3
続きまして、チャート②を見定めるためのチャート③へ。
これから出会う危険人物、もとい登場人物について考えてみましょう。
まずは悪役令嬢から見れば敵役ともいえるヒロイン。
これもパターンがいくつか考えられます。
A、庶民または下級貴族からのシンデレラストーリーパターン。
a)稀有な力を持った庶民が貴族たちの学校へ入学して奮闘した結果、攻略キャラと心通わせて、とか。
b)貴族の庶子が母親の死をきっかけに突然の社交デビュー、貴族学校に通わせられて、陰湿ないじめに健気に耐えながら、親しくなった攻略キャラに助けられて恋に落ちる、とか。
c)貧乏貴族の娘が王子と知らずに無礼を働き、「え!!あんたって王子だったの?!」からの「おもしれー女」と言われて気に入られてしまう、とか。
お話として読むぶんには楽しいエンターテイメントですが、当て馬として当事者になったらどれもたまったものではありません。
B、世界を救う特別な力を持った聖女パターン。
a)シナリオ冒頭から選ばれた存在として育成ゲームからの、攻略キャラと世界の危機に立ち向かうパターン。
b)ヒロインがイベントを経て覚醒し、攻略キャラの絶対絶命のピンチを救って聖女として認められるパターン。
これはAのa)の派生も考えられます。
c)異世界召喚!
a)とc)は、ある日突然特別な女の子が攻略キャラたちの鬱屈とした日常に現れて、恋と冒険がはじまるという点で、乙女ゲームの導入としてわたくしは大好きでしたわ。
ですけれど、これも当て馬として当事者になったとしたら、突然現れた女に日常と将来をめちゃくちゃにされ、お終いには破滅させられるのですから最悪です。
そもそもこういう存在に選ばれるのは大抵高位貴族ではありませんもの、Bも実質Aのシンデレラストーリーになりますわね。
そして大概、転生悪役令嬢の婚約者が攻略対象のストーリー展開なのです。
わたくしが当て馬役なことは決定事項。
(断然、破滅回避を目指して頑張らなければ!)
そのためにもヒロインの傾向を絞らなくては。
これは、公爵家の本で調べた結果が役に立ちましたわ。
ステラフィッサ王国、そしてこの世界には、魔王や魔族と呼ばれる存在はおりません。
いわゆるダンジョンのようなものが世界中にあり、そこから魔物が出てくるそうですが、冒険者ギルドや各国の軍隊で対応できているようです。
世界の敵を倒すとか、聖女様に浄化をお願いします!というような冒険譚ではないことが確定です。
代わりに、5人の巫女の伝承がありました。
世界の危機に現れる救世主のような存在で、
天の巫女
地の巫女
火の巫女
海の巫女
星の巫女
とそれぞれ呼ばれております。
いよいよ乙女ゲームっぽさが出て参りましたわね。
そもそもこれは子供向けにかなり簡略化した呼び名で、
天占いの巫女
地綱ぎの巫女
炎鎮めの巫女
海凪の巫女
星護りの巫女
というのが正式な呼称で、それぞれにまつわる天変地異が起こるとき、聖なる巫女が神より遣わされて、わたくしたちを救ってくださる、というのが古くからある言い伝えでございます。
ヒロインのパターンはB、聖女ではありませんでしたけれど、特別な力を持った聖なる巫女です。これは間違いがありません。
この巫女がどこから現れるのか、この世界の住人が覚醒したのか異世界から召喚されたのかの詳細については、残念ながら我が公爵家の蔵書には書かれておりませんでした。
けれど少なからずこのガラッシア公爵家、そしてステラフィッサ王国そのものに所縁がある存在です。
まずこのステラフィッサ王国の成り立ちに、深く巫女が関わっております。
ステラフィッサの建国の王、バルダッサーレ一世が迎えた妻その人こそが、当時の救世の巫女で、国名にステラの文字が入っていることからもわかるように、星護りの巫女様でございます。
星護りの巫女様について文献に残っているのは、ステラフィッサの建国の折、およそ一千年前の一度きり。
歴史というよりは伝説に近くて、公爵家の本からは、お伽噺として語り継がれているようなものしかわたくしには見つけられませんでした。
ですが、前世の記憶のあるわたくしですから、推し量ることは可能です。
星護りの巫女にまつわる天変地位……星が降るのは不吉の前兆、というのはステラフィッサでは子供でも知っている言い伝えですから、答えは容易に導き出せました。
(隕石……まさかのアルマゲドン!)
だとしたらとんでもない大災害、いいえそれどころか人類の存続が危ぶまれるほどの未曾有の事態です。
もし万が一、今回のヒロインが星護りの巫女なのだとしたら、是が非でも力をつけていただきたく存じます!是が非でも!
そして我がガラッシア公爵家も、聖なる巫女と切っても切れない関係にあるのです。
そもそもガラッシア公爵家が筆頭貴族として爵位を戴いているのは、建国王の妹姫ルーナ様が始祖の直系一族だからなのですが、それとは関係なく、二百年ほど前の当主が、海凪の巫女様を妻に迎えておられます。
我がガラッシア公爵家は王国の西南地方のほとんどに広大な領地を有しており、その国境に面した北から西が、世界でいちばん大きな湖と言われているサダリ湖と接しております。
海凪の巫女は、津波や洪水といった天変地異が起こるときに現れる巫女で、二百年前に起きたこのサダリ湖の大津波から沿岸の国々を護ったのが、六代前の公爵夫人となります。
以降、ガラッシア家の子孫は水の魔法に優れた才を持つようになりました。
そう、この世界には魔法があるのです。
ここが乙女ゲームの世界であることを裏付ける完璧な材料が揃っておりますわね。
例に漏れなくわたくしにも強大な水の魔法の素養がございますが、チート的なほどではなく、公爵家嫡男としても、将来の攻略キャラとしても優秀な兄アンジェロに勝るとも劣らない程度、努力次第ではもっと花開く、というところでしょうか。
あまり悪目立ちをしたくはありませんから、ほどほどに、いたしますけれど。
さて、ヒロインはBパターンの聖女改め巫女、というところまではわかりましたが、a) b) c)までは絞れませんでしたわ。
この国にまつわるのが星護りの巫女ということを考えれば、やはりヒロインも星護りの巫女になりますかしら。
天変地異のレベルでは、群を抜いているのではなくて?
長雨や旱魃、天候にまつわるのが天占の巫女。
これは今までに多く顕現しているという文献がございました。
その他の地綱ぎ、炎鎮めについては詳しい記録を見つけられませんでしたが、考えらるのは地震や火山の噴火、というところでしょう。
それにしても隕石。
巫女様はどうやって世界を救うのでしょうか。
隕石はやばい。
それだけはハッキリわかります。
そもそもこの世界の文明程度では隕石どころか星の観測だってされておりませんでしょうに。
どのように天変地異を予知し、対策としての巫女様の出現が適うのでしょうか。
もともと強大なお力を持っている、または覚醒させられるならよいのですが、そうではないなら巫女様は恋とかしている場合ではないのでは?
いざ事に当たるとなって、力不足でした、では済みませんもの。
全力で努めていただかないと、世界の終わりです。
叶うのでしたら、わたくしもお力添えしたく存じます。
そんな重責、おひとりで抱えるにはあまりに過大。
そのための攻略キャラなのだとしても、筆頭公爵家の娘としては無責任にはなれませんわ。
ヒロインとなる巫女様と、わたくし仲良くできますかしら?
それも問題ですわね。
異世界召喚以外のヒロインだった場合、彼女たちにもわたくしと同様に前世の記憶があるかどうかがまず気がかりです。
(これはかなり重要ですわ!)
例えば前世の記憶があっても、わたくしと同じようにできるだけ穏便に暮らしたい方であれば、無茶はなさらないはず。
隕石なんて不可避の災害がある以上、シナリオ放棄はなさらないでしょうから、手を携えて、世界平和に取り組みたいですわ。
そのためなら王子の一人や二人、兄だっていくらでも協力させますし恋仲にだってなったっていいのです。
できればわたくしはお友だちとして恋の応援だってして差し上げたいですし、おともだちとして、オトモ、ダチ……。
……わたくし、前世でオトモダチがいたような記憶がないのですけれど、オトモダチ、デキルカシラ……
ワタクシ、オトモダチ、ホシイ……
……はっ、いけませんわ!
5歳にあるまじき虚ろな顔をしてしまいました。
表情の抜けた天使ではあまりにホラー。
お話のジャンルが変わってしまいます。
気を引き締めて参りませんと。
さて、記憶があるパターンとして、もう一方、これだけは本当にイヤなのですけれど、ヒロイン転生逆ハーレム狙いのゲームと現実の区別のつかないアタマお花畑のトンデモな方がいらっしゃったら、わたくしどうしましょう!
わたくしがなかなかいじめてこないからといって、やってもいないイジメを告発されるとか、もっといえば暴漢を使って襲わせたとか、殺されそうになったとか、罪を被せられることがないとは言えないかぎり、全力で抗わなければなりません。
この世界の常識を無視して暴走したり、思い込みの激しさで問題行動を起こしたり、とにかくそんなことをされてしまったら世界を救うどころではなくなります。
そんな資質の少女を巫女にしないでほしいとは切実にお祈りいたしますが、このあたりのパターンはよくよく考えて、対策をたてておく必要がありますわね。
前世の記憶を持たない方や異世界から召喚された方なら、ヒロインとしてのキャラクターのまま、きっとそう困ったことにはならないでしょう。
実は敵国のスパイで、王子を籠絡し国内の混乱を招くのが狙い、というお話もあるにはありましたが、今のところ物騒なお国は近隣にはありませんし、シナリオの佳境が降ってくる隕石から世界を救うということであれば、この可能性は低いように思います。
あとはわたくしがヒロインをいじめないのは当然のこと、周りにそう思わせない、巻き込まれない、陥れられない、というのが重要です。
ヒロイン登場より先に王族を巻き込んで、わたくしの言動の是非がハッキリさせられるよう対策をしておけば、例えばイジメ告発などの冤罪については回避できるかも。
このあたりは、悪役令嬢が学園の卒業パーティーで断罪されるはずが大逆転、的な小説を読み漁った知識の賜物ですわね。
万々が一にでもそんな状況になったとき、是非ともしたいものです、大逆転。