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「はてっ、これはまたまあ、なんと言うことでっ」


 居並ぶ騎士たちに剣を向けられても、ジョバンニの驚きはどこか間が抜けている。

 だがジョバンニが驚くほどに想定とは違うことが起きているということは、間違いなく異常事態だ。

 シルヴィオにも見えていなかった未来。

 

「彼らは、最初に消えた騎士たちか……?」


 シルヴィオが問いかけると、金の眼は前方から逸らさないまま、ラガロはゆっくりと頷いた。

 ヴィジネー侯爵家に同行して先にピエタの町に入った騎士たちを、ラガロはほとんど見知っている。

 それだけ優秀な騎士たちだったし、編成についてはエンディミオンの護衛の責任者としてラガロもそれなりに意見を出している。

 ルチアーノの話を思い出す。

 邸が鳥の群れに襲われた際、外周を警護していた騎士団の大半が姿を消した。

 翌晩に起きたことと同じように考え、鳥と入れ替わったものと思っていたが、彼らの動作に奇妙なところは見られない。

 知った顔が、隊列を組み、無駄のない所作でこちらを伺っている。

 彼らは一様に、表情もなく、暗い穴のような目でこちらを見ている。


「……っ!目を見るな!」


 ──新月の夜に、穴を覗き込んではいけない。


 エンディミオンの語ったお伽話の一説が頭を過った。

 騎士団の全員が闇魔法にかかっているとして、光属性のエンディミオン、ラガロの星を持った自分、それ以外はどれだけ対抗ができる?


「エンディミオン殿下!」


 皆まで言わずとも、呼びかけだけで背後のエンディミオンが動いたのがわかった。

 意思を持って、ラガロの戦闘能力にブーストをかけながら、今までに出したことのない出力で光球を出す。

 光魔法はそもそも支援型の魔法ばかりで、目に見える攻撃というのはしたことがない。

 一度にできる光球は数個が限度だから、手前にいる騎士からブーストをかける要領で中和をするように光球で包み、その隙を縫ってくる他の騎士をラガロが無力化する。

 二人に対して多勢だが、味方が闇魔法に捕らわれるのは避けたい。

 ただし、風属性と思われていた魔物に合わせ、騎士団はほとんど火属性で揃えていた。

 ラガロとは同属性で、いくらかの怪我は仕方ないが、殺さない程度に加減をするとなると、この水気の多い状況では調整が難しい。

 今度は舌打ちではなく深く息を吐き出すと、ラガロはさらに一歩踏み出した。

 エンディミオンには指一本触れさせない。

 見知った騎士たちだと思うのはやめ、敵として迎え撃たなければならない。

 そう頭を切り替えたところに、エンディミオンを狙う裏をかいて、二人の後ろで動きあぐねていたシルヴィオたちに騎士がひとり飛びかかっていった。

 動作は騎士のものだったが、突然ヒトのものではない跳躍力を見せられて動揺した隙もあった。

 取りこぼしたことに気づいてラガロは咄嗟に背後を振り返ったが、意外なことにアンジェロが立ちはだかり、騎士の相手をしていた。

 目線に困るようなことはなく、しっかりと騎士の顔を見て応戦している。


「おいっ!」


 焦ったラガロに、アンジェロは困ったように笑って見せた。


「ごめんね。言っていなかったけれど、わたしも少し、闇魔法に対する抵抗力があってね」


 国内の闇魔法を管理しているのはガラッシア家だ。

 ならばこそ何か心得があるのかとラガロはすぐに納得して、アンジェロも頭数に入れて体勢を立て直す。

 ましてガラッシア家は水凪の巫女に連なる水属性だ。

 その公爵家でもアンジェロは歴代で見ても相当な魔力量と言われているらしく、魔法の腕は間違いがない。

 そこへ騎士とわたりあえる剣技を持って、火属性の騎士を押しはじめているのだから、筆頭公爵として貴族家の調整をさせるより、よほど騎士団に欲しい人材だなと考えるくらいにはラガロにも余裕ができた。

 泉を背にし、エンディミオンを中心に左右をラガロとアンジェロで守りを固める。三人の後ろでは、セーラ、グラーノを守るようにクラリーチェとベアトリーチェが二人を囲い、さらにシルヴィオとフェリックスが目線に気をつけながら周囲に気を配っている。

 幸いなことに、礼拝堂は御堂を中心に扇のように広がっており、騎士たちは参拝客の使う出入り口からしか入って来ない。

 剣技だけで数人吹き飛ばすラガロの力で、騎士たちは一定の距離からこちらに近寄れなくなっていた。

 エンディミオンが中和した騎士たちも、意識を失いその場に倒れていくから人垣が作られていた。

 安全な距離感で、人間離れした動きで飛び込んでくる一部の騎士を倒しながら、ラガロの星の無効化の力もいくらか作用して、数を削っていく。

 冷静に対処できるようになると、ジョバンニが後ろの一団から離れて姿が見えないことに気がついた。

 どこに居るのかと視線を巡らせると、騎士たちについてはもう三人に全任せのようで、水に濡れるのも気にとめず、泉を囲む柵まで後退し、身を乗り出すくらいの熱心さで御堂の観察をはじめていた。

 どういうつもりだと悪態が溢れそうになったが、昨晩のジョバンニの言葉の数々を思い出せば無駄ではないのかもしれないと、余裕のできた分、ジョバンニの行動範囲までカバーして騎士たちを足止めすることもできた。


 やがて、騎士たちの攻撃が止み、最後の一人がエンディミオンの光球に包まれてその場で動かなくなった。

 肩で息をしながら、エンディミオンもその場に座り込む。

 

「……こんなに魔法を使うことになるなんてね」


 苦笑してみせるが、相手が闇魔法を使っているのなら対抗できるのはエンディミオン一人だ。あとに何が待っているかもわからず、ここで出し切るわけにもいかなかったが、なんにしろ数が多かった。


「ルチアーノも連れてくればよかったかな」

「ぎゃあぎゃあと五月蝿いだけでなんの役に立つんです」


 剣を鞘に仕舞い、ルチアーノの金切り声を思い出してしかめ面になったラガロは、倒れた騎士たちの身体を検めだした。

 闇魔法は中和されている。こちらを襲うように操るための催眠魔法が解かれたとして、今は気を失っているだけか。

 メロのように、催眠が解かれても眠るように二重の魔法がかけられているのか、起きれば役に立つのか。

 数人の頬を叩いて名前を呼んだが、起きる気配はない。


「特長的な目の変化は解かれているね」


 横ではアンジェロが手近な騎士の瞼を押し上げ、眼球の診察でもしているようだ。


「このまま礼拝堂に置いておいたら溺れてしまうな……」


 すでに仰向けの状態で倒れている者の耳裏くらいには水位は上がってきていた。後始末について思い至ったアンジェロの声には、少しうんざりとした色が出てしまっていた。


「え。ここへ来て体力仕事?」


 筋肉隆々の騎士たちは、さらに制服に水を含みはじめて重さを増すばかりだ。

 フェリックスも死屍累々と折り重なる騎士たちを眺めて、これを全部礼拝堂の外に出すのかと途方に暮れた顔をした。


「ラガロが全部外に吹っ飛ばせばよかったんじゃない?」

「建物が壊れるだろう」

「でもこれ全員?せめてラガロが半分であとはオレとシルヴィオとアンジェロで山分けだよね?!」

(ワタクシ)もお手伝いいたしますから」

「クラリーチェはいいよ!セーラちゃんの護衛があるでしょ」

「わたしも手伝う!」

「セーラちゃんは腕まくりやめよっか。ベアトリーチェ嬢もソワソワしなくていいから。君たちは休んでなよ」

「フェリックス、ごちゃごちゃとうるさい。さっさとはじめないと本当に溺死者が出る。

 巫女たちはすまないがせめて顔を伏せている者を転がして仰向けにしておいてくれ。

 殿下は少し休んでいてください。

 ……ジョバンニ!貴様は何をしている!」


 シルヴィオが仕切るより早く、ラガロは二、三人まとめて柱廊のほうに引きずっていた。

 それを確認しながら、しまいには柵を乗り越えて泉の中に飛び込んでいきそうジョバンニが視界に入り、シルヴィオは思わず大声をあげた。


「ええー?あの御堂の扉、遠くてよく見えないんですけど、どこかで似たような文様を見たような気がして。あー、光が反射して見えにくいなあ」

「おい、柵から降りろ。さすがにヴィジネー家の聖域に土足で入り過ぎだ。グラーノ殿もいらっしゃるんだぞ」


 そう言ってシルヴィオがジョバンニの失礼をグラーノに謝罪しようとして、気づいた。


「…………グラーノ殿は?」


 戦闘中は、セーラといっしょにクラリーチェとベアトリーチェに囲われていたのはしっかり確認している。

 騎士が全員倒れるとともにエンディミオンが座り込み、騎士たちを礼拝堂の外に出そうと動き出して、それから。

 そのわずかな隙に、グラーノが姿を消してしまっていた────


 


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