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夜明け前。
グッスリ眠れたおかげか、ドンナに起こしてとお願いしていたより早く、ぱちりと目が覚めてしまいました。
「まあ、一晩中起きていらっしゃったんですか?」
起きてドンナを待っていたものですから、また良いように誤解されてしまったようです。
「ドンナが来る前に目が覚めただけで、きちんと寝ておりましたわ」
と説明しても、
「ドンナの目はごまかせませんよ!」
と心配顔で言い切られてしまったので、もうそのままにしておきましょう。
身支度を整え終わった頃に、お父さまからお声がかかりました。
「起きているのだろう?
魔物は無事に討伐できたとアンジェロから連絡が来ているよ」
お父さまをお部屋に招き入れ、ソファーに並んでお預けしていた手鏡を覗くと、お兄さまのお顔が映っておりました。
「やあティア。まさか寝ていなかったのかい?」
「いいえ、先ほど起きたのですわ」
「……そうか。今日はよく休むんだよ」
ドンナに続いて、これはわたくしが本当は寝ずに待っていたと思っている「そうか」ですわね。
いえ、本当に申し訳ないほどの熟睡でしたのよ、お兄さま。
「それはわたくしから皆さまにお伝えしたい言葉ですわ。
本当に、ご無事で何よりです」
無事にチュートリアルを終えて何よりでございます。
わたくしは完全にチュートリアルをスキップしたようなカタチですけれど、魔物と戦いたいわけではありませんので、これからも平和なところで魔法を楽しみたく存じます。
「ああ、誰も大した怪我もなく、あとは夕方までゆっくり星を待つだけだよ」
「ファウストはどうしているのです?」
「さすがにもう限界そうだったから、ティアと話してからとずいぶん往生際が悪かったのを、さっき実力行使で眠らせたんだ」
「まぁっ」
「こちらに来る前から、星の回収地点の調査や映写機の改良でほとんど寝ていなかっただろう?
さらにサジッタリオ侯爵がこの新しい映写機を見て、魔物討伐用に短距離でいいから通信だけできるものにならないかと持ちかけてきて、人数分を用意するために一昨日からは仮眠も取れていない」
「大活躍でしたのね」
「おかげで連携がうまく取れて、かなりやりやすかったよ。
魔物になって力を付けていたとは言え、元は地元の狼のようだし、ほとんどサジッタリオ家の狩場のようなものだったけれど」
「帰ったら、お兄さまのご活躍のお話も聞かせてくださいませね」
「ご活躍、か。できていたかはわからないな」
苦笑して謙遜なさいますけれど、魔法だけでなく剣の腕も騎士の方たちに引けをとらないのは知っておりますわ。
「あまり長く話していると、殿下たちが出てきてティアの睡眠時間がなくなりそうだから、そろそろ切るよ」
詳しいご報告は、きっともうお父さまにお話し済みなのでしょう。
お兄さまもさすがにお疲れのようですから、わたくしも頷きました。
「夕方、また連絡する」
そう言って手を振るお兄さまのお顔が消え、手鏡は元の役割を思い出したように、わたくしとお父さまが映り込みました。
「ティアの応援が効いたみたいだね」
手鏡をわたくしに返してくださったお父さまも、少し眠たそうにしております。
きっとわたくしの知らないところで、いろいろな調整のためにたくさん走り回っていらっしゃったのでしょう。
「わたくし、何もしておりませんわ」
ベアトリーチェお姉さまと楽しくお茶をしていただけです。
「ティアは、そこにいてくれるだけで充分助けになってくれているよ」
本当に眠いのか、いつもよりふわふわとしたお父さまのお声が、わたくしの耳元に落ちてきます。
「ドンナ、セルジオを呼んで。
お父さまを休ませてさしあげたいけれど、わたくしでは運べませんわ」
「承知しました」
そう言ってセルジオが来るまで、わたくしはお父さまに肩をお貸しすることにいたしました。
目を瞑っているだけで、本当に寝てはいらっしゃらないようですから、重みはあまり感じません。
ふわふわと頬をくすぐるプラチナブロンドも、もう抱き上げていただかなくてもすぐに届くところにまでわたくしも成長したのですわね。
「……ティアに肩を貸してもらえる日が来るなんて、思ってもみなかったなぁ」
譫言のようなお父さまの呟きは、夢見心地のようで、わたくしの耳にようやく届く程度のささやき声でした。
「お母さまのおひざのほうがよろしかったですか?」
「ハハっ、……うん、それも魅力的だ」
そこで否定なさらないのがお父さまです。
わたくしの肩など、お母さまの膝枕とは比べるべくもないものでしょう。
軽口を言ったあと、お父さまは細く長い溜息を吐き出して、眉間にシワを寄せながらグリグリとこめかみを揉みはじめました。
「お父さま?」
今まで見たこともないような弱った姿に、なんだか不安になってしまいます。
「……これは言わないでおくつもりだったけれど、ティアには伝えておこうかな。
星集めを殿下たちに任せているだろう?
国の大事に王太子としてどう立ち向かえるか、私の息子たちはうまくやれるか、それから次期宰相にスコルピオーネの跡継ぎ、ラガロの星もか、こういう危機的状況での立ち回りを、私たちは常に見ている。……試験のようなものかな。
これからのステラフィッサを任せられるか、だね。
もちろん失敗は許されないことだから、私も最大限助力はしているけれど、もうひとつ、見ていることがあってね」
お父さまは少しだけ目を開けて、困ったようなお顔でわたくしを見つめました。
「私のティアに、相応しいのは誰か。
ここで力を発揮できないようでは、誰にも私の天使は任せられないからね。
……ルクレツィアも、彼らの気持ちに本当は気づいているだろう?」
(!)
最後の言葉に、ドキリとしてしまいました。
お父さまは、何もかもお見通しなのですわね。
「ティアが誰も望まないのであれば仕方がない。
けれど、ティアのために一生懸命に何かをしようと言う彼らを、もう少しだけよく見てあげてもいいんじゃないかな、とは思っている。
ただでティアをあげるわけにはいかないから、もちろんティアの心を動かせるほどの活躍を期待するけれど、君からの一歩も、お父さまは大事だと思う」
まさかお父さまからこんなお話をされるなんて、きっと、ずっと手元に置いていてもいいとさえ思っていると思っておりましたのに。
「ベアトリーチェ嬢と話す様子を見ていたらね、少し前向きになったんじゃないかと思ったんだけど、違ったかな?」
レオナルド様の時から、お父さまがわたくしのことをいちばんよく見て、理解してくださっているのだわ。
「もしティアが誰かと幸せになりたいと思うなら、それは、彼らの中の誰かがいちばん近くにいるんじゃないか、と……余計なことを話しすぎたな」
敵に塩を送ったようなお顔になったお父さまに、わたくしが言えることはひとつだけ。
「……よく、考えてみます」
だって、破滅しないよう、乙女ゲームの攻略キャラと思わしき皆さまについては数に入れないようにしていたのですもの。
改めて、わたくし自身の相手として考えることは、なかなかすんなり行くようなことではありません。
「ゆっくりでいい。
無理に考えなくてもいい。
もう少しだけ自然に彼らと向き合ってみれば、それだけでも何か違うかもしれないからね」
そう言ってお父さまは頭をあげると、わたくしをヨシヨシと撫でてくださいました。
「星集めのことは心配しなくても、殿下たちがうまくいくようにお父さまが必ず力を貸すから、ティアは自分自身の幸せのことだけを考えていなさい」
いつもの、優しくて頼もしいお父さまに戻り、最後はやっぱり、わたくしをこれでもかと甘やかす笑顔を向けてくださりましたけれど、寂しそうな気配も、少しだけ漂っております。
「……わたくし、やっぱりお父さまと結婚したかったですわ」
こんなに愛されているのですもの、その期待には応えなくてはいけません。
お父さまの気持ちに頷く代わりに、精一杯、最後に甘えてみせました。
「私よりティアを幸せにできるか、彼らにはそれも見せてもらわないといけないな」
わたくしの言葉にお父さまも眉尻を下げるように笑ってくださったから、きっと真意は伝わっているのでしょう。




