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 スコルピオーネの星が恙なく手に入ったことを知らされた朝、めずらしくお父さまが難しいお顔をなさっておりました。

 昨晩は、王城にてスコルピオーネ領からのライブ中継をご覧になって、それから公爵家に帰られたのは深夜過ぎのよう。

 わたくしはお父さまがお帰りになるのを待てずに眠ってしまっておりました。

 最近は眠りも浅く、日中は体が重く感じることもございますけれど、お父さまよりはきっと休めておりますわね。


 朝食のテーブルにつくのは今日はお父さまとお母さま、そしてわたくしだけ。

 お兄さまはスコルピオーネ領を今日お発ちになり、五日後には帰っていらっしゃいます。

 ファウストは、昨日までほとんど王城に泊まり込んでいたのが、ようやく別邸のほうへ帰れたというお話です。


 ドンナと公爵家の料理人が苦心して作ってくれた食べやすい桃のゼリーを朝食にゆっくり口に運んでいる間、お父さまが昨晩の様子をお話ししてくださいました。


 王都を挟んでガラッシア領とは反対に位置するスコルピオーネ領は、交易路にもなっている北東のペイシ領に向かう街道沿いに都市化が進んでいて、国内でも有数の洗練された建造物が多く存在しております。

 ジョバンニ様のお父様であられるカンクロ伯爵はとりわけ建築をご専門となさっておりますから、自領よりスコルピオーネ領に滞在しているほうが長いなどとお聞きしますわね。

 そうしてスコルピオーネ領の有名な建造物は、新しいものだけではございませんの。

 建国の際からある歴史的建造物も多く、新旧入り混じった独特の雰囲気のある領で、その中でも中心の領都は国外からの観光客も多くいらっしゃいます。

 特に人気の高いのが、市街地の真ん中の噴水広場で、ベネディツィオーネの泉と呼ばれております。

 泉に映る赤く輝く星を見つけると神の祝福を受けられると云われており、この泉が、今回の星の収得ポイントだったようです。


「前回のように魔物が出ることも考えられたから、中心地から人払いをするのは大変だったみたいだよ」


 サジッタリオ領の山間の教会とは違い、まさか観光シーズン真っ盛りの中心地に巫女様と王子殿下がいらっしゃるのですから、皆さまの苦労がしのばれます。


「案の定、今回はヘビ型の魔物で、スコルピオーネ領の地下水路によくいる種に似ていたね」


 地属性の魔物ということで、今回はきちんと対策を練って各属性の騎士を揃えていったということですから、シルヴィオ様を中心に危なげなく討伐し、新月の日に備えられたそうです。


「ジョバンニ君の賑やかな実況はなかなか聞き応えがあったのだけれど、彼が動くたびに画像も激しく動くものだから、少し酔いそうになったよ」


 実際、何人か参席していた貴族が退席してしまったそう。

 ジョバンニ様のテンションの高い魔物討伐実況は少し興味がありますけれど、わたくしもきっと酔ってしまいそうですわね。


「いちばん星の煌めきというのは、前回と同様、泉に文様のように浮かぶ光から早い段階で巫女とスコルピオーネの息子が見つけられたよ。

 今回はずいぶん分かりやすく強い光で、赤く輝いていた。

 あれが祝福(ベネディツィオーネ)の由来かな」


 お父さまのお話しはとてもわかりやすく、わたくしもお母さまもすっかり聞き入ってしまいました。

 平和なステラフィッサ国の恵まれた環境で暮らすわたくしたちに、冒険譚はとても貴重な娯楽です。

 その場に居合わせられないのは悪役令嬢として仕方のないことですから、せめて次回はまたカメラ越しにでも参加させていただければよいのですけれど。


「ただねぇ……」


 星を得るまでは順調そのもののお話しぶりでしたけれど、そこからお父さまの表情が曇りました。


「探索の魔法というのかな、新しい魔法は確かにスコルピオーネの息子に与えられたらしいのだけれど、今ひとつ使い方がわからないようなんだ。

 ファウストの転移の魔法もひと月経ってまだ使いこなせているわけではないから、こちらはもっと時間がかかるかもしれないね」


 なるほど。

 さすがに乙女ゲームとしても、そう簡単にことが運ぶわけではないようです。

 転移魔法の研究の進捗も思わしいものではないようなので、ファウストもますます熱中してしまうかも。


「ひとまず、王都に戻ってからファウストと合同で魔法の研究が必要かな。

 ファウストは転移の魔法を広く使えるようにしたいみたいだけれど、さて、どこまでうまくいくものかな」


 そうして、お父さまのお顔はますます難しいものになりました。

 どうやら新しい魔法がすぐには使えないことが、お父さまのお顔を曇らせているわけではなさそうです。


「なにか、心配事がおありですか?」


 お母さまも気が付いて、今日も朝から輝かしくも麗しいお顔を憂いに変えてお父さまを窺います。


「うーん、いや……そうだな、ノーラには伝えないわけにはいかないし、ティアにも、話しておいてもかまわないだろうか……」


 めずらしく歯切れの悪いお父さまに、無性にイヤな予感がいたします。


「スコルピオーネの息子が新しい魔法を得ただろう。

 今後も、十二貴族の後継ぎが新たに星の力を得る算段なんだけれど、そうなると、サジッタリオが例外になってしまうんだ」


 サジッタリオの星を得たのはファウスト、いちばんはじめの星の探索でしたし、状況がわからないまま事故的に授かってしまった力ですけれど、あとの十一の力を計画的に手に入れようとしたら、確かにサジッタリオ家だけが割りを食う結果になってしまいます。


「それで、サジッタリオ家からファウストの身の振り方について提案を受けたんだ」


 本当に困ったようなお顔で、お父さまはひとつ溜息を落としました。


「ファウストを、婿にもらえないかって」

「まあっ」


(???!!!)


 お母さまといっしょに表面は穏やかに驚いただけに止めましたけれど、わたくしの内心は大変なことになっておりました。

 驚天動地。

 本当に天地がひっくり返ったかのごとく、たぶん心臓が二回くらい止まりました。


「それはさすがにね、婿に出すためにファウストを迎えたわけではないし、ガラッシア家の慣例もあるからと断ったのだけど」


(…………ことわ、断ったのですわね。本当に驚きましたわ…………)


 二回止まった心臓は、今度は壊れたように早鐘を打っておりますから、まだわたくし何も安心できません。

 だってお父さまの話は、まだ終わっていないのです。


「代わりにサジッタリオ侯爵の孫娘を、ファウストと結婚させられないかって。

 で、息子が生まれたら養子としてサジッタリオ家に引き取りたいそうだ」


(…………け、っこん)


 お父さまのお話しの続きに、わたくしの脳は緊急停止。

 考えることを拒否します。


「あら、でもサジッタリオ家でございましょう?

 ご子息様のご令嬢はまだ8歳にならなかったのではありません?」

「そうなんだけど、まあ、年齢はそれほど重要じゃないかな。

 宰相閣下とアリアンナ殿もひと回り以上離れているからね。

 それよりも、サジッタリオ(・・・・・・)なのが問題なんだよ」

「アリアンナ様のお家でございますものね……」

「今から婚約を決めて、長じて結婚するのはいいけれど、その間にあちらに運命の相手(・・・・・)が現れた場合、婚約解消になるのは目に見えてる」

「……そのこともありますから、サジッタリオの方々はあまり早くから婚約者を決める習慣にないと思っておりましたのに」

「あそこは直系がそのあたり寛容なんだが、その代わり分家がうるさい。今回のことも、分家にせっつかれて、という感じだったな、サジッタリオ将軍は」


 心底面倒だというお父さまですけれど、ファウストがサジッタリオの星の力を得てしまっている以上、強くは断れないようです。

 サジッタリオは恋に生きる性分の血筋ですけれど、その血が濃いのは直系まで、分家の方々がうまく手綱を取って、そうでなければ早晩サジッタリオ侯爵家は廃れていたことでしょう。


「今すぐに決めろということではないけれど、一度ファウストはサジッタリオ家のご令嬢と顔を合わせることになるね。

 転移魔法が一般的に使えるものになれば、生まれるかもわからない男児のために結婚までする必要もなくなるだろうけれど、ファウストは何て言うかな」

「ファウストちゃんのことですもの、わたくしたちに言われれば素直に従ってしまいそうで心配ですわ」

「そうなんだよ。

 私としても無理強いしたいわけではないから、まずは本人の意思を確認したい。

 ティアはどう思う?」


 お父さまに尋ねられ、わたくしはようやくノロノロと頭を再起動させました。


「お兄、さまなら」


 絞り出せた答えは、乾いた声に乗って口からこぼれ落ちました。


「そうかい?」


 それにはお父さまは少し驚いた顔を見せました。

 きっと、わたくしがもっと口を出すとお思いだったのでしょう。

 けれど、わたくしにできることは的確なアドバイスでも、親身に相談にのることでもありません。


(自身の感情に振り回されているだけのわたくしが、何を申し上げられると言うの)


 お兄さまに丸投げだけして、それ以上わたくしから言うことは何もなく、半分以上残っている桃のゼリーにも、もう口をつけられませんでした。

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