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「クラリーチェ!どうしてここに?」
シルヴィオ様はじめ、皆さまとっても驚いていらっしゃいます。
「ですから、シルヴィオが呼んだのでしょう?」
「は?
いや、今確かに貴女がいればいいとは思ったが」
「私、宰相様からシルヴィオの連絡でこちらに来るように仰せつかったのですけれど」
「父上から?私からは特に連絡はしていないが……」
「おかしいですわね?
星の探索に私の力が必要と伺いましたから、国の大事とハルモニア王女殿下に御前を離れる許可をいただいて、馬を飛ばして急いでこちらへ参りましたのよ?」
学園卒業後、クラリーチェ様は今年九歳になられるハルモニア第一王女殿下付きの近衛騎士になり、さらに最近ではその隊長の任を拝命しております。
簡単には王城を離れられる身ではないでしょうに、宰相様経由の働きかけで今回は特別の取り計らいがあったようです。
けれどその働きかけの元となるはずのシルヴィオ様からの連絡は実際にはなかったということですから、不思議そうなクラリーチェ様と、怪訝そうなシルヴィオ様が黙ってお互いの顔を見合っていると、殿下が間に入りました。
「とにかく、クラリーチェ嬢に来てもらえたのはとても助かるよ。
今、困った事態になっていてね」
不思議なことはさておいて、今はクラリーチェ様の存在は渡りに船です。
かくかくしかじかと、殿下がクラリーチェ様に大まかに事情を説明いたしました。
「サジッタリオ領内に魔物が!?
それはぜひ私も討伐に参加させていただきたく存じます!
一日お時間をいただければ、お父様とお兄様に連絡してサジッタリオの精鋭を何人か呼び寄せられますわ」
サジッタリオ侯爵とクラリーチェ様の八歳年の離れたお兄様は、確か侯爵位の引き継ぎに向けて今大変重要な時期でいらっしゃるはず。
領内の問題が分かれば、それは速やかに対応してくださいますわね。
「明日中であればどうにかなるか……。
魔物は、夜間しか出ないのだったか」
「フェリックスからは、黄昏から日の出る間にだけ泉から這い出てくると聞いております」
「フェリックス様は今どちらに?」
「教会の最寄りの村で、魔物の見張りを仕切ってくれている」
「お怪我などはされておりませんか?」
「フェリックスは問題ないようだよ。ラガロが手傷を負った以上、慎重にならざるを得ないからね」
殿下からフェリックス様の無事を聞いて、一瞬ほっとした顔を見せたクラリーチェ様ですけれど、すぐに気を引き締めて武門のサジッタリオ家らしい目付きに変わりました。
「まさか我が領内でダンジョンより外に出て生きていられる魔物がいるなどと思われては困りますから、明後日の夜明けまでに片をつけさせていただきます」
「そうか、それは助かる」
いくら王子殿下といえど、国の大事に関わるからと言って十二貴族の領内で無断で騎士や兵士を動かすのは問題になります。
もちろん、そこを含めて明日の対応を考えていらっしゃったのでしょうけれど、そこにサジッタリオ侯爵息女でいらっしゃるクラリーチェ様が直に討伐隊に加わって調整してくだされば、地属性の戦力としてだけでなく、かなり動きやすくなることでしょう。
(それにしても、誰がクラリーチェ様を誘導したのでしょう?)
脇に置いておかれてしまった疑問は、まだそこに残ったままです。
クラリーチェ様の登場からの流れを、お父さまは黙って見守っていらっしゃるし、何をお考えなのかはわたくしには読み取れません。
相変わらず頭を撫でられ続けておりますけれど、なかなかにこの緊急事態に場違いではありません?
手鏡の中のセーラ様にも見えていると思うのですけれど、大して気にされてはいないようなのも、わたくしの感覚がおかしいのかしらと疑問に感じます。
ジョバンニ様の映写機の中では、殿下たちとクラリーチェ様で、これからの算段を話し合っているようです。
(わたくしで役に立つことはありませんし……)
視線をうろうろと彷徨わせていると、ジョバンニ様とパチリと目が合ってしまいました。
相変わらずそばかすの浮いた細目のお顔立ちは飄々としていて、こちらも何を考えているのか、ジョバンニ様は発想からすでに飛んでいるのでおそらく本当にわかる日は来ないと思いますけれど、ニコーっと満面の笑顔を向けられました。
え、なんの笑顔ですの?
「公爵、そちらの映写機はまだ必要です?」
「いや、ティアのものがあるから必要ないよ」
「では僕はこのへんで失礼して、サジッタリオ邸に一走りしてきますので」
「よろしく頼むよ」
「では姉君、安心して待っていると良いですよ!」
そう言って、ジョバンニ様は映写機を持って去っていかれました。
(あのジョバンニ様が空気を読んで行動されているなんて……)
おそらく転移魔法のお手紙でやりとりをするより早く、サジッタリオ侯爵様たちと連絡を取れるように行かれたのでしょう。
わたくし、呆然とそれを見送ってしまいましたわ。
「カンクロ家が自ら伝書鳩のような役割を担うなんて、本当に私のティアは世界中に愛される妖精なんだね」
苦笑しているお父さまも素敵ですけれど、えーと、それってつまり。
(魔物の出現に不安になっていると思われている、コレ、ですのね)
ようやく誰からも突っ込まれないこの状況を理解いたしました。
相変わらず頭を撫で続けているお父さまに、音声が繋がった手鏡からは、「ダイジョーブだよ、ティアちゃん!」とセーラ様からの励ましが。
本来、魔物など存在しない異世界からやって来て、実際に問題の渦中にいるセーラ様のほうが怖い思いをされているはずなのに、まったく動じているように見えないのは、やはり乙女ゲームのヒロインはたくましいのでしょうか。
わたくしがラガロ様のお怪我について訊いたのも、もしかするとものすごく心を痛めていると取られているかもしれません。
会話の流れで言っておくべきと思っただけで、それほど案じてもいないのですけれど。
(だってゲーム冒頭でそれほど大きな怪我などいたしませんでしょう?)
とは、わたくしの心の中だけの事情なので、そうですわね、わたくしが作り上げたルクレツィア・ガラッシアという人物像なら、今、そう思われていても仕方ありませんわね。
皆さま、わたくしを連れて行かなくて正解だったと、きっと思っていることでしょう。
(これってわたくし本当に悪役令嬢なのかしら??)
ついにそんな疑問まで出てきてしまいましたわ。
ジョバンニ様のあの唐突な笑顔も、きっとわたくしを元気づけるためのものだったとして、いえたぶん、いつもわたくしには基本的にニコニコしていらっしゃるからよく分かりませんけれど、たぶんそうです。
お父さまの仰るとおり、本当に皆さまに大切にしていただいておりますわ。
(けれど、ゲーム攻略にはやはりなんの役にも立っておりませんわね)
落ち込むよりは、元悪役令嬢の立場としてはそんなものかしらと納得してしまったり。
そもそも星探しをはじめるチュートリアルのような段階で、悪役令嬢の出番はないはずですものね。
ファウストが作ってくれた通信手段によって、ゲームのシナリオを垣間見させていただいているだけですのよ。
(何もしなくてもシナリオが順調に進むなら、下手に手を出してかき乱すことになってもいけませんし、……はぁ、ゲームが開始されてから、迷うことだらけですわ)
はじめのうちはシナリオ攻略のお手伝いをしようと息巻いていたはずですのに、今は傍観したほうがいいのでは思っているわたくしがおりますし、セーラ様の恋愛イベントにしても、余計な首を突っ込むほうが墓穴を掘るような気がして、ふわふわと方針が定まりません。
「ティア、それほど心配しなくても大丈夫だよ」
物思いに沈んでいると、お父さまが今度は正面からわたくしを抱きしめてくださいました。
「すべてうまくいくよ。
お父さまがついているからね」
慰めてくださっているのは、もちろん魔物の討伐に星の回収という、災厄の阻止のための一連にわたくしが不安になっていると思っているからなのでしょうけれど、あまりにもタイムリーな言葉をかけてくださるから、わたくしはその頼もしさに甘えるように、ぎゅうと抱きつき返すしかありません。
(お父さまがそう仰るなら、きっと大丈夫)
昔からあるその絶対の安心感に、縋るように胸に頬を埋めていると、手鏡の向こうからも、次々に勇気づけてくださるような声が。
「サジッタリオの名において、私たちが必ず魔物を討伐いたしますから」
「まだ十二の内の一つ目だ。はじめから躓いているわけにはいかないからな」
「父上と、安心して待っているといい」
「星を見つけたら、すぐに君の元へ帰るよ」
「ティアちゃんに、星のお土産持って帰るよ!」
ここまで言われてしまうと、返って逆のフラグに聞こえてしまうのは三十路のゲーム脳の悪いところですわね!
「皆さま、無事のお帰りをお待ちしております」
そんな脳内をおくびにも出さず、天使の公爵令嬢を演じるわたくしがかけられる言葉はこれくらいのものです。
「姉上、」
カメラにも映らず、何も発言していなかったファウストの声がようやく聞こえました。
「明後日の星は、いっしょに見ましょう」
励ますにはほど遠い、淡々とした声音です。
お留守番と言われ、ひとりで星を見るのはいやだと拗ねたわたくしへの、ひとり遠くに置いて行かれたわたくしへの、ファウストらしい言葉です。
その約束が、いちばん心を穏やかにしてくれたので、
「早く帰ってきてね、ファウスト」
弟離れは、当分出来そうにありません。




