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【閑話】もうひとつの人生─イザイア

 オフィユコ家は、忘れ去られた一族だ。


 ステラフィッサ建国の時からあるのに、誰からも認められていない。

 そこにあるのに、誰にも見えない、けれど求められたときは応えなければならない、そういう約束の一族だった。


 イザイアは、当主の息子として生まれた。

 上には何人か兄がいたが、顔も、名前も、お互いに知ることはない。

 当主の父は厳格なだけの人間で、子どもたちは愛情らしい愛情などひとつも与えられなかった。


 自分はオフィユコ家が機能するための「装置」なのだと、イザイアが知るのは早かった。


 物心つく前から、日々耐え難いほどの訓練に次ぐ訓練。

 いや、アレは訓練などという生易しいものではなかったかもしれない。

 真っ暗な部屋に閉じ込められ、死なない程度にそこに「いる」ことは求められて、息を殺し、潜み、けれど求められたことは「どんなこと」にも対応できるだけの力をつけなければならなかった。


 見る人が見れば、折檻だ虐待だと騒ぎ立てたかもしれないが、あの家にそれを訴えるものなどいない。

 オフィユコの一族は皆、誰からも見えない、誰にも知られてはいけない、という「約束」に縛られていたから。

 それは一族の者同士でも同じで、隣にいる人間と語らうことは許されない。

 だからイザイアは、自分を生んだ母の顔すら知らなかった。


 父は、「装置」を鍛えるためだけの存在で、訓練中に「部品」が駄目になれば、気がつけばいつのまにか新しいパーツを組み込まれたように元には戻っていたが、すぐに違う「部品」が駄目になり、元に戻され、日々それの繰り返しだった。


 何人かいたはずの兄は次第に少なくなり、弟が増えては減り、イザイアはそのうち、自分も減る(・・)のだと、漠然とそう思っていた。



 真っ暗な日々の中、イザイアに与えられたその時の「役割」は、ある貴族の家に入り込むこと。

 内情を探り、その全てを包み隠さずに報告しろ、というつまらない「役割」だった。


 王族の次に高貴(・・)らしいその家は、見たこともないほど煌びやかで美しく、眩しいもので溢れていた。


 影に潜んで眺めるには目に痛いほどのその家が、暗闇に落ちて行くのはあっという間だった。


 イザイアは「役割」を果たし、その貴族の()の行動範囲や予定を伝え、ある男(・・・)がその先で動きやすいように少し手を貸しただけだ。

 その男(・・・)その後どうなるかは、イザイアの「役割」には入っていない。


 つまらない「役割」だったと、イザイアは嘆息した。




「君はオフィユコの子だね」




 真っ暗な日々に戻ってすぐ、それ(・・)はイザイアの前に現れた。


 見たことがあるような絶世の美貌のヒトではあったけれど、それ以上に見たこともないほど凄絶な闇そのものが、そこに、いた。



* *



 イザイアに与えられた新しい「役割」は、その闇に服従すること。


 言われた通りに、言われたことを、淡々とこなす(・・・)ことだけを求められた。


「息はしてもいいよ」


 軽やかに告げられたはずなのに、心を穿ち抉るような重さ。

 

仕事(・・)はしてほしいから、餌も与えよう」


 寛大に、縛る。

 どこにも逃がさない。


 その闇が、すべてを許すか、すべてを壊すか。


 そのどちらかの結末が来ないかぎり、イザイアの「役割」に終わりは来ない。



 イザイアにすべてのはじまりの「役割」を与えたつまらない貴族は、痕跡をひとつも残さずに捕らえろと言われたからそうした。

 その貴族ははじめからそこに存在してはいけなかったように、跡形もなく消された。


 ある貴族の未亡人は、彼女の自慢だったらしい美しい髪も、瞳も、肌も、声も、何もかも奪って捨てろと言われた。


 ある商人は、豚の餌には丁度いいかな、と嗤って言うので、その通りにした。

 一緒にいた元子爵夫人という女も道連れになった。



 ───それでも許しはおとずれない。



 真っ暗になったその貴族の家には、鳥籠に入れられた人形がいた。

 全てを壊さないと気が済まないその人が、唯一壊したくないもの。

 でも、もうその人形も壊れている(・・・・・)


 イザイアができることはない。

 

 息苦しそうに生きているだけの人形の兄も、必死で贖うことだけを考えているその義弟も、イザイアは見ていたけれど、それだけ。

 向こうから、イザイアは見えていない。

 見えてはないけない。

 知られては、いけない。


 絶対服従の飼い主に、彼らの行動の全てを詳らかに報告すること、それが、ひとまず(・・・・)壊すものをあらかた片付けた後に与えられ新しい「役割」だった。


 その先、彼らがどんな幸せを手に入れようとしてもきっとそれは許されないのだろうと知っていても、イザイアにそれを救う手はない。


 壊れた人形を抱きしめる飼い主の底無しの闇に自らも沈められながら、イザイアの真っ暗な人生は、いつまでも明けない。




 ───やがて現れる「聖なる巫女」は、暗闇に差し込む光となるか。





**************

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**





「君はオフィユコの子だね」


 真っ暗な日々の中、イザイアに与えられたその時の「役割」は、眩しすぎるほどのその家の、三人の子どもたちを守ること。


 一応試験だというので、五人の騎士をまとめて倒せば、その人は輝かんばかりの笑顔で自分のことを誉めてくれた。


 暗闇に潜もうとすれば、そんなことはしなくていいと言われた。


 明るい部屋に、温かい寝床、美味しい食事を当たり前のように与えられた。


 はじめは、無性に腹が立ち、苦々しく、憎悪すら覚えるほどの満ち足りたその生活だったが。


 子どもたちを守る仕事仲間の騎士たちに請われて訓練をつければ、汗を流しながら必死に自分を倒さんと挑んでくる騎士たちは、皆、自分の顔を見ている。

 イザイアの名前を呼んで、笑いかけて、肩を叩き、それから。


「イザイアっ」


 その人の愛娘である少女の声が、明るく自分の名を呼ぶ───



 

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