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 目覚めた青年は、メロ・ディ・レテ──レテ子爵家の四男だと名乗った。


 目覚めたばかりでぼんやりとしていたところ、この国の王太子と眉目秀麗な顔ばかりの彼の側近、その婚約者に顔を覗き込まれていることに気が付いて、「ヒョ!?」と鳴いたのが第一声。

 あとは緊張で身を縮こませるのを、ルチアーノがなんとか促して家名を名乗らせることはできたが、名乗らせたルチアーノは落ち着かない様子のメロをとくに労るということはなく、ふぅん、と頷くだけ。


「二男でも三男でもなかったのね」


 アンジェロかそれ以外か、ぶれない信念のもと、おそらくこれからも「どこかの二男か三男」としか認識していなさそうな感情のない声音だった。


「レテ家はビランチャ家の派閥だ」


 ルチアーノの話はほとんど信用に値しないと改めて思い直したシルヴィオは、苛立つ気持ちを抑えながら、ここで出てくる名前とも思わなかった家系に青年の顔をじっと見た。

 

 派閥の子爵家の子息とはいえさすがに見覚えはない。だが四人も男子ばかり生まれた家はジェメッリ系統でなければそこそこ珍しい。そんな家があることを何かの折に聞いて、確かアリエーテ家からの縁で婿をとっていたはずだから、不思議に思って覚えていた。


「ビランチャの派閥で官僚コースにも入れず、武家でもないから騎士団にも受からず、どのツテでヴィジネー家の私兵になれたんだ?」


 容赦のないラガロの疑問に、えへへとようやく顔をほころばせたメロは、ルチアーノが話した人物評通りのようだった。


「笑うところじゃないのよメロ。

 あなた今あの男に馬鹿にされたのよ?」


 相変わらずラガロから距離をとっているルチアーノだが、敵意は隠さない。アンジェロの陰に隠れてラガロを非難したが、ラガロが意に介すわけもなく一瞥もせず無視した。


「本当に感じがわるいわね!」


 今にもヒステリーを起こしそうなルチアーノに、シルヴィオがうるさそうに間に入る。


「ビランチャ系列なら大抵のところにはねじ込める。

 本人の出来不出来は問わず、恩を売っておきたいというところはいくらでもある。

 そんなことより、レテ子爵子息、その身に起こったことを話してもらうぞ」


 シルヴィオの翡翠の瞳に鋭く射られ、メロにまた緊張が走った。まるで尋問するような美形の眼鏡の圧が痛い。


「あー、そんな怖がんなくてもだいじょーぶ。誰も取って食ったりしないって。

 シルヴィオもそんな睨んだって怖いだけなんだから、もっと穏やかにいけないもんかねぇ?」


 眼光鋭い宰相子息を別の美形が宥めるが、こちらはこちらで派手で軽薄ですぐ人を裏切りそうな風貌だ。外務大臣の子息に華やかな噂が絶えないのも頷ける。


「目覚めたばかりで悪いのだけれど、君の話を聞かせてもらえるかい?」


 あ、目が焼かれる。

 今度は美形の集団の中でも一際輝いている、神話画から飛び出てきたような絶世の美男が優しい笑顔で話しかけてきたけれど、彼はヴィジネー家にも縁が深いしルチアーノの想い人だから知っている。

 知っているからと言って、こんなに間近で見たのははじめてなので、その圧倒的な美しさに目の方が耐えられない。

 咄嗟に目を覆いながら、力なくハイ、と答えたメロだが、次から次へと話しかけられてもそれぞれの顔にばかり目がいって話がひとつも入ってこなかった。

 これで太陽みたいな王太子様にまで話しかけられたりしたらきっと頭の中まで焼け焦げてしまう。

 ルチアーノに一目惚れした上に告白までいたっただけあって、メロは美形に目がなく、深く物事を考えることをしない。

 それでも今のところ空気は読んで、「みんな顔が良い!」とはしゃぐことはガマンしている。

 急に叫んだりしたらあの金の目の人に斬られるくらいはわかる。

 とにかく今は話に集中しなければと思うのに、どっちを向いても美形、中には女性も少年もいるが、王太子様たちの後ろに下がって、目が合いそうになると軽薄な美形と一際の美形にやんわり警戒される。

 困り果てたメロは、結局この中でいちばん気持ちが落ち着く容貌のジョバンニに視線を固定した。

 正直見慣れない格好だし安心するかといえばそうではないが、絶世の美形と見つめあうとか、金の目に命の危険を感じたとか、そういう緊張感からは逃れられそうだ。



「……なんだかとても見つめられているのですが?」

「それで彼が落ち着くのなら、ジョバンニはしっかり彼の目を見ていてあげて」


 エンディミオンに謎の指令を出され、ジョバンニは首を傾げながらも素直にそれに従った。

 見つめあうメロとジョバンニを取り囲むという奇妙な構図で、ようやく話は前に進みはじめた。



「────つまり、鳥になっていた、と?」


 シルヴィオとフェリックスを中心に聞き取りを行った内容は、信じ難いものだった。


 メロが語ったのは、ルチアーノが一人で目撃した地獄のような夜のこと。

 疑心暗鬼になりながら、誰かの穴のような暗い目を見たのを覚えている。

 そこからはパタリと、身体の感覚が()()()()のだ。

 気付けば真っ暗な夜風を切って、目の前の何かを一心不乱に攻撃していた。

 朧げな視界で、鳥の羽ばたく音と甲高い鳴き声がひっきりなしに響く。

 さっきまで鳥の強襲に怯えて邸の中に固まっていたから、周りがすべて敵のように思えた。

 ()()()()()()()とそれだけが頭の中に居座って、闇雲に攻撃を続けた。

 それがいつもの自分の手足ではないのは、どこかで気付きはじめていた。

 それでも自分の意思では攻撃を止められず、周りがどんな様子かもわからない。

 時おり自分よりも強い羽ばたきとともに、屈服させるような圧力がのしかかって四肢を従わせる。

 時間の感覚もなく、延々と目の前の敵に向かっていると、やがて疲労から、とにかく早く解放されたい、という一念が芽生えた。

 さっきまではそんなことを考える余地もなかったのに、それに気づくと指──今思えば鳥の爪だった──の先から少しずつ力が抜けるのがわかった。

 縛めが解けるような感覚に、呼吸の仕方を思い出す。

 小さな肺では入りきらないような量の空気を一気に吸い込むと、たぶん、弾けたのだ。

 強く、斬るような熱風をどこかから感じたのと同時に、内側から押し出されるように吹き飛ぶ感覚がして、あとは暗転。

 身体の重みが戻ったような気はしたが、それからの記憶はない。

 明るくて暖かい場所を目指す夢を見ていた気もするが、それは真っ白な記憶とも言えない印象だけを残していた。


「そういう夢を見させられていた、ってわけでもなさそうなんだよねぇ」

「時間帯や状況を考えても、昨晩我々に起こった出来事と一致することが多いからな」


 ただの夢ではないというフェリックスの推測を、シルヴィオは肯定する。


「俺たちを襲った鳥の中に、ヴィジネー家の私兵が混ざっていたということか?」


 顔色を変えることはないが、容赦なくそれらを焼き払ったラガロには何か思うことはあるようだ。


「兵士さんたちはみんな闇の魔法で本物の鳥にされちゃったの?」

「いえ、人を鳥や動物に変えるというのは、いくら闇魔法とはいえできることではありませんよ、巫女様」

「そうなの?」

「とはいえ、魂や精神と器を入れ替える魔法というのも、おとぎ話の世界だと思っていたのだけど」


 ヴィジネー家の兵士が焼き鳥にされてしまったのかとセーラは顔を青くしたが、アンジェロに優しく諭された。

 アンジェロの知る限り、闇魔法にそんな力はない。

 精神に干渉できるという点で、入れ替わりというのが考えられなくもないが、そんな魔法も、古くから伝わる子供向けの童話に出てくるくらいだ。

 エンディミオンもそれを思い出して首を傾げたが、メロの話に出てきた()()()()()()()()というのが気にかかった。


「新月の夜に、穴を覗き込んではいけない……」


 そういう類の昔話は、大抵その教訓を教えるためのものなのだ。

 迷信だと思っていたし、今もその考えを覆す何かをもっているわけではないけれど。


「なんですか、それは?」


 エンディミオンが呟いた言葉に、今度はジョバンニが首を傾げた。

 何でも知っているようだが、カンクロ家は自分の興味以外に関心が乏しいので、もしかしたら童話など読み聞かされずに育ったのだろうか。


「知らないのかい?

 新月の夜に森の大樹のウロを覗き込んだ少年が、穴の向こうに連れ去られて、夜の妖精と入れ替えられてしまうというお話だったと思うけれど。

 子供心に救いのない物語だったし、めずらしくお祖父様がこの話をしてくださったからよく覚えているんだ」


 さも当然のようにエンディミオンは語ったが、ここにいるメンバーでも半分の反応が悪い。

 ラガロはまだわかるけれど、クラリーチェやベアトリーチェが首を傾げるのは意外だった。

 絵本の読み聞かせなどは女児のほうが多くされるものかと思っていたけれど、それほど一般的な童話ではなかったのだろうか。


「なんだかチェンジリングみたいなお話なのかな」


 その中で、セーラが聞き馴染みのある反応をするので、エンディミオンも不思議になる。


 ……そういえば、「星の民」についてもエンディミオンだけが聞いたことのある話だった。

 どこで聞いた話だったのか、記憶に残っていたものをいざ調べようとしても手がかりすら出てこなかった。意図的に()()()()痕跡だけはわかりやすくあったのに、肝心な出典をどこにも見つけられない。

 先の童話は、カンクロ家や童話を読み聞かせられるような環境ではなかったラガロ、そして嫡男ではない令嬢たちとルチアーノが知らなかった。

 エンディミオン、アンジェロ、シルヴィオ、フェリックス、そしてグラーノが知っている半分というのは、偶然というにはあからさまな線引きがあるように思う。

 政治の中枢に近い家系の嫡男だけに、そうとはわからないように残されている「知識」のようだ。

 「星の民」の事情とは少し違うが、語り継がれる内容も、誰に残すかも、()()()()()()()()()のだと感じる。

 いつ、誰が、何の目的でそれを決めて実行されてきたのか、あまり楽しい理由ではないだろうな、という察しはついてしまう。

 今回の謎解きにこの童話が関わるのかは分からないが、然るべき時に思い出すようにされているのだとしたら、よくできている。


「これはあくまで仮定だということは前提にしてほしい。とても荒唐無稽な話だからね」


 そう前置きすると、エンディミオンはメロの身に起こったことのカラクリを紐解いていった。


「闇魔法、それも精神に作用する魔法で、対象の中身を入れ替えることができるとする。

 しかもそれは、今回は『目』を見ることで人から人へと感染(うつ)るようになっていた。

 魔法をかけられた騎士たちの身体には鳥の意識が、騎士たちの意識は鳥の中に入ってしまったことで、昨晩ルチアーノが見た騎士たちの奇行はひとまず説明がつく。慣れない人の身体で、鳥の習性だけが働いたんだろう。

 そして騎士たちは、意識はあったかもしれないが、鳥の体は鷲の魔物の支配下だ。自分の意思でできることは何もないだろうし、意識があったのもメロだったからかもしれないし……それはここで議論することではないかな」


 話しながらも、エンディミオン自身信じられない話だ。

 闇魔法のあたりで、どうしてもガラッシア公爵の顔が浮かんでしまう。

 とても常軌を逸した魔法だし、そんな手段をとってまでしたいことを考えたら、星の力の奪取しかない。

 自分たちと利害が一致しているはずだから、ガラッシア公爵がそんなことをする必要はないんだという思いは胸の奥でずっと主張し続けていて、ではガラッシア公爵ではない強大な闇魔法の使い手となると、そんな都合がよくて迷惑な存在は今のところ思い当たらない。


「メロたちにその魔法がかかる前夜とその前、山の中で消えてしまった騎士たちも同じ状況かもしれませんね。

 意識は鳥の身体に囚われて戻れず、騎士たちの身体も鳥たちの住処を目指すでしょうから、人の行く山道からでは探し出せないはずです」


 エンディミオンの仮説を受けて、シルヴィオも一応は道理の通る道筋を作る。

 それが本当のことだとしたら、とんでもない魔法が存在することになる。そんなものを扱える相手にどうやって立ち向かえばいいのか、ここへきて頭痛のタネになることしか起こらない。


「そもそも、その魔法の発端もどこかって話だよね。

 目を見てかかる魔法なら、山に入って行った騎士は戻らず、鳥に襲われた最初の夜も外に居た騎士たちだけが消えたわけだから、昨晩のはじまりは、一体誰なワケ?」


 フェリックスが重大な点に気付いて議題に上げた。

 目の効力が即効性なら、ルチアーノ以外の誰かがまず魔法をかけなければならない。

 フェリックスの言葉に、全員が一斉にルチアーノを見た。

 手がかりはその場にいたルチアーノしかいないのだ。


「そんな顔で見られたって知らないわよ?!

 みんな出て行っちゃったし、それにすぐ気を失ったんだから!!」


 まるで使いものにならない反応に、ラガロの舌打ちが響く。

 ルチアーノも負けじとキッと睨み返したが、猛禽類のような金の瞳に対する拒絶反応には勝てなかった。


「もう!!見てよこのトリハダ!!

 ……ああっ、トリハダって言葉もキライ!!!!」


 わざわざメロに腕をさすって見せながら、自分の放った言葉にもいちいち悲鳴をあげている。

 話にならないので議題は進展しなかったが、うーん、と考え込んでいたジョバンニが挙手をした。

 

「もしくは、これもボクの仮定ですけどね、闇属性なら時間魔法も使えるわけですから、即効性と遅効性を使い分けることができるとしたら、相手はとんでもない魔法操作の上級者ですよ」


 そんなことができるとしたら、いつ誰がそんな魔法にかかっているのか、もう何も分からない。

 絶望的なジョバンニの解釈はさらに続く。


「それと、ボクはお話を聞いてからずっと気になってるんですけど、ヴィジネー家の皆さんにお渡しした通信機は、町へ着いて少なくとも三日目くらいまでは使えていたわけで、魔物の報告も王城には伝えていたということでしたよね。

 でも、道中ボクたちにその連絡は一切なかった。

 移動中は難しくても、定期連絡は欠かさなかったわけですから、ボクたち自身が魔物に襲われる前に、その情報が入っていないのはおかしいんです。

 ましてこちらの通信機が壊れて連絡が取れなくなった、ということも聞いてませんし、少なくとも王城の通信係はこの町で問題が起きていることを知っているはずなのに、何も問題はないと報告していることになるんですけど、これも何か暗示系の魔法なんですかねー」


 色々なことが起きて歯牙にもかけていなかった通信機の情報と時系列を、淡々とジョバンニは解説する。

 全員がゾッとした。

 王城に、内通者がいる。

 それが本人の意思なのか、暗示をかけられているからなのかはわからないが、エンディミオンたちと敵対する存在に与するものが、そこにいることになるのだ。



更新が滞っており申し訳ございません。

覚えていただいているでしょうか…。

どうにか年内に更新できて本当に良かったです。

また引き続きどうぞよろしくお願いいたします!

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