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その晩、マテオ・ヴィジネー大司教は、神の声を聞こうとひたすらに祈りを捧げていた。
王都の中心街、ステラフィッサ王城の真向かいに立つようにしてある大聖堂は、白亜の壁に薄青い屋根、星空に手を伸ばすような尖塔をいくつも持ち、「神の家」とはいえ絢爛な威容を示しており、ステラフィッサ王国の信仰の中心となっている。
半年前に「聖国」からもたらされた「神託」は、彼が信奉する星神の言葉だ。
他の地水火風の四柱の神とは違い、その存在に関する情報は少なく、あまり注目されない一柱である。
広い大陸で、星の神を中心に崇めているのはステラフィッサ王国とその周辺の小さな国々のみで、本来なら各国の主幹となる教会の大司教は「聖国」から派遣されるものだが、ステラフィッサ王国では、代々ヴィジネー家がその役目を果たすことになっている。
例え外の国ではさほど重要視されない星の神でも、ステラフィッサ王国はその成り立ちに彼の神の力があればこそ、長い時を経ても、その信仰は変わらずにそこにあった。
マテオは、自らが彼の神に仕えることに誇りを持っている。
例えヴィジネーの家に生まれていなくても、自身は神に仕えるために生まれてきたのだという自負がある。
星神は、多くを語らなかった。
けれどその言葉は、この国を救うための言葉だ。
いずれ巫女が現れる。
それだけでも、これから未来に訪れる苦難を指し示してくれているのだから、マテオには十分に感じられたが、国は、その言葉だけでは足りないと言う。
その時をただ待つわけには行かず、具体的な時期を知り、苦難を乗り越えるための方策を取らなければならない、というのが国家運営における危機管理の基本らしく、ステラフィッサ教会のトップであるマテオに、度重なる「お伺い」が来ている状態だ。
侯爵家の一員でもある自分がその考えを否定するわけにもいかず、「聖国」に働きかけるとともに、マテオは日々、ステラフィッサ王都の大司教位にのみ継承されている聖典を開き、神に問いかけていた。
一千年伝わるソレは、誰にも読めない文字で認められている。
記号のような、落書きのような、暗号のような、見たこともない文字で書かれたそれを読み解こうと歴代の大司教は腐心したが、結局、読み解くよすがのないまま時を経てしまった。
マテオにも、そこに何が記されているのかは分からない。
分からないが、ここに書かれていることが、今必要とされていることは確かだ。
教会の本尊である星神像は、黙して何も語らない。
大聖堂の屋根の半分は、透明な硝子窓でできており、日中なら光が降り注ぎ、青い空を覗くことができる。
星の神は、その空をわずかに見上げ、何かを掬うような手をして立っている。
満月の夜なら、真上に昇った月明かりが差し込むこともあるが、今晩は新月、わずかな燭台だけを灯し、聖典を胸に抱きながらマテオは跪いて星の神を見上げていた。
その目の端に、光るものが走ったのは一瞬。
気のせいかと瞬いて目を開けたその時にも、何かが確かに光って、そして消えた。
マテオは立ち上がり、星の神の顔からさらにその上、硝子窓を凝視した。
光の尾が、ひとつ、またひとつと夜空を駆けて消えていく。
(……これは!!)
───星が降るのは不吉の兆し。
子どもが唄う迷信は、ただの迷信ではない。
ステラフィッサ王国に確かに伝わってきた伝承は、別の一面を表しているのだと、ヴィジネー家の大司教位を継ぐものだけは知っている。
「大司教様!!!空が!!!!」
夜番をしていた年若い神官が、血相を変えてマテオのところに転がり込んできた。
わかっていると言うように、マテオはそちらも見ずに頷き返し、ただただ硝子窓の向こう、数多の星が降る空を食い入るように見上げていた。
星が降るのは不吉の兆し。
そこにあるのは、かつて数多の星が降るとともに、「聖なる巫女」が現れたという真実。
硝子窓の向こうが、流れる星でまるで滝のようになった、その時───
光の尾がひとつに束ねられたような大きな光が硝子窓から飛び込み、星神像を目がけてきた。
あまりに眩しく、マテオは目を開けてはいられなかった。
咄嗟に腕を上げ、光が収まった気配にもう一度顔を上げると、星の神のその手の中に、人が、少女が横たわっているのが、見てとれた───




