士団も、スコルピオーネ家も、結局真相は掴めていないままなのだから。
騎士団を取り纏める立場とは矛盾した思いに、どう決着をつけていいかわからないまま、親友とはもう長い間まともな会話をしていないことにレオナルドは気が付いた。
もし、本当に彼が何かを企てていたのだとしても、それを止められるのは自分しかいないのではないかと、レオナルド・リオーネは決意を込めて、公爵家宛の封蝋を押した。
*
七つ目の星が現れる晩。
ラガロは無性に嫌な予感がしていた。
その正体は掴めないままだが、ラガロの星が自分に何かを訴えている気がしてならなかった。
巫女から、リオーネの星は、領都の郊外にある古代のコロッセオ跡地に落ちてくると聞かされていた。
お決まりのように現れる魔物を倒し、無事に巫女が星を得ることができれば、領城に帰って両親の結婚式を見届ける。
そのどれにも、嫌な陰が纏わりつく予感が拭えない。
コロッセオに現れた魔物は、水属性の豹のような姿をした巨大な魔物だった。
これまでに、各十二貴族家の属性に強い魔物が現れることはわかっていたから、地属性の騎士を集めて対策を講じ、魔物の討伐は何の問題も起こらなかった。
(思い過ごしか)
そうは思っても、ラガロの嫌な予感はますます度を増した。
巫女が星に触れた瞬間。
その予感ははっきりとした言葉になった。
(本当に、これでいいのか?)
巫女が体に宿した星は七つ目。
異変は何も起こらず、いつものように眩い光が吸い込まれるようにして消えていく。
巫女もどこかホッとしたような表情をしているから、体のどこにも、異常はないのだろう。
それでも、取り込まれていったリオーネの星は、拒む意思をラガロに伝えてはいなかったか?
ドクン、ドクン、と嫌な鼓動が耳に強く響く。
本当に、これでいいのか?
このまま、巫女に星を集め続けて、本当にそれが正解なのか───?
気持ちが悪くなるほどの直感に向き合う猶予もなく。
ドンッ────!!!!
空気を震わすほどの爆発音が夜を貫いた。
先ほどまで夜空を彩っていた星はひとつも見えない。
黒い煙がもうもうと立ち込めて空を覆っていく。
新月の闇夜に鮮明にそれが見て取れるのは、空が赤く染まっているからだ。
煙の出所、開けたコロッセオから見て取れるはずの領城の尖塔がオレンジの炎に包まれ、あっという間に崩れていくのを呆然と見ていた。
我に返るより早くラガロの足は動いていた。
どの馬よりも速く走る愛馬は、レオナルドから貰い受けたものだ。
誰の静止も耳に入らず、死に物狂いで馬を駆けさせ、たどり着いた先で見たものは。
燃え落ちる領城の広場で、血を流し倒れる実母と。
炎に灼かれて打たれた刃のような髪をした細身の男が、その母を庇うように覆いかぶさった養父に、容赦なく剣を振り下ろしたところだった。




