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本日は、いよいよ王妃様のお茶会です。
わたくし、お母さまの本気を見て、ただいま少々震えておりますの。
ガラッシア公爵家にはお抱えのデザイナーとお針子がおり、彼女たちが作るドレスはステラフィッサ王国の流行をも作ると云われております。
お母さまとオルネッラ様が熱心に、それはもう熱心に彼女たちと熟考に熟考を重ねて作り上げた、わたくしの王城デビューのドレスが凄まじいのです。
もちろん、ベアトリーチェお姉さまのドレス、お母さまたちのドレス、そしてお父さま、お兄さま、ファウスト、ついでにアクアーリオ侯爵様のモーニングもすべてご用意なさったようなのですけれど、なぜだかわたくしのドレスだけが飛び抜けておりますの。
ガラッシア公爵家、アクアーリオ侯爵家でそれぞれがひと揃えだとわかる色調、形で、その中でもお兄さまとベアトリーチェお姉さまが対になっていることがわかります。
二家族そろってお茶会の会場に入場した際は、それはもう圧巻の一言に尽きる素晴らしさでしたとわたくしも誇らしい気持ちです。
ですけれど、その中でもわたくしのドレスだけデザイン性がひとり異なるのです。
一言で言い表すのはとても無理なのですけれど、とにかく、フワフワなのです。
ベルラインのスカート部分がふわりと膨らんだ基本の形に、ペールブルーのオーガンジーをこれでもかと重ねて、その上に銀糸で編んだベールが羽根のように広がり、光によって七色の虹彩を放っております。
髪型はプラチナブロンドをふわふわと巻いただけでそのまま下ろし、ベールの起点となっている花冠のようなティアラが全体の統一感を明確にしております。
イメージは、やはり妖精のようですわ。
大人っぽいベアトリーチェ様のドレスとは全く異なる、ひとりお伽噺状態。
どうしてこうなったのです。
絢爛ながらもシックな装いでまとめらている中、これはかなり目立ってしまっておりますわ。
異次元の美しさを誇るガラッシア公爵家としても充分過ぎるほど人目を引いているのに、その中でもダントツに注目を浴びてしまっております。
お母さまは、わたくしのドレスの出来栄えにとても満足そう。
そんなお母さまにお父さまもお幸せそうな顔が隠せません。
お兄さまとベアトリーチェお姉さまは、お互いの装いに見惚れ、お二人の世界。
わたくしのエスコートはファウストですが、ファウストだけがわたくしの心に寄り添うように、こちらを気にかけて手を繋いでくれております。
だってなんだか、やっぱりわたくしだけ浮いておりません?
他のご令嬢のドレスもどれも素晴らしい気合の入れ方とお見受けするのですけれど、わたくしだけその方向性が違うといいますか、浮世離れ感が凄まじいのです。
いたたまれなさに呼吸も浅くなるというもの。
(内心で狙っていたこととはいえ、まさか外側からも妖精感を全面に押し出すことになろうとは思ってもおりませんでしたわ、お母さま……)
普段のわたくしの言動を形にするとこんなドレスになるのかしらと、お母さまの感性に震えるばかりです。
このままベールの羽根で飛んで行ってしまえないかしらと現実逃避をいたしますが、ガラッシア公爵家が招待客の中で最後の入場になりますから、間もなく王妃陛下、王子殿下のご来臨です。
場所は王城の一角、夏の催しの際に使われる「白鳥の庭」は、蓮の咲き乱れる大中小三つの池を繋ぐ小川が優美な曲線を描き、小さな水鳥が回遊する美しい庭です。
デネブというのは、前世の知識の白鳥とは異なる小柄な夏鳥で、白銀の羽毛だけを持つこちらの世界ならではの種のようです。
お父さまが登城する楽しみのひとつとして、王城でしか見られない鳥がいることを以前話してくださりました。
見たこともないような輝きを放つ水鳥は、ステラフィッサ王城の、この庭園で開かれる催しでしかお目にかかれない特別な鳥なのだそう。
ふっくらとした銀毛の鳥は、前世のテレビでよく見たようなカルガモの親子を思い出させて少しだけ和みます。
それでもわたくしの内心は緊張でいっぱいです。
我が公爵家は注目の的ではありますが、王妃陛下、王子殿下の次に位が高いので、お父さまから話しかけない限りは招待客の皆さまは誰も近付いてはこられません。
当のお父さまは本日もすこぶる美しく、わたくしと同じペールブルーの生地に、青銀の精緻な刺繍の入ったフロックコートを嫌味なく着こなしております。
お母さまもお揃いの生地で作られたドレスをお召しになり、お二人並んでそこに立っているだけでなんという芸術品。
わたくしなんてオマケでよろしいのですけれど、わたくしへ向かう好奇の目のなんて痛いこと!
アクアーリオ侯爵と談笑しながら牽制するようにお父さまが周囲を威圧しておりますが、他人の視線まで御すことはできませんわね。
あまり怯んでみせても付け入る隙になりますから、やはりここはこの世のものに非る感じを漂わせてふわふわとしているのがよろしいかしら。
それもやり過ぎるとファウストがきゅっと握る手に力を込めるので、よほど飛んで逃げていきたそうな気配をさせてしまっているのですわね。
「ねえさま、大丈夫です」
わたくしの弟が、なんて頼もしい。
緊張や不安が繋ぐ手から伝わっていたかのように、しっかりと目を見て励ましてくれました。
エスコート役といってもわたくしよりまだ背の低いファウストですから、応えるように首を傾げて儚く笑みを返しました。(その瞬間、あちらこちらから心臓を射抜かれたようなうめき声とお父さまの舌打ちが聞こえたような気がいたしましたが、聞かなかったことにいたしましょう。)
「……ティアは、今日のお茶会の参加者すべての初恋を奪いそうだね」
お兄さまがベアトリーチェお姉さまの耳元で囁くのははっきり聞きましてよ!
そこまで甘い声で言うほどの内容ではないと思いますけれど、「ええ…」と微かな声で応えるお姉さまは、真っ赤なお顔で立っているのもやっとではありませんの。
わたくしをダシにいちゃついてるような気もしないではないですけれど、お姉さまがお幸せそうならそれは許します。
お兄さまに目を奪われたご令嬢たちが、隣りに睦まじく寄り添っているベアトリーチェ様を見てため息をついているのですもの、付け入る隙がないと思う存分見せつけて差し上げてくださいませ。
「さあ、ルクレツィア。いよいよだよ」
アクアーリオ侯爵とのお話に区切りをつけたお父さまが、わたくしの隣に立ち支えるように背に手を添えてくださいました。
反対側のファウストには、お母さまが寄り添います。
空気が変わるのがわかりました。
ファンファーレが高らかに響き渡ります。
ついに、王子殿下と見える瞬間です。
そのためだけにいる役人が、王妃陛下、王子殿下の臨席を歌うように発声すると、庭園の奥、蔦バラのアーチから、絢爛な衣装をまとった近衛兵を引き連れてお二人が並んで登場します。
役人の合図とともに、わたくしたちは一斉にお辞儀をいたしました。
カーテシーというやつですわね。
王妃陛下のお声がかかるまで、顔を上げることはできません。
立ち位置は家格の順位で決まっておりますので、我がガラッシア家は王族の上がる舞台のすぐそばに控えております。
顔をあげれば、おそらくすぐそこに王子殿下がいらっしゃいます。
逸る気持ちと、やはりまだお顔を見るのが怖いという相反する気持ちで、心臓が口から飛び出しそうです。
「皆、我が王子エンディミオンのため、此度はよく来てくれました。
面を上げ、よく顔を見せてください。
エンディミオン、ステラフィッサの未来を支える子どもたちです。
広く友誼を結び、互いによく学び、ともにステラフィッサの繁栄に尽くすよう努めなさい」
王妃陛下のお言葉が切れるのを合図に、わたくしたちは一斉に顔を上げました。
(胃が焼き切れそうですわ……!)
ここ一番の場面に、心模様が顔に出ないよう訓練は積んでおります。
お母さまに倣った淡い笑みを湛え、わたくしは真っ直ぐと王妃陛下、王子殿下に向き直りました。
パチ!
と、音がしたかもしれません。
(思い切り、目が合いましたわ!!!!)
エンディミオン様も、真っ直ぐこちらを向いておりました。
(目を、逸らすわけには、参りませんっ)
動揺に倒れそうになりながらも、なんとか踏みとどまって気絶するパターンは避けられました。
この場で気絶するのは、王子殿下の気をひいてしまう可能性もありますから得策とは言えません。
ガラッシア公爵家の令嬢としても、そのような醜態は避けなければ。
(この方が、わたくしの破滅フラグ)
なおも王子殿下と見つめ合っております。
夕焼けのようなファイアオパールの大きな瞳がわたくしをとらえて放しません。
明るい太陽のようなブロンドと、さっぱりと整ったお顔立ちは、アンジェロお兄さまともファウストとも違ったタイプで、前世の記憶の柴犬を彷彿とさせます。
パターンはD?純情で素直そうな方。
いえでもBかも。見た目とのギャップ狙いで腹黒という可能性も。
将来性はCということも?
この見た目でAの俺様キャラだとしたら、ギャップどころか製作サイドの設定ミスのような気さえいたしますから除外しても良さそうでしょうか?
とにかく、「お顔だけはいいクソヤロー」の方向だけは是非とも避けていただきたいのですけれど、それにしたって……まさか、そんな。
(エンディミオン様、あなたいったい、何のゲームのキャラクターなんですの?!)
会った瞬間に衝撃のように降ってくる記憶は、ひとつもありませんでした。
皆無です。
ないのです。
何も思い出しません。
昨日とわたくしと今日のわたくしで、何ひとつアップデートはされませんでした。
あの方はどなたなんですの?
ステラフィッサ王国の第一王子でいらっしゃることは知っています。
でも誰なのです?
わたくしの知っている乙女ゲームにはいらっしゃりません。
見知らぬ攻略キャラクターのまま、王子殿下はそこに立っていらっしゃいます。
(やっぱりまだ思い出せませんのね……)
期待をしていた分の失望と、なんとなくこうなるだろうなという予感からの諦念で、わたくしの心はすぐさまチベットスナギツネになりました。
いまだ殿下と目の合ったまま、そんな表情になるわけには参りませんから耐えておりますが、わたくしの心はすん、と感情をなくしております。
(それにしても……)
殿下はいつまでわたくしを見つめているおつもりかしら。
こういう場合、上位の方からそっと目を逸らすものだと思っておりましたけれど、わたくし?わたくしから逸らさないといけないのでしたかしら?
少し混乱してしまい、戸惑ったわたくしは、心のままに眉を下げて、ガラッシア家らしいハニカムような笑顔を殿下に向けてしまいました。
(あ、)
その瞬間、わたくしは自らの失態を悟りました。
殿下の大きなファイアオパールがさらに見開かれ、目元に徐々に朱が差していくのがわかります。
(ヒトが恋に落ちる瞬間を、はじめて見てしまいましたわ……)
お茶会の参加者すべての初恋を奪ってしまうなんて、お兄さま、どうしてそんなフラグを立ててしまいましたの?