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「……ようやく少し前進したかと思ったのに、また新たな課題だな」


 ジョバンニの説明に凍りついた空気に、静かなエンディミオンの声が続いた。


「いや~、お気付きでないなら、指摘はしておいたほうがよいかと思いまして?」


 ジョバンニは顔色も変えず飄々と返すだけで、本当に重大なことかわかっているのかとシルヴィオは問い質したくなったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 今はそんなことを言っている場合ではない。


「殿下、状況もだいぶ変わってきましたので、少し整理し直しますか?」


 また行き詰まりそうな話の流れをいったん断ち切って、空気を変えたい。

 そのシルヴィオの意図は伝わって、エンディミオンは頷き返した。

 

「それがいいかな」


 次から次へとうんざりするような状況だが、エンディミオンは立ち止まってはいられない。

 自身が立ち止まり、考えることを放棄してしまったら、ルクレツィアの未来も、この国の未来もなくなってしまうのだ。

 大きな重責が肩にのしかかっているが、諦めの悪い性格でよかったと自身がまったくへこたれてはいないことに気付いて内心で笑ってしまう。

 どんな難問が立ち塞がろうと、ルクレツィアを助けるという揺らがないその信念だけで、力を得て立っていられた。


 眠ったままのマテオを一人放っておくこともできず、続きの部屋からピエタの町の地図を広げたテーブルとソファーを運び込んで、侯爵の寝室が引き続き拠点となった。

 鮮やかな夕陽の色が窓辺にかかりはじめる中、エンディミオンを中心に席に着くと、話し合いははじまった。


「まず、ピエタの町で起こったことのあらましは、まだ仮定の段階ではあるけれど説明がついた。それが事実であれば、闇魔法さえ解除できれば騎士たちを取り戻すことができるはずだ」


 安否不明だった騎士や兵士たちは、ひとまず状況が把握できる範囲になったのは大きな収穫だ。

 エンディミオンの言葉に、アンジェロが補足する。


「レテ子爵子息のような二重の催眠状態なら、山から出ることもなさそうですね」


 行動範囲が限られていれば、他所へ行って被害が拡大することもないだろう。


「でも五体満足とはいかなさそうだけどねぇ。だって中身は鳥だよ?高いところから羽ばたいちゃったりしてたらもうアウトじゃない?」

「どこまで魔物の支配下になっているかによるな。だが奴等は日中は動かない。眠っている可能性が高いな。

 あとは山中の行軍くらいで音を上げる柔な騎士は不要だ」


 フェリックスの懸念は、ひと言余計だがラガロの見立てでおそらく無事そうだという結論になった。


「その魔法を使った者が誰なのかが一番の問題だが、わかりやすい構図にはなったな。こちらの人的優位を排除し、星の力を奪い易くする目的だったと解釈すれば、その魔法の種類の異様さに目を瞑れば対策の考えようもある。

 やり方はずいぶん回りくどいが、こちらの戦力を極力削ぎたいという意図ははっきりとしている」


 シルヴィオの断言に、全員が頷いた。

 敵側の頭数が少ないとも考えられるし、催眠をかけた騎士を直接こちらにぶつけようにも、エンディミオンとラガロの存在がそれを難しくしていたと考えればより説明がつく。

 こちらの戦力についても分析されているということではあるが、相手の姿がまったく見えていなかった状況から見れば、はるかに前進しただろう。


「残る問題は、ヴィジネー侯爵親子の行方と、ヴィジネー大司教がなぜあんな場所にいて、今はどういう状態なのか、だが……」


 エンディミオンがちらりとグラーノの様子を窺い見る。

 こちらの話を聞きながらも、寝台の側に座り、マテオの身体を暖めるようにさすり続けていた。


「ヴィジネー大司教が地底湖にいたのと同じように、騎士たちやルチアーノでは見つけられない場所があるとすれば、侯爵たちの所在も探す余地があるが」

「地下道にあったという足跡からも、ピエタ聖堂周辺にまだ何か隠された施設があるのかもしれないね」


 シルヴィオとアンジェロにそれぞれ視線を向けられ、フェリックスは難しい顔をした。


「オレが見えた範囲はあそこで全部って感じだったけど……湖のあたりからはそれどころじゃなくなってたからなんとも言えないかなぁ。可能性だけは捨てないでおくけど」


 否定するにも肯定するにも、情報が足りない。

 水が溢れ出し、二重扉が閉ざされたことで、あの先の探索は不可能になってしまっていた。


「地上のほうも、聖堂のあたりはとくに気配が散漫になってて読みにくいんだよねえ」

「人の気配を絞れないのか」

「それができてたら今苦労してなくない?そもそも魔物なのか鳥なのか人なのかもわかんないくらいにゴチャゴチャだから何を探していいのかもわかんないよ」


 おてあげーと両手を掲げたフェリックスの軽い態度に、ラガロは渋い顔をする。

 盛大な舌打ちが聞こえる前に、エンディミオンは考察を続けた。


「いまは地底湖の洞窟は水に沈んでしまったようだけれど、おそらく地上に続く道がどこかにあったはずだ。

 地下に人の住まうことができる施設が整っていたのだとしたら、侯爵の寝室だけが出入り口というのは考え難い。ヴィジネー邸からの一方通行の行き止まり、というのではあまりに逃げ場がなさ過ぎる。

 ヴィジネー家に潜む謎についてもあらためて調査の必要があるが、新月のあとにする猶予くらいはあるだろう。

 侯爵たちを見つけ出しさえすれば、活路はあるように思う」


 グラーノに聞かせるように、できるだけポジティブにエンディミオンはまとめた。

 まだ謎は多いが、侯爵親子の安否についてはそれほど絶望的なこともないように思えた。

 騎士たちにしたように鳥と入れ替えることはせず、わざわざ、二人だけ地下通路を使って消息を絶たせたのには理由があるはずだ。

 それよりも、二人と入れ替わるようにいるはずのないヴィジネー大司教が現れたことのほうが、問題を複雑にしていた。

 何を目的として、そしてどんな手段で王都から自分たちと同じかそれよりも早くピエタの町にたどり着いたのか。

 かなり奥まった山の町に入るには、エンディミオンたちが通ってきた観光用の山道しか整備された道はないはずだ。

 そこにも隠された抜け道があるのか、公式に届け出られていない何かがあるのか、そんな憶測しかできない。

 尋ねようにも、マテオ・ヴィジネーは弱い呼吸を繰り返すだけで、固く目蓋を閉ざしている。

 メロとは明らかに様子が異なる。

 精神魔法による睡眠状態ではないことは、メロが目覚めたあとに試してみてすぐにわかった。光魔法でどうこうできるものは何も感じられなかった。

 極端な衰弱状態。

 冷え切った身体も、呼吸と同じく弱々しい鼓動も、そう結論づけざるをえなかった。

 グラーノが治癒をかけるか迷ったが、命に関わるまでではないと判断して思いとどまってくれた。

 言葉にはしないけれど、明日を前に、ルクレツィアの命運のかかった瀬戸際に、定まらない力を無理に使おうとしてほしくはなかった。

 自らの血縁に優先順位をつけさせるようで我ながら気分は悪いが、それでもエンディミオンはルクレツィアをいちばんに考えたかった。

 グラーノも、言葉にしないエンディミオンの思いを理解していた。

 それからグラーノは、治癒をかけられない代わりに、労わるようにマテオの側から離れない。


「ヴィジネー大司教は、どうしてこんな状態で地底湖に浮かんだ舟に横たわっていたのか……」


 彼に何が起こったのか。

 これに対する答えはまだ仮説すらも立てられない。


「自力ではないんじゃないですか?」


 沈黙が広がる中、ジョバンニの何気ない一言がテーブルの真ん中にポツリと落ちた。


「自力ではない?」

「だってそうでしょう?大司教殿はお世辞にも体力がありそうに見えませんし、追いつけ追い越せは不可能ですよ。

 グラーノ殿が知らなかった地下の洞窟に居たのも、本人の意思ではなく、ぼくらの仮想敵とでも言うんですか?そういう意図の誰かの手であそこに留め置かれていたと考えたほうが自然です。どうも我々よりこの地に詳しい相手のような感じですしね。

 それにこの状態、ちょっと前のフェリックス殿に近いんじゃないです?」

「は?オレ?」

「探索の魔法の使い過ぎでギリギリ死んでるみたいな」

「勝手にころさないでよ」

「魔力枯渇なんて今ではよっぽどのことがないと起こしませんし、よっぽどのことでファウスト君もフェリックス殿も星の魔法を試行し続けてきましたけど、最終的なデッドラインは見誤らなかった。

 でも大司教殿は、ここまで仮死状態に近いと、それを超えてしまったんじゃないんですかね」

「魔力枯渇……」


 ジョバンニの解説が終わると、自然とマテオに視線が集まった。

 グラーノは呆然と言葉を繰り返し、手のひらの下にある冷えた体のどこにも慣れ親しんだヴィジネー家の地の魔力が感じられないことに気がついた。

 魔力とは生命力に近いから、ここまで衰弱していればそれも感じないのは当たり前だが、逆、なのか。

 魔力を失って、衰弱している。


「……お前がもっと頭を使えば、いろいろと解決するんじゃないか?」


 急に饒舌に話し出したかと思えば、説得力のあるご高説を垂れるジョバンニに、思わずといったふうにラガロが呟いた。


「イヤぁ、さすがにそれは買いかぶり過ぎですけど、早くファウスト君に会いたいですし、姉君にも元気になってもらわないといけないので、持ってる知識は出し惜しみませんよ」


 まんざらでもないような顔をしながら、ジョバンニの信条もブレない。


「……よくわかんないけど、わたしなんだか今感動しちゃった」


 場違いな感想かもと思ったが、エンディミオンを中心にした緊張感のある話し合いの場で、セーラは少しだけ息をつけるような思いがした。

 難しい話ばかりだけれど、ルクレツィアを助けるためにみんなが謎解きに一生懸命なのだ。

 それをジョバンニの言葉が思い出させてくれた。


「わたくしも、ジョバンニ様のお言葉で目が覚めたような思いですわ」


 息苦しい状況でも目的を見失ったりしないように、胸にある道しるべを再確認する。

 ベアトリーチェまでセーラに賛同すると、ジョバンニがさすがに調子に乗りそうだったが、シルヴィオはあえて焚きつけてみることにした。


「それで、その我らステラフィッサの宝のカンクロ家の知識だと、魔力が枯渇するほどの何をすれば、王都からここまで移動できるんだ?」

「さぁ、それは皆目検討もつきませんけど」

「そもそも、折角移動したとして、魔力枯渇を起こしてしまっては意味がないのでは?」


 おだてたところでジョバンニはわからないことはわからないと言うし、クラリーチェにももっともなことを言われた。

 アテが外れてシルヴィオは悔しい思いをしたが、別な方向でジョバンニがまた才を発揮した。


「ああ、では目的はここへ来ることではないってことですかねぇ……、うーん?いや……大司教殿を使って移動してきた第三者、か……あれかな、あの社みたいな……舟もあやしかった……そもそも扉の魔法からして普通では考えられないし……」

「ジョバンニ、何かあれば私たちにもわかるように言ってほしい」

「これは失礼しました、殿下。

 ええとですね、地底湖には小島があって、大司教殿の乗っていた舟はそこに接岸していたのはご説明しましたかね」

「シルヴィオがそう言っていたかな」

「はいはい、それはよかった。

 小島には見かけない建造物……モニュメント、祭壇っぽいものがあったんですけど、舟と、そのどちらも、精密な魔法の装置のようでしたよ。地下の施設ごと僕は興味津々で、時間があればどんな装置なのか調べて解析してみたかったんですが、それどころじゃなくなっちゃいましたしねぇ。

 でも、それを動かすために大司教殿の魔力が使われたんじゃないかと……」


 説明の途中で、ジョバンニは全員がとんでもないようなものを見る目で自分を見ていることに気がついた。

 よくあることとは言え、今回はなんだかいつもと違って驚きの中に畏敬を感じる。

 こそばゆくて首を傾げていると、


「ええー……オレ全然気付かなかった……。クラリーチェは?」

(わたくし)も……」

「あの時そんなもの観察している余裕はなかった!」


 地底湖に進み、マテオを見つけ、すぐに命の危険を予知して引き返したのだ。

 フェリックスの探知にも引っかからず、誰も余計なことに意識を向けていられる状況ではなかった。それなのに。

 シルヴィオは信じられないものを見るようにジョバンニを睨め付け、声を荒げた。


「もっと早く言えっ」

「そう言われましても」


 褒められていたような気がしたのに、叱られた。

 余計なことを言って混乱させないように配慮したつもりだったのに。


「やはり少しくらいはコイツに好きに喋らせたほうが、もっと早くヒントくらいは得られたんじゃないか」


 ラガロのはずれない勘、なのか。

 アンジェロとベアトリーチェは顔を見合わせて、苦笑いするしかない。


「本当に、ジョバンニのおかげで話が少し進んだね。

 ──いったん、話の腰を元に戻すよ。

 敵は闇魔法の使い手で、魔物や鳥を使い騎士たちを町から引き離し、侯爵たちを隠した。

 ヴィジネー家なのかピエタの町だけなのか、公にはされない事情にある程度精通していて、おそらく今は聖堂から私たちの様子を窺っている。

 地下の通路は水で塞がれてしまったけれど、大司教の魔力を使い果たすほどの何かで、王都からここまで来る手段があったと仮定できる。

 その王都にも、故意に連絡を遮断している誰かがいるわけだけど、すべてヴィジネーの星の力を奪うためだとすれば辻褄は合う──」


 一瞬緩んだ空気を、エンディミオンが瞬く間に引き戻した。

 分かっていることをまとめると、やはりヴィジネーの星を奪うことが目的だろう。

 その手段に闇魔法を使っているとすると、人物像は絞られ、さらに王都からピエタの町へ来るなんらかの手段があるとしたら、どうしても一人の人物へ焦点が合ってしまう。


「私たちの目的は、ヴィジネーの星をグラーノ殿に預け、ルクレツィアを救うことだ。

 敵……相手の目的が同じならいい。

 だがそうではないのなら、なんとしても星を死守しなければならない」


 エンディミオンは一人一人の顔を順番に見た。

 敵を、あえて相手と言い換えたところで、アンジェロが目を伏せる。

 目的は決して違えない。

 たとえ、誰が相手でも。

 その渾身の思いをもう一度抱え直したところで、ピエタの町に夜がやってきた。

 


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