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「ルクレツィア嬢!彼はなんだ?ニンジャか?!」


 オリオン殿下が立ち上がれるまでまだしばらく時間が必要そうかと思っておりますと、目をキラキラさせたグラーノ様が、バルコニーのあちこちを駆け回ってイザイアの姿を探しはじめました。


「ニンジャ?」


 聞き慣れない言葉をオリオン殿下が繰り返しましたが、この世界にも「忍者」が存在しているほうにわたくしは驚きました。


「ニンジャとはな、東の大陸のその果てにある国に存在する戦闘民族だというぞ!

 夜闇に潜み城壁を駆け登り、屋根から屋根へ飛んでまわって主君の敵を討つ!と、本に書いてあった」


 オリオン殿下の問いかけるようなお顔に、グラーノ様が賢しらに教えてくださいましたけれど、私の前世の知識と似たような存在なのでしょうか。

 極東の戦闘民族、というあたりにニホンみは感じますけれど、果たして忍者の存在が乙女ゲームの世界観に必要な設定なのか、疑問は大いに残るところです。


「先ほどの彼は、そのニンジャなのですか?」


 グラーノ様のキラキラが移ったようにオリオン殿下まで目を輝かせて、わたくしを見上げてきます。


(そう言われてみれば、結局イザイアの正体はわからずじまいですわね)


 そう思って影の中の気配を窺うと、否定も肯定もなく、ただただ白けている様子なのはなんとなくわかりました。


「その、ニンジャ、というのはわたくしもはじめて聞きましたから、彼がそうなのかは、わたくしにもわかりかねますわ」


 困ったように首を傾げ、子供たちの夢を壊さないようにわたくしは言葉を選びました。


「そうか!ニンジャは敵地に潜入した場合その正体を知られてはいけないと書かれていたからな、我は誰にも口外しないぞ!」


 いつの間にかグラーノ様の中でイザイアは忍者だという認識が出来あがってしまっておりますけれど、その理屈で言うとステラフィッサ王国はイザイアにとっての「敵地」になってしまいますから、筆頭公爵家が身内にそんな存在を囲っているのは大変まずいことのように思います。


 本当のことではないので大した意味もないように思いますが、国外からのお客様に、あたかも本当のことのように信じ込まれていることがとても問題だと思うのです。


 かと言って、子供らしい思い込みを変に正そうとしても余計に忍者疑惑が深まるだけでしょうし……困惑して従者というより保護者の立場になりそうなフォーリア様を頼るように目を向けますと、フォーリア様はおかしそうに笑っているだけです。


 わたくしの視線に気づくと、気にしなくていいという意味か、今は何を言ってもムダだという意味か、どちらともとれる苦笑で小さく首を振られてしまいました。


「……彼がスパイだったら困るなぁ」


 自分を助けたヒーローが実はスパイだったのではないかと、オリオン殿下まで半分本気にして肩を落としていらっしゃるので、第二王子についてはあとでお兄さまのお力を借りて認識を改めてもらう必要がありそうです。


「……フォーリア様、あとできちんとご説明して差し上げてくださいませね」


 興奮で鼻息も荒いグラーノ様に関してはわたくしではやはり手に負えませんので、従者たるフォーリア様に骨を折っていただくことにいたしましょう。


 オリオン殿下をお助けしたことに後悔はありませんが、イザイアが少し特殊な存在感というのは否めませんから、安易に人前に出してしまったことは反省いたします。


 けれどイザイアを人前に出したのも、慣れない木登りでオリオン殿下が下りられなくなったせいですし、グラーノ様に甘くていらっしゃるようなフォーリア様が主人を止めなかったことに少なくない責任があるように思いますから、わたくしは少し咎めるような口ぶりでフォーリア様に釘を刺しておくことにしました。


「承知致しました」


 それにはどこかうれしそうな笑い顔になって、フォーリア様は恭しくお答えになりました。


(雰囲気のせいか、受け応えにどうしても好意を感じてしまいますわ……)


 これはわたくしの期待混じりの思い過ごしなのでしょうか。


(レオナルド様に似た方に好意を寄せられたいなんて……我ながら浅ましい期待ですわね)


 エンディミオン殿下やフェリックス様たちに同じような好意を寄せられてもうまく受け止められないのに、フォーリア様からの好意なら素直に受け止められそうな、むしろ自分から期待してしまうのは、やはりまだ心の奥に残る失恋の痛みのせいなのでしょうか。


 エンディミオン様たちの強引なほどのそれよりも、大人の余裕を感じさせるフォーリア様の押し付けがましくない雰囲気に惹かれる、ということももちろんあるとは思うのですけれど。


(乙女ゲームの攻略対象かもしれないのに)


 聖国側の登場人物としてあり得ない話ではないと頭の片隅では考えているのに、ただの従者だからとか、レオナルド様とキャラクターがかぶってしまうからとか、そうではない可能性を無意識に探ろうとしている自分がおります。


(考えるのはやめましょう!不毛ですわ!)


 調子が狂ってしまうのは、いつもわたくしの周りにいる皆さまが遠のいてしまっている寂しさからに違いありません!


 どうにか自分の心をそう結論付けて、わたくしはいつものガラッシアの妖精らしく、何も気がつかない鈍感さを全面に押し出そうと、心に引っかかるフォーリア様の存在感を振り切りました。


「オリオン殿下、まだこちらで休まれますか?」


 こういう場面で手を差し出せないのは不便ですが、本当ならオリオン殿下には従者も護衛もついているはずですから、貴族家のご令嬢が王子殿下に手を貸して立ち上がらせるという事態そのものが想定外なのです。


 遠回しに自分で立ち上がれるかを確認すると、もう大丈夫です、とオリオン殿下は頷かれました。


 気を利かせたフォーリア様がオリオン殿下のお手伝いをされ、ようやく何事も起きなかった体が整ったところで、室内からわたくしを探すベアトリーチェ様とマリレーナ様の声が聞こえてきました。


「こちらにいらっしゃっいましたの?」


 窓越しにわたくしの姿を見つけたらしいマリレーナ様がバルコニーに顔を出すと、一緒にいたオリオン殿下とグラーノ様にもすぐに気がついたようです。


「オリオン様、グラーノ様、当家の催しにはもう飽きてしまわれましたかしら?」


 夜会を主催するペイシ家の令嬢として、主賓ともいうべきお二人が会場を抜け出していることを責めるでもなく、心を痛めたような憂い顔を作り、潤んだ瞳で見つめてパーティー会場に戻るよう促すマリレーナ様の手腕に感心してしまいます。


「マリレーナ嬢!そんなことはありません!」


 先ほどまで力なく座り込んでいたオリオン殿下が、勢いよく答えてすぐにでも会場に戻る素振りを見せたので、マリレーナ様の振る舞い方は流石としか言いようがございませんわね。


「それはようございました!

 それではわたくしが再度お二人をご案内してもよろしいでしょうか?」


 今度はうれしそうに頬を染めてオリオン殿下の調子に合わせているのを見ると、貴族のご令嬢とは本来こうあるべきなのだわと見習いたい思いです。


「ルクレツィア様はいかがいたしますか?」


 言外に、もう少し休んでいてもいいと伝えてくださるマリレーナ様の気遣いに、わたくしは甘えることにいたしました。


(ひと息のはずが、確かに何も休めておりませんわね)


 新たな出会いに乱れた心には、もう少し夜風の冷たさが必要そうです。


 マリレーナ様たちと入れ違いにいらしたベアトリーチェお姉さまに今の気持ちを正直に相談するか、わたくしはバルコニーから瞬く星を見つめて悩むこととなりました。


 


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