表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/131

【星の巫女様の恋のお悩み相談室②】

 王都からビランチャ領へ向かう街道は、なだらかな丘が続き、点在する名もない林の間を縫うように進んでいく。


 星の巫女セーラは、いつもならエンディミオン、シルヴィオ、フェリックスといっしょに王家の馬車に乗るところだが、今日は問答無用でアンジェロとファウスト、ジョバンニの乗る公爵家の馬車に乗り込んだ。

 馬車は窮屈で好きではないと言って、ラガロだけは前回のスコルピオーネ領から自らの馬に乗って、ほかの騎士たちと警護に付いている。


「やぁ、セーラ君!

 僕たちの馬車に乗ってきたということは、ついに君の世界の未知なる知識を僕に教えてくれる気になったということかい?!

 馬車の旅は長い!君とじっくりと語り合える機会を僕がどれほど待ち望んでいたか……!」

「ジョバンニ君とのお話はまた今度!

 今日は、ファウスト君とじっくりお話しするつもりです!」


 堂々と宣言した星の巫女を一瞥し、けれどファウストは無言で手元の本に視線を戻した。

 リブリの塔とリチェルカーレ大学の歴史と変遷をまとめたものだ。

 かなり詳しく、リチェルカーレの隠れ家レストランや観光豆知識、リブリの塔にまつわる七不思議まで載っているディープな内容だが、その道のマニアが趣味で作った本のため一般化されておらず、ジョバンニの父、カンクロ伯爵が大学の増築について研究した際にたまたま手に入れた一冊だった。

 国中あちこち飛び回っているカンクロ伯爵からこの本を借り受けられたのが王都を発つ直前で、ファウストは一刻でも早くこの本を読破しなければならなかった。

 大学の敷地は限られているし、リブリの塔の周辺にいれば、星の降る場所を特定できていなくても流星がはじまってから駆けつけることはできるかもしれないが、万が一にも間に合わないなどということがあってはいけないし、魔物の存在もある。

 寸暇を惜しんで少しでも多くの情報を集めたいところだ。

 本を読んでいても、巫女なら勝手に話しはじめるだろうし、どんなことを聞かれても大抵のことはジョバンニとアンジェロが答えられるので、自分はいつものように自分の役目を全うしようと読書に没頭することにした。


「なるほど!

 ファウスト君のことなら僕に何でも聞いてくれたまえ」


 案の定、自分に任せろとジョバンニが胸を叩いたので、やはり任せてしまおうとファウストが本の続きに目を通しはじめると、


「ファウスト君、大事な話!」


 パタンと、巫女に無理やり本を閉じられてしまった。

 星の探索以上に大事な話があるだろうかと首を傾げ、公爵家のゆったりとした空間を約束された馬車の座席で、膝も付きそうな距離まで詰め寄ってきている巫女を今度は真っ直ぐ見返した。


 首を傾げたまま、ファウストは巫女が話し出すのを待った。


「よかった、聞いてくれる気になった?

 わたし、どーーーしても、ファウスト君が本当にクラリーチェさんのおうちの子と婚約しちゃうのか気になってて!」

「巫女様、その話はまだ……」


 セーラの言葉に、アンジェロが思わず止めに入ったが、今度はジョバンニがその話題を引き取ってしまった。


「リリアナ嬢だね!実に賢い少女だった!

 婚約の話が進む前に相手のことを良く知ろうと単身訪ねてくる好奇心は何ものにも代え難い資質だと賞賛に値するよ!」


 婚約者を良く知るために訪れた先で、そのほとんどの会話を請け負ったジョバンニはその矛盾に気付いていないが、どれだけファウストが素晴らしいかを語るには自分以外にうってつけの人物はいないと自負しているので何も問題を感じていなかった。


「僕たちのしている研究に興味を示して、理解しようと努める姿は健気といえるし、ファウスト君の素晴らしさを語り合える人間が増えることは僕もやぶさかではないのだけれど、ファウスト君にもかなり前向きなお嬢さんだったと伝えたね。それで婚約の話は進んだのかい?」


 遠慮や配慮とは無縁の二人に押され、アンジェロは閉口するしかない。

 当のファウストは無感情な顔のまま、「そうですね」と一言返すのみだ。


「そうですね、ってなに?!どういう返事??

 進んじゃってるの?!!」

「いいえ」

「じゃあ婚約はしないの?」

「…………」


 婚約をするかしないか、今ここで答えられることではないため、ファウストは口を噤んだ。

 だがそれが煮え切らない態度に見えたのか、セーラは大きく嘆いて見せた。


「ええ~!ファウスト君が婚約しちゃったら、ティアちゃんはどうするの??」


 セーラが焚きつけたようなものだったが、あのお茶会以来、ルクレツィアの様子が変わったことはセーラも気づいていた。

 それまでは口を開けば離れて暮らすようになってしまった弟の心配をずっとしていたのに、ピタリと話題にもしなくなった。

 隠しているつもりがとてもわかりやすいルクレツィアを可愛らしく思いつつ、相談してもらえるのを今か今かと待ち侘びていたのに、たとえ義理でも、「弟」の枠はそう簡単にはずせるものではないようで、そのうちに体調まで崩してしまったのだからセーラは驚いた。

 やっぱりとっても繊細でか弱いお姫様なのだと改めて守ってあげたい庇護欲がむくむくとわいてきたのもつかの間、星の巫女として忙しくなり、なかなか話を聞いてあげることもできなかったのだ。


 せめてこのビランチャ領への旅の間に、ルクレツィアのためになるような話をなんでもいいから聞き出したいところだったのに、ファウストの口数の少なさを舐めていた。

 星の探索について、大事なことはよく話すが、個人的なことを話したことはそういえば今までなかったかもしれない。


「……姉上が、なにか」


 ルクレツィアの名前を出した途端、ファウストの頑なな態度が少し崩れた気がした。

 セーラから見るに、ファウストもルクレツィアのことをかなり好きだと思うのに、どうしてとんとんとうまく運ばないものか。

 じれったくて余計なこととはわかっていても口出ししたくなってしまう。


「だから、ファウスト君が婚約しちゃったら、ティアちゃんは誰と結ばれるの?」

「……僕のこととは関係なく、殿下がいらっしゃいます」

「殿下?!エンディミオン様?!!なんで??」


 いまだにどこをどうとってもエンディミオンの一方通行にしか見えないのに、ファウストは一体何を言っているのか。

 セーラは思わず強めに聞き返してしまった。


「なんで……」


 そう問われても、何をどう答えようがルクレツィアの中ではきっと決まっていることだとファウストは思っている。

 優しく、いつもファウストを導いてくれていた「姉」は、こんな中途半端な「弟」ではなく、もっと大事に思う相手ができたのだ。


「そういえば、ファウストはティアに直接聞いたのかな。

 ティアの心が殿下に決まったって、ティアのことだからもちろんあのまま黙ってスカーレット嬢に譲っていただろうし、父上や私にもなかなか話してくれないのに、ファウストには打ち明けたのかと少し寂しい気持ちだったのだけれど」


 ルクレツィアをよく見ているファウストの言うことだから間違いはないと思い込んでしまったけれど、ルクレツィアはあの時肯定も否定もしなかった。

 ただ、とても悲しそうだったとアンジェロは思い出し、スカーレットのことを考えてのことだろうと励ましもしたが、あの言葉だけでルクレツィアがスカーレットへの友情を反故にするとも思えない。

 ファウストにだけ打ち明けるほど悩んでいたのなら、もしかするとエンディミオンの未来も明るいのかもしれないと勢い込んでしまったが……。


「姉上からは、なにも」


 ファウストの答えに、アンジェロはガッカリと肩を落とすことになった。


「そうだよね、ティアちゃんが言うわけないよね。

 でもじゃあどうしてファウスト君はそう思ったの?」

「手紙を……」


 ルクレツィアの部屋に行った夜のことを、ファウストはたびたび思い返している。


 ルクレツィアが伏していた机に広がっていたのは、すべてエンディミオンからのものだった。

 王城での引き合わせのお茶会で出会ってからこれまで、少しでもルクレツィアと会えない時間がある度に送られてきたすべての手紙が大切そうに仕舞われていた。

 ルクレツィアがリオーネ伯爵を想っている間も、その後も、エンディミオンがルクレツィアを想い、慰め、焦がれる心がずっしりと詰まった手紙を、あの夜どうしてルクレツィアは、体調が悪い体を押してまで引っ張り出して読み返していたのか。

 いくら考えても、ルクレツィアの心がエンディミオンに向かっているとしか思えなかった。


 すべて破り捨てたくなる衝動に驚いて、その手紙を目に入らないところへ押しやった。

 どうにか「弟」として、体調の悪い「姉」を介抱するほうへ気持ちを切り替えたが、眠る姉の手を握っていると、どうにもならない情動に突き動かされていた。


 目の覚めた姉が、自分にしか見せない顔をしてくれたから落ち着いたけれど、この顔を他の誰かが見ることになるのかと思うと、暗い気持ちに支配されるばかりだった。


 ────僕は、姉上が。


 いつからか降り積もっていた想いは、もうずっと前に自覚していたものだ。

 けれど、それを確かな形に変えて姉に直に向けることができないまま、ルクレツィアがエンディミオンへ心を傾けているのかと疑心暗鬼になると、ルクレツィアの言動すべてがそう見えてきた。


「手紙を読んでたって、それだけ?」


 自分の暗い感情はすべて割愛して、淡々とルクレツィアが手紙を読み返していたことを伝えたファウストに、セーラは拍子抜けしたように聞き返した。


 確かに、わざわざ夜中にラブレターなんて読み返していたらちょっとはそういうことを考えてしまうのもわかる気はするが、でもやっぱり「それだけ」のこととセーラは思ってしまう。


「ファウスト君はですねー、別邸に移ってから姉君のことを映写機(カメラ)でずっと観察してたんですよー」


 セーラの疑問を解消したのは、悪い顔をしてファウストの秘密をぶちまけたジョバンニだった。


「え?カメラ?あの鏡のやつはティアちゃん持って歩いてなかったと思うけど」

「姉君と兄君がいつもつけてるブローチは、ファウスト君謹製の高性能超小型映写機(カメラ)で、いつだって二人の行動を覗き見れる優れものなのだよ!」

「え?いやいや?え?」

「その映写機(カメラ)の性能試験のために宰相殿が作られた特別室とは別に、お二人の記録は僕たちも研究材料にできるようにしておいたのでね、ファウスト君はいつでもどこでも姉君といっしょというわけだよ」

「私まで覗き見られていたのかな?」

「兄君はいつもいいところで電源を切るのでつまらないことこの上ない。

 その点姉君は、実証実験の意味をよく理解されていてたいへん素晴らしい!

 まあファウスト君は、姉君の顔が見られるからと兄君のほうをよく見ていたけど」


 うんうん、と頷いているジョバンニに、セーラは引き気味の顔でファウストを見た。


「それってストーカー……」

「すと???」


 ステラフィッサ語に変換されなかった不穏な言葉は、セーラ以外には理解できずにジョバンニは首を傾げた。


「えええと、覗き見のことはいったん置いておく、置いておけないけど、置いておく!

 手紙を読み返してたティアちゃんを心配して、ファウスト君がそのカメラで盗撮、いや監視……ううん!様子を、見ていたってことかな?

 それで、ティアちゃんがエンディミオン様を好きなんだ~、と思った、ていうことでいいのかな?」


 無理やり良いほうに解釈しながら、セーラは状況を整理した。

 思っていたよりファウストの状況が深刻だった。

 人として決して褒められないほうに、深刻だった。


「ひさびさに登校された際などは、とくに姉上の様子がいつもと違いました」


 セーラに何を言われても、ファウストは自分が見たものがすべてと揺らがなかった。


 エンディミオンに近距離で見つめられ恥ずかしそうに目を伏せたり、優しく微笑みかけたり、スカーレットにも何か言いたげにしていた。

 あれはスカーレットにすべて打ち明けようとしていたのではないか。


「ああ~、そうか~、そうなっちゃったか~」


 一部始終、その場にいた当人として知るセーラにしてみれば、誤解にもほどがあると頭が痛くなった。

 けれどここで勝手にルクレツィアの気持ちを代弁するわけにはいかないし、どう誤解をとけばいいのか、悩ましい問題だった。


「……ええと、巫女様。

 私の勘違いでなければ、巫女様は妹と、弟を……?」


 察しの良いアンジェロは、さすがにここまで来るとセーラが何をしたいかがわかってきた。

 聞いていると、ルクレツィアとファウストを結びつけたいようにしか思えない。


「だって義理なんでしょ……?」


 あまり大声では言えないので、二人はお互いにしか聞こえないようヒソヒソ話になってしまった。


「それは、そうですが……いや、しかし……」


 今まで妹と弟を本当の姉弟のようだと信じて疑っていなかったので、アンジェロの戸惑いは大きい。


「そもそも、当人たちがそう言ってるわけではありませんよね?」

「それは~、確かに、直接そう言われたことはないけど……」


 アンジェロに事実を指摘され、勝手にお節介を焼いているだけだけだとセーラは言葉を濁した。


「なるほど」

「お似合いだと思うんだけどな」


 絶対両思いなのに、とは口に出さず、ふてくされたようなセーラに、アンジェロはひとまずこの件は預かることにした。


「そういうことは、まず当人たちの気持ちが大切です。

 二人の兄としては、そういうことであればまず相談してもらえないことには、ね」


 巫女の思い込みだけではアンジェロは動けない。

 確かに睦まじい姉弟だが、あくまでも姉弟として逸脱しない関係だったはずだ……たぶん。

 ガラッシア家は愛情深いほうなのは自覚があるから、公爵家の中では普通の範囲でも、もしかしたら他家から見れば少し仲が良すぎるきらいがあったかもしれないが……。


 ふと、もうすでに手元の本を再び開いているファウストを見た。

 隣りではジョバンニも何かの設計図らしいものをいそいそと書き出しはじめていて、この話題にはもう興味がなくなったらしい。

 けれど、何を考えているのか、ファウストが開くそのページが先に進むことはない。


 昔から感情を表に出すことが苦手な弟を理解できるよう努めてきたけれど、ビー玉のような瞳がいつもより暗い気がするだけで、今はそれ以上は読めない。


 ルクレツィアとエンディミオンが結ばれることを手放しで喜べないのは、相手はルクレツィアだし、単に姉妹が大事過ぎるだけ(シスコン)なのだと自分と同じように考えていたけれど、ファウストは違うのだろうか。

 アンジェロには今ひとつ飲み込めず、かといって直接問い質して「そうだ」と答えられたらどうすればいいのか。


「相談……してくれたらいいんですね?」


 ファウストが弟になってからの十年を思い出しながら、自分はこれからどういう立場をとればいいのか悩み出したところで、何か閃いたようにセーラがアンジェロに詰め寄った。


「え?」

「ファウスト君!

 大事なことは、口にしないと伝わらないんだよ!」


 アンジェロが聞き返す間もなく唐突にファウストを振り返ったセーラは、やっぱり強引にその本を閉じて、ファウストの意識を自分へ引きつけた。


「ティアちゃんを本当に幸せにしたいんなら、黙ってちゃダメ!

 打ち明けてくれれば、ちゃーんとお兄さんが協力してくれるって約束したから!」


 セーラの言葉に目をぱちくりとさせたファウストに、いつの間にか巻き込まれる形になっていたアンジェロもすぐには訂正できなかった。


「ほかの誰かじゃなくて、ファウスト君がティアちゃんを幸せにしよ!」


 何もかも内に秘めたままの弟には、これくらい強引に引っ張り上げてくれる巫女の存在が不可欠だったのか、セーラの力強い言葉に、ファウストのビー玉の瞳に少しずつ輝きが灯るのを、アンジェロは驚きながら見ていた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ