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 わたくしたちが東屋で休んでおりますと、侯爵家の方々が続々とこちらの庭園に移ってまいりました。


 ガラッシア家のほかの公爵家には年齢の合うご子息がいらっしゃらないため、今回のお茶会には参加しておりません。

 わたくしたちの後は侯爵家のターンとなり、十二貴族が優先、さらには王城での役職順となります。


 この国の宰相閣下を当主とするビランチャ家。

 外務大臣、ならびにそれに連なる役職を掌握しているスコルピオーネ家。

 治水、上下水道の設備に功績の大きいアクアーリオ家は、今でもその管理がすべて委ねられており、この国の生命線です。

 有事であれば軍略に長け、射手の名手として逸話を残す名だたる騎士を多く輩出しているのはサジッタリオ家です。


 十二貴族の侯爵家六家のうち、王妃様のご生家のカプリコノ家、そしてお母さまのご生家のヴィジネー家は、本日のお茶会は対象外のようでいらっしゃりません。


 ある程度の人数がそろったところで、大人たちは室内のサロンに場所を換えます。

 今日のような長丁場が想定される会では、ガラッシア家は十二貴族の皆さまと交流する時間を持って切り上げることが許されており、基本的に公爵であるお父さまを待たせるような構成にはなっておりません。

 本日は子どもたちの面通しがメインということもあり、比較的同等の家格同士で交流できるよう、調整がされているのです。


 四家がわたくしたちのもとに集うと、いよいよ子どもたち同士の対面です。


(まず間違いなく、あのお二人は攻略対象ですわね)


 王子殿下とのお顔合わせはどうにかやり過ごしましたが、まだまだ油断はできません。

 お兄さまの他に、攻略対象たり得る王子殿下の側近候補としてすでに王城へと招かれている二人のご子息の話は、時おりお兄さまの話題に出てきております。


 まずはビランチャ宰相子息、シルヴィオ様。

 ようやくお顔を拝見しましたが、予想どおりのメガネ枠。

 短く切り揃えた緑の髪に、真面目そうなお顔立ち。

 もちろん攻略対象ですから、メガネを掛けていても端正なその造りは人目を引くのに充分でしょう。

 ただ取りつく島のないような隙のない佇まいで、何故だかきつい目付きでこちらを睨むようにしております。


(すでに悪役令嬢として嫌われているのでしょうか……)


 はじめてお会いするのに、どうして。

 彼のルートもまたわたくしの破滅へと繋がっているのでしたら、悪印象は困ります。

 目が合ってしまったので、ここはニコリと微笑んでおきましょう。


「……っ」


 今度は思いきり顔を逸らされてしまいましたわ。


(感情の忙しい方なのかしら……)


 メガネ枠といえば知的なキャラクターのはずですのに、お顔を見ただけではまだよくお人柄を図れませんわね。


 次いで視線を移すと、お隣のスコルピオーネ家ご子息、フェリックス様と目が合いました。

 今度はあちらからニコリと笑いかけてくださいます。

 艶やかな赤毛をひとつに結って背中へ流し、クラシックな装いに異国風のデザインを取り入れたお召し物は、派手ながらも洗練されております。


(この方は軟派なキャラクター枠で確定ですわね!)


 甘やかなお顔立ちの中、蠱惑的に垂れた目の奥は鮮やかな赤で、こちらも女性を魅了するのに充分ですわね。

 少し軽薄そうな風貌ですが、それが何より彼の乙女ゲームの中での立ち位置を示しておりました。

 

 けれど。

 それよりもなによりもわたくしには気になることが。


 笑いかけてくださったフェリックス様の目元に、泣きぼくろがごさいますの!


(わたくし、彼のチャームポイントについて高らかに歌い出したくなる(カルマ)を前世で背負っておりますのにっ)


 突如主張をはじめた三十路女の衝動を抑えるのに苦労をいたしました。

 泣きぼくろについて歌いたくなる事象について、語り合えるお友だちが今世にはいないことにひどく残念な思いがいたしましたが、そもそも前世でもわたくしにはお友だちはいませんでしたわね。

 そんな事実に気がついて、またしてもわたくしの心にはチベットスナギツネ。

 この子だけが、前世からのわたくしのお友だちなのかもしれません。


 詮無い思考ばかりをして、フェリックス様に返す笑顔が微妙なものになってしまいました。


 今までの様子と少しだけ違ったことに気づいたのでしょうか、フェリックス様にもなんとも言えないお顔をさせてしまいました。


(お母さま、早速素敵な出会いにはなりませんでしたわ)


 余計なことを意識し過ぎたのでしょうか。

 王子殿下という破滅フラグに対してよりは、気が抜けてしまっていたことは否めません。


(けれど、攻略対象はヒロインに(なび)くクソヤロー候補ですもの、それほど好意的でなくてもかまいませんかしら。

 憎まれるほどのことをしさえしなければ、あとは適度な距離感が望ましいですわね)


 それよりも大事なことは、攻略対象以外でお友だちを作ることです。


 アクアーリオ侯爵家に視線を移すと、ベアトリーチェお姉さまもこちらを見て親しげに微笑んでくださいました。

 わたくしは、その倍ほどの親しみを込めて笑顔をお返しします。


(やはりお姉さまがおそばにいてくださるのといないのとではわたくしの安心感が違いますわ)


 すっかりベアトリーチェ様に心を奪われているのは、アンジェロお兄さまだけではないのです。

 お母さまもオルネッラ様が大好きですから、これは遺伝子から組み込まれた親愛なのかもしれません。


 それから、サジッタリオ家のご令嬢、クラリーチェ様は、お茶会に招待されている子どもたちの中での最年長、12歳でいらっしゃいます。


(とても大人びた方だわ)


 ベアトリーチェ様の落ち着いた佇まいとはまた違い、手足がすらりと伸びて背がお高く、装飾を押さえたマーメイドラインのドレスがとてもよくお似合いです。

 高く結い上げた赤みを帯びた黒髪が、ネコ科の猛獣の尻尾のようで、目鼻立ちのはっきりした強めの美人になりそうな、すでに雰囲気のある方です。


 クラリーチェ様の視線の先は、フェリックス様のようでした。


(なるほど、並んで立っていらっしゃれば、とてもお似合いなお二人ですわね)


 一人納得していると、お父さまに名前を呼ばれました。

 その場で略式のカーテシーをして、皆さまへの「はじめまして」のご挨拶に代えます。


 お母さま仕込みの所作ですから、大人の皆さまからは感嘆のため息をいただきましたわ。

 ビランチャ侯爵夫人のアリアンナ様なんて、特に熱心に褒めてくださいました。

 その横で、ご子息のシルヴィオ様のお顔が険しくなっていくのがよくわからないのですけれど……。


 ご挨拶が一周すると、あとは自由時間です。


 十二貴族の六伯爵家の皆さまともお父さまはお話をなさりたいでしょうから、まだおそばにはいてくださると思うのですが。


(突然子ども同士で仲良くお話、はわたくしにはハードルが高いですわね)


 わたくし、前世でダテにぼっちをやっていたわけではございません。

 お父さまが仰った「内向的な娘」というのも、あながち嘘でもないような気がしております。

 こういう場面は今世でははじめてですし、前世ではできるだけ避けて通っておりましたもの、途端に緊張してきてしまいました。

 お兄さま、ベアトリーチェ様、ファウストに引っ付いていれば大丈夫でしょうか。

 クラリーチェ様とお話しできればいいのですが、仲良くしてくださるでしょうか。


「やあ、アンジェロ。

 早速君のお姫様を紹介してくれるんだろう?」


 まず歩み寄って来られたのはフェリックス様です。


(そうですわよね、こういう場面の先陣を切るのは泣きぼくろ……いえ軟派キャラクターの役割ですわよね)


 自然とクラリーチェ様がその腕を取っておりますので、やはりお二人は婚約者同士なのかしら?


 お兄さまを見ると、お兄さまからベアトリーチェ様の手を取りに行っているので、やはりそうなのかもしれません。


(そうなるとクラリーチェ様はフェリックス様ルートの悪役令嬢ですかしら?

 これはぜひ仲良くしていただきませんと!)


 わたくしは俄然クラリーチェ様に興味が湧きました。


「フェリックス、わたしのどちらのお姫様のことを言っているんだい?」


 右手にはベアトリーチェ様、左手にわたくしを侍らせているお兄さまは、そんなセリフ回しをしても嫌味なく様になってしまう方ですので、わたくしもその様式美の一部として儚い美少女然としておりましょう。


「……わぁ、君が将来魔王になっても、オレとの友情は忘れないでね」

「馬鹿なことしか言えない口なら閉じていろ、フェリックス」


 フェリックス様の後ろから、険しいお顔のままのシルヴィオ様もいらっしゃいました。

 どうしてそんなに怖いお顔をしてらっしゃるの。


「シルヴィオ、そんな顔してこれから口説くお姫様を怖がらせてどうするの」

「貴女も余計なことを言わないでくれ」


 クラリーチェ様は、見た目通り落ち着きのある声音です。

 気安くシルヴィオ様に話しかけておりますから、面識がおありなのかしら。

 ベアトリーチェ様も皆さまとはじめましてというご様子ではなく、もしかして全くの初対面というのはわたくしとファウストだけ?


「クラリーチェ嬢は、シルヴィオの従姉妹殿だよ」


 戸惑っていると、お兄さまがそっと教えてくださいました。

 そうでしたわ、アリアンナ様のご生家がサジッタリオ家でしたわね。

 そういえば、どことなくクラリーチェ様とアリアンナ様のタイプは似ているような気がいたします。

 強い女性という形容がぴったりとくるような、サジッタリオ家は武門のお家柄ですから、そういうご気性の方が多いのかもしれません。


「ごきげんよう、サジッタリオ侯爵令嬢」


 わたくし、勇気を振り絞ってクラリーチェ様にお声をかけました。


 はじめましてですから、上位になる公爵令嬢のわたくしからまずお声をかけなくてはいけないのが貴族のマナーですもの、わたくしがんばりました。


「ごきげんよう、ガラッシア公爵令嬢」

「どうぞ、わたくしのことはルクレツィアとお呼びください」

「では、(わたくし)のことも是非クラリーチェと」


 ふう、これも様式美。

 これが貴族社会。


「やっぱりオレには興味なさそうだよねぇ。

 はじめに声をかけたのはオレなのに」


 一仕事終えた心持ちでおりましたら、クラリーチェ様のお隣でフェリックス様が大げさに嘆く振りをなさいました。


(キャラクター設定を裏切らない、劇場(ドラマチック)型の立ち居振る舞いの方ですわね。

 これで自分の素顔をどんどん見失っていけば、攻略対象として完璧なのですけれど!)


 フェリックス様について分析するのに忙しく、黙ったままでいたわたくしに、周りにいないタイプの人間の対応に窮していると思ったのか、お兄さまがかばうように前に立ち塞がってくれました。


「どうして君たちはわたしの妹を困らせるのかな……。

 ルクレツィア、ファウスト、王子殿下の元で仲良くしているシルヴィオとフェリックスだから、それほど構えなくてもいいよ」


 お兄さまの言葉に素直に頷いたのはファウストです。


「はい、はじめまして」

「へぇ、噂の天才はどんな子だろうと思ってたけど、お人形さんみたいだなぁ」


 フェリックス様には人との垣根が存在しないのでしょうか。

 今度はファウストに興味を移して、じぃ、とその顔が鼻先に付きそうな距離感で観察しはじめました。

 それにもファウストの表情はあまり変わりませんが、これは少し人見知りをしているようです。


「今度オレにも、映写機(カメラ)っていうの、貸してね」

「殿下の次でしたら」

「早速売り込むんだから、ガラッシア家三兄妹の商会は飛ぶ鳥も落とす勢いだね」


 わたくしたちと王妃陛下、王子殿下とのやり取りを後ろで聞いていたとわかる言葉に、公の場でのこととはいえ、会話の外側にいた人間が話題を蒸し返すのは、盗み聞きのようであまり褒められたことではありませんわね。


「フェリックス、あまり妙な絡み方はしないでくれるかい」


 ほら、お兄さまもお声が低くなってしまったではありませんか。

 普段温厚で、とても優しいお兄さまですから、怒ったところは見たことがございません。

 それでも失礼なことをされれば諌めなければなりませんから、そういう時は、声が一段低くなるのです。

 わたくし、それを聞くと、妙にそわそわとして落ち着かなくなりますのよ。

 お兄さまを決して怒らせてはいけないと、本能から察しておりますの。


「それにシルヴィオも。

 わたしの妹に、何か言いたいことがあるのかな?」


 そう、そうなのです。

 シルヴィオ様、最初から怖いお顔のまま、ずっとわたくしを睨んでいるのです。


(睨んで……?いえ何か苦いものを飲み込んだようなお顔にも見えますけれど、それにしても怖いお顔……)


 せっかくの端正なお顔が台無しです。

 先ほどちらりとクラリーチェ様が聞き捨てならないようなことを仰っていたのを、あえて聞き捨てたのですけれど、シルヴィオ様のこの行動だけは読めませんわ。


 窺うように、首を傾げてシルヴィオ様を見上げますと、シルヴィオ様のお顔はさらに険しくなりました。


(それはどういう感情ですの……?!)


 まだまだ攻略対象との対面は前途多難です!

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