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 そもそも、王子の婚約者になどならなければ、大方の心配事が避けられます。


 ここでもう一人の危険人物、もとい登場人物について考えてみましょう。

 ある意味ヒロインよりも危険といえる、乙女ゲームではかなりの確率でメイン攻略対象となっている、王子殿下、ですわ。


 ステラフィッサには現在二人の王子殿下がいらっしゃり、お二人とも正妃様がご生母様です。

 そもそも側妃様も妾妃様もいらっしゃらないので、王位継承については安泰、ほとんど問題が起こらないと思われております。

 第二王子は私が前世の記憶を思い出した少し後に生まれたばかりでまだ赤ん坊ですし、攻略対象として最有力なのは、やはりわたくしと同じ歳に生まれ、兄が遊び相手として召喚されるようになった第一王子の、いずれ立太子されるエンディミオン殿下です。

 兄のアンジェロは7歳、公爵家の嫡男ですから、身分的にも申し分なく、年齢的にも王子の規範となれるような分別がいくらかできるようになっております。

 週に何度か、父に連れられて王城へ赴いて遊び相手をなさっておりますが、お話を聞いた限り、とくに無茶をなさったりワガママが過ぎる、ということはないようです。

 アンジェロのことも兄のように慕っているとか。


 ですが。


 5歳の頃がいくら可愛らしくても、政治的に決められた婚約者がありながら他の女にうつつを抜かすような男になるのです!

 将来、王国を担う立場としては不適格。


(わたくしぜっっったいに婚約者になりたくありませんわっ)


 わたくしも非公式に何度か王城に連れられそうになりましたが、断固イヤがりました。

 普段、無邪気に素直に振る舞っているものですから、このワガママは好意的に受け止められております。

 まだお人形と遊んでいたいとか、侍女のスカートの影に隠れてかくれんぼとか、お母様を伴わないときとなれば、絶対にそのドレスの裾を離しませんでした。


「お城よりお茶会がいいなんて、ティアも女の子だなあ」


 と、お城=仕事場の認識の父は、ニコニコと出かけて行きます。

 本来、女の子ならお城の王子様に憧れるものですけれど。

 お茶会だって淑女の戦場ですから、育ちのいい父は少し天然です。

 その父の背についていき、わたくしが同行しないことを残念がるように後ろをそっと振り返った兄に、心細そうに小さく手を振れば、兄を取られるのがイヤなんだろうと大人たちは解釈してくれます。


 そんな振る舞いも大目に見てもらえるほどに、おかげさまで家族仲は良好です。

 幸いにも我が家の領地運営は順風満帆、建国王の妹姫から連綿と続く家系は王族に準ずる立場として、他家から頭ひとつ分もふたつ分も飛び抜け、一線を画す存在です。

 これまでのステラフィッサ王家、ガラッシア公爵家の歴史の中で、降嫁された王女殿下を迎えたことも、反対に王族に嫁いだ方もいらっしゃいます。

 王族を除いて向かうところ敵なし、その王族との関係も良好。

 お話を聞く限りでは、国王陛下も王妃陛下も温厚そうなお人柄で、家族からも王族サイドからも、無理矢理に婚約を結ばれそうな傾向はないと言ってもいいでしょう。


 大逆転ものの悪役令嬢として懸念される、政略結婚の道具として扱われ冷遇されるというような、「嫌われ」的な立場にはなりそうもありません。


 まだ二十代の両親は、こちらもやはり天使の親は天使、眉目秀麗な父はガラッシアの月の貴公子の異名をほしいままにし、母もステラフィッサの至宝といわれる美貌で、侯爵家から、相思相愛で輿入れしてきたと聞いております。

 二人とも結婚してなお大層おモテになるようですが、浮気や愛人の話など一切ありません。

 温かな家族で、父も母も兄も、わたくしを溺愛してくれております。

 もちろんそうなるように努めておりますが、顔立ちは天使で、家族からは溺愛され、ワガママもすべて許容されてしまうなんて、これは王道の悪役令嬢への道待ったなしの環境です。

 これでわたくしに前世の記憶がなかったら、ホイホイと王城についていき、王子様は自分のものだと、きっと思い込んでしまったに違いありません。

 そのまま大人たちに婚約話はトントンと進められ……なんて恐ろしいことでしょう。


 これからも、ぜったいにぜったいに、ワガママの利く限り登城することは断固拒否して、王子の情報収集は怠りませんが、興味を持っているなんて、少しでも思われてはなりません。

 エンカウントやイベントをできるだけ避けるなんて生易しいことではいけません。

 敵です。


 わたくしの家族の話になってしまいましたが、問題は王子、そう王子です。


 パターンとしては四つ。

 ゲームとしては正統派イケメンでしょうが、


 A、オレ様

 B、腹黒

 C、思慮深い博愛タイプ

 D、まれに純情タイプ


 婚約者を差し置いて別の女とイチャイチャする男なんて全員クソヤローで充分ですが、このAパターンというのは、乙女ゲームというより婚約破棄ものの小説に出てくるダメ男というイメージがわたくしは強いですわね。


 親に定められた婚約者を軽く見て、あるいは自分より優秀な婚約者にコンプレックスを抱いて、成長するに連れつらくあたるようになり、最後には自分が気に入った別の女と婚約するためにありもしない罪をねつ造して悪役令嬢を陥れようとするクズ男。


 悪役令嬢を正妃に据え仕事を押し付け、自分と恋人は遊んで暮らそうという目論見のものもありましたわね。


 このAとだけは、絶対に婚約も結婚もしたくありません!


 B、C、Dのタイプだって、品行方正の王子だったのがヒロインに目が眩み道を踏み外し、常識的な判断ができなくなることも考えられます。


 やはり婚約話の有無から戦いははじまっているのですわ。


 仮にこのまま婚約話はないものとして進んだとして、もうひとつわたくしには心配ごとがございます。

 それは、王子殿下にむしろ好かれてしまうこと!

 悪役令嬢に転生して、断罪回避のために振る舞いに気をつけているつもりが、攻略対象に溺愛されているパターンがあります。

 けれどわたくし、そのパターンも是が非でも避けたいのです。


 なぜなら、王太子妃、ひいては未来の国王妃、国母になんて、わたくしはなりたくないのです!


 一公爵令嬢として、世界の危機に知らぬふりができない責任感とは、これは別のお話なのです。

 王妃として、国民の暮らしに責任を持つなんて、とてもとても無理だと思わずにはいられません。


 そして、わたくし、せっかくこの容貌に生まれたのですから、素敵な恋だってしてみたいのです!


(こちらが本音!)


 もちろん、公爵家に生まれた身で贅沢を申し上げているのは重々承知しております。


 ですが、灰色の前世の記憶が叫んでいるのです。

 友だちも恋人もいなかった寂しい人生、せっかく美少女でやり直せるのだから、人並みに恋や青春を楽しみたい!

 なんだか涙が出てきそうです。

 前世といえど別人、哀れにも思いますが、別人といえど前世、憐れむくらいならこの恵まれた環境を謳歌(おうか)させてほしい、と複雑な思いが湧き上がります。


 ノブレス・オブリージュなんて。

 今世は目をつぶってもよろしいかしら。

 何も平民になって自由な人生を歩みたいと申し上げているわけではありませんの。

 この見た目で市井(しせい)にいたら、別な危険についても考えなくてはいけなくなりますもの。

 王族以外の、セキュリティのしっかりしたほどほどのお家柄で、素敵な旦那様と温かい家庭を築くのが、破滅回避したあとの人生の目標ですわ。


 さて、兄以外の攻略キャラには当面出会えそうもありませんし、残りの登場人物についてはひとまず置いておきましょう。

 兄の溺愛が過ぎて禁断のヤンデレ監禁ルート、にはならないように注意は必要ですが、まだ7歳。

 ヒロインの選ぶルートによっては彼もまたクソヤローになりかねませんから、家族として、それも断固阻止してみせます。



 シナリオの強制力など心配事はたくさんありましたが、本格的にわたくしや王子殿下の婚約話が動き出すと思われる数年先までは、王子との婚約話に繋がりそうなことを徹底的に流しつつ、破滅回避の対策を整える時間です。


 本当であれば、王家との婚約話を潰すには病気を理由にするのがいちばん効率が良いのですが、その後の人生設計やガラッシア公爵家の体面を考えれば取りたくない手段でした。

 そうなると、破滅へ繋がる断罪回避、婚約回避のために考える時間はいくらあっても足りません。

 味方を増やすことも考えなくては。

 王族を巻き込んでの対策の方法も。

 そしてオトモダチを作る計画も大切。


(やることは山積みですけれど、わたくしやり遂げてみせますわ!)


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