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 わたくし、とても驚いております。


 どこで育て方を間違ってしまったのか、姉を邪険にする様子もなく、重度のシスコンになってしまったファウストですけれど、いつ頃からか手を繋ぐなどのスキンシップはしなくなり、その成長を寂しく思っておりましたのに。


(これは、「あーん」をせざるを得ませんかしら)


 手ずから食べ物を食べさせてくれるなど、今までにないことです。

 それだけ心配をさせてしまっているということかもしれませんわね。


「…………」


 じっと見つめてくる目は、わたくしが口を開けるまで引き下がりそうにありません。


(人前で恥ずかしくはあるのですけれど……)


 仕方なしに、わたくしは控えめに口を開いて、ファウストの気の済むようにしようと覚悟を決めました。


 ホッとした様子で眉尻を下げたファウストが、恐る恐るといった手付きで丸いクッキーをわたくしの口へ運んでくれました。


(恥ずかしくて、味がしませんわ)


 口を押さえて咀嚼していると、今度は横からお兄さまの手が伸びてきました。


「なるほど。考えたね、ファウスト。

 こうしてあげれば、ティアも食べる気になってくれるのか」


(お兄さままで!)


 楽しげなお顔をしているのでファウストほどの深刻さを感じませんが、年頃の妹に「あーん」をするのがそれほど楽しいこととは思えませんわ。


 差し出されたブドウを見つめて困った顔をしても、


「さあティア、口を開いて」


 と言ってやめるつもりは毛頭ないようです。


(なぜ、殿下と巫女様の前でこのような羞恥を……)


 観念して少しだけ口を開くと、お兄さまは大層嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、わたくしの唇にブドウの粒を押しつけました。


 ガタン、と。

 

 その瞬間に大きな音を立てて殿下が立ち上がりました。


「アンジェロ、ファウスト!ずるいぞ!」


 何がどうしてずるいのか、わたくしの羞恥心は誰も気に留めてくださらないのでしょうか。


「殿下、こればかりは家族の特権でしょうか。

 食の細い妹を心配して行っていることとは言え、殿下にそんなことを許してしまえば、私が父に叱られます」


 申し訳なさそうなお顔のわりに、お兄さまは次々に果物をわたくしの口に運んで、その合間にマフィンなどの柔らかいお菓子をちぎってファウストが食べさせてくれます。


「……公爵の名を出すのは卑怯ではないか?」


 お父さまの存在は殿下にも脅威のようで、悔しそうに歯噛みしておりますが、お父さまよりまずわたくしの許可を取ろうとはお思いになりませんの?


「ティアちゃんちはみんな仲良しさんなんだねー」


 巫女様はほのぼのと三兄妹のやりとりを受け止めていらっしゃいますが、ツッコミ適性はないということですわね。


「お兄さま、もう、たくさんですわ」


 まだまだ食べさせようとするアンジェロをそっと押しとどめ、わたくしはこの「あーん」地獄から抜け出すことにいたしました。

 イベントとしては、もっと甘やかな、キュンとするようなシチュエーションのはずですのに、ちっとも心が躍りません。

 かえってなおさら心にダメージを負いました。


「そうかい?

 また食べていない様子だったら、今度は父上に食べさせていただくことになるよ」


(なんという甘やかな脅し!)


 お兄さま以上に嬉々としてわたくしへ食べ物を差し出すお父さまが想像できてしまいました。

 その時はきっと、またお膝の上に乗せられるような気がいたします。

 ちょっとだけされてみたいような、それでもやはり恥ずかしいが勝りますので、できれば避けたい事態です。


「少しお顔の色がよくなりました」


 ファウストだけは純然な心配だけを見せてくれるので、その心遣いを無碍にすることはできず、もう少し意識して食事をするように気をつけることを約束しますけれど、


「失礼します」


 そう言って、おそらく汚れてしまっていたであろう口元を指先で拭われたのに、わたくしの心臓が一瞬だけひっくり返ってしまったのは、驚きからですのよ。本当に今日はファウストの言動に驚くことが続きますわね。


(これも巫女様の登場が原因でしょうか?)


 どんな因果関係が、と問われればまったく皆目わかりませんけれど、シナリオが動き出したことで、心境に変化が出てくるものなのかもしれませんわ。



 ともかく、巫女様に会った感触として、ご自身が乙女ゲームのヒロインという自覚はおありではないようですし、逆ハーレムを狙ったり、わたくしを陥れるような策謀を巡らす方ではなさそう、というのはひとつのポイントでしょうか。

 

 巫女としての務めを果たすお気持ちもあるようですし、少し、いえかなり現代的な16歳の少女らしい方ではありますけれど、その分こちらの貴族社会に翻弄されないようにお手伝いをするのはやぶさかではありません。


 シナリオを進める方向性も初期としては妥当だと思いますし、あとはどのように、誰のルートに進んでいただくか、そのフォローが何よりも重要、というところですわね。


 初手で殿下ルートは消えてしまったようにも思いますが、恋の応援をしているうちに、されているうちに……ということも世間ではなくもないと聞きます。


(そこに賭けるしかありませんわね。

 わたくしが振り向くことは絶対にありませんし、心折れたどなたかを巫女様がお慰めすればどうにかワンチャン、あるのではなくて?)


 メインシナリオと恋愛イベントを進めることを考えると、このあたりが妥協点でしょうか。


 悪役令嬢転生して、これほどまでに攻略対象とヒロインの恋愛に心砕くことになるとは思いませんでしたわ。


 意地悪をしない、ワガママに振る舞わない、というだけでこれほど面倒な展開になってしまったのは両親譲りのこの顔のせいだとは思いますけれど、転生した悪役令嬢が溺愛されてしまうパターンもたくさん読みましたから、あとはわたくしがしっかりと意思表示をして、攻略対象キャラクターには興味がないことをお伝えしていくことで、どうにか破滅フラグから逃れたいものです。


 わたくしの断罪回避だけなら、溺愛されていてもここまで頑なになったりはしないのですけれど、ことは星の災厄、世界の命運に関わることですから、巫女様にはがんばって乙女ゲームを攻略していただかなくては。


「巫女様は学校に通っていらっしゃったのですわよね?

 でしたら、わたくしたちの学園にもご興味はございません?」


 待っていてもどうせそうなるのなら、わたくしから学園生活を薦めたってなんの問題もございませんわよね?


 ニコニコと唐突な提案をするわたくしに、殿下も兄も弟も慣れております。

 ボンヤリといつも何を考えているのか、とスカーレット様にはよく叱られますが、「まあ、ルクレツィア(姉上)だから」と許容されておりますのよ。


「ええ?私も学校通えるの?

 教会にもお城にも退屈しはじめてたところだから、外に出られるのはうれしいよ!」


 巫女様も素直に提案を受け入れてくださいましたから、あとは段取りをつけるだけ。


「殿下、お兄さま、わたくし巫女様ともっと親しくなりたいですわ」


 一言お願いすれば、あとは勝手に物事は進んでいきます。


「わかったよ、ルクレツィア」

「ティアのお願いなら、聞かないわけにはいかないね」


 そろって快諾してくださいましたので、


「ありがとう存じます」


 うふふ、と楽しみが溢れ出すように微笑んで、わたくしは巫女様にも笑いかけました。


「どうぞ、仲良くしてくださいませ」


 悪いようには、いたしませんわ!

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