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「お嬢様、まさかコレが伯爵子息だと?

 あまりに不届きな輩がいたので、どこのゴロツキかと」


 イザイアは、王城に通うようになってからは常にわたくしに付いていてくれるようになりました。

 わたくしが外に出ることを過剰に心配したお父さまの采配です。

 けれどイザイアは、いつも影の中に身を隠し、どこに控えているのかは悟らせません。

 本当に、隠密の護衛って存在するのですわね!

 声をかければ返事がありますから、側にいることは確認できるのですが、一人になりたい時やそうでない時も、わたくしが気にならないようにと決して姿を見せません。

 余程のことがなければわたくしの目に触れない範囲で対処しているようですし、人前に出てくるのを見たのはわたくしも久々です。


 今日のような、突然の夜の徘徊にも必ず側にいるだろうとは思っておりましたが、ラガロ様のあまりの言葉に出てきてしまったようですわ。

 すでに臨戦態勢のイザイアは、わたくしに対しては慇懃に振る舞いますが、ラガロ様を見る目は完全にゴミを見る目です。


 ラガロ様の急所に的確に鋭いピックのようなものを突きつけたまま、まさか伯爵家の人間のはずがない、と武器を下ろそうといたしません。


「ラガロの星といえば、あらゆる武術に精通した比類なき獅子の王のことと聞き及んでおりますから、私ごときに背後を取られるような方は、ラガロの星様とは違う方なのでは?」

「ラガロ様には双子のご兄弟がいらっしゃったのかしら?」

「いるわけないだろ?!」


 ようやくラガロ様はイザイアの出現に脳が追いついたのか、身を翻してイザイアと距離をとりました。

 その間に、わたくしはイザイアの後ろに庇われるように場所を移します。


「それほど弱くてラガロの星とは、リオーネ家も安泰とは程遠いようですね」


 暗器の似合うイザイアは、嘲弄するように何気なく立っているように見えますが、ラガロ様はひとつも反撃できる隙が見えないようで、悔しそうにお顔を歪めております。


「独りで出歩いてたんじゃないのかよ……」

「一人でしたわ?」


 舌打ちをしてボヤくラガロ様に、何を言っているのだろうと、心底不思議そうな顔でお返ししました。

 貴族令嬢として、使用人はカウントに入れないだけです。

 わたくし公爵令嬢ですもの、例え気心の知れているリオーネ家でも、万が一何か起こってはお互いの家に傷が付きますから、誰の目にも見える予防線である侍女(ドンナ)は置いてきましたけれど、最終的な安全対策だけは怠らなかった、というだけですのよ。


「これだから貴族はイヤなんだ。

 どうせ貴族以外(ヒト)人間(ヒト)とも思っていないんだろ?

 こんなものなければ、俺だって……」


 前髪をグシャリと握りしめて目を隠すようなラガロ様に、彼ルートの攻略の糸口が見えた気がいたします。


(勝手にイベントを進められているのが気になりますけれど……)


 聞いてもおりませんのに独白を続けるラガロ様、今は伯爵家の養子ですけれど、元も子爵家で教育を受けてきているのですから、ラガロ様も立派な貴族だと思うのですけれど、そんな心情を吐露してしまうほどには、どうやらラザーレ家であまり良い思いをされなかったようですわね。

 やがては自分たち一門の長となる子どもであっても、同じ種でありながら自分には宿らなかった「星」に、自分より後に生まれ、しかもメイドの生んだ子どもが自分より上に行くことが確約されているのですもの、子爵夫人とそのご令息がどんなお気持ちでラガロ様に接されたか、なんとなく想像がついてしまいます。

 それをラザーレ子爵が制御できていなかったことには驚きですが、まあ、クソヤローですものね、そんな高等なことは出来なかったのでしょう。


 すっかり乙女ゲームの攻略対象らしく鬱屈した幼少期を過ごしてしまったラガロ様には同情いたしますけれど、その膿をわたくしにぶつけられても困ります。

 わたくし悪役令嬢ですし、そういう心の傷を引き受けて癒すのはヒロインの役割ですもの、こうしてイベントのようなものが発生してしまっているのも、事故なのです、事故。


「それで、いったいイザイアはどうしましたの?いつもなら出てきませんのに」


 これ以上ラガロ様のイベントには付き合えませんから、その呟きは聞かなかったことにして、わたくしはイザイアに話を振りました。

 ここも、きちんと軌道修正いたしませんと、「わたくしがラガロ様に何かされそうになっていた」ことになってしまいます。


「お嬢様の御身を守るのが私の務めですので」

「何かわたくしの身に危険なことが迫っておりますの?」

「…………私の早とちりでございました」


 不承不承ではありますが、わたくしの「分かっていなかった」フリに、イザイアは「何もなかった」ことにしてくれるようです。

 このままお父さまに報告でもされますと、ラガロ様は明日の朝日をご覧になれなくなりますもの。

 レオナルド様の晴れの日に、そんなことわたくしひとつも望んでいませんのよ。



 ───結婚する前の夜に、その息子が公爵家の大事なご令嬢に乱暴でもしたら、さすがに全部ぶっ壊れるかも、そういう筋書きでも狙ってんの?



 明日のことに思い至った瞬間、先ほどラガロ様に言われた言葉が頭の中でリフレインいたしました。

 ラガロ様の言葉はひとつも本当ではありません。

 ……ありませんけれど、


(もしもそうなってしまったら?)


 と一瞬でも頭を過ってしまったなんて、わたくしのなんて浅はかなことでしょう。


 ラガロ様の抱える闇に引きずられるように、先ほど聞いてしまったお父さまたちのお話しがまた頭の中をぐるぐると駆け回り、わたくしの心の内をかき乱します。


(ラガロ様が、少しうらやましいですわ)


 自分の中にある鬱屈を外にぶちまけられるだけでも、少しはスッキリするのでしょうか。

 その相手にわたくしを選んだことは不服ですが、今日ここまで、ずっと物わかりよく振る舞ってきたわたくしには、ラガロ様の行いは眩しくも思えます。


(それともラガロ様、無意識でわたくしにもそれをさせようとしてくださったのかしら)


 なんて、考えすぎでしょうか。


 王子殿下への牽制の意味も込めてではありますが、お茶会の席で他のご令嬢たちへ自分の養父(レオナルド様)への恋心を語るわたくしをラガロ様もずっと見てきておりますから、生みの親(セレーナ様)との関係がどうなっているのかも知っていればこそ、苛立つ気持ちを募らせてしまったのかもしれません。


 そこへ傷付いた様子も見せず、笑ってお祝いを伝えるわたくしに、決して上策とは言えませんでしたが、わたくしの心を無理矢理にでも波立たせ、その本心を引きずり出してやろうとあのような言動に至った、というのはあり得ないことでしょうか。


 ラガロの星はどうやら勘の鋭さもその恩恵に含まれているようですし、どんなに悪態を吐かれようと、根は攻略対象だと思っておりますので、そんな邪推もできてしまいますわね。


 そこまで考えついて、ひとつため息を落とすと、少しだけ湿り気を帯びて震えるものになりました。


「お嬢様?」

「……?!」


 振り返ったイザイアもラガロ様も、なぜだかわたくしの顔を見て驚いておりますわ。


「?」


 何かあったのだろうかと首を傾げると、濡れた感触が頬を伝うのがわかりました。


(あら?)


 何かしらと指でそれを拭えば、次から次へ、それは滴り落ちてきて、わたくしの頬を濡らします。


(あら、わたくし泣いているのね)


 自分でもよくわからないタイミングで、わたくしの涙腺は決壊したようにホロホロと涙を溢れさせております。


 心は、とっくに限界だったのかもしれません。


 部屋に帰って、布団にくるまり、誰にも気付かれないように泣くつもりでしたのよ。

 それをラガロ様に引き留められ、突然二重人格設定など露わにするから驚いて引っ込んでしまっていましたけれど、考えすぎる頭と心は切り離されて、勝手に涙を溢れさせてしまったようです。


 ほとんど表情を変えずに涙を流すわたくしに、ラガロ様はなぜだかオロオロとしはじめ、イザイアも固まってしまいました。

 イザイアはともかく、ラガロ様はこれが見たかったのではないのかしら。


(どうしましょう、止め方がわからないわ)


 しゃくりあげるでもなく、涙だけが止まらなくて、拭おうという気概も今はもう湧きあがりません。


 少しでも何か言えばいいのでしょうが、口を開くと喉の奥から嗚咽が込み上げてきそうで、呼吸すら止めなくてはいけないような気がいたします。


「……ルクレツィア嬢、」


 ようやくラガロ様が近づいて、わたくしの涙でも拭おうかと手を差し出した時、


「さわるな」


 まだあどけないながらも鋭い声が、階段の上から降ってきました。


(ファウスト)


 わたくしの義弟(おとうと)が、見たこともないお顔でラガロ様を睨んでおりました。

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