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「もうすぐ王妃様主催のお茶会ですわね」


 ベアトリーチェ様はそう言うと、落ち着かない素振りで紅茶のカップを抱きしめるように両手で握り込みました。

 お作法的にはあまり誉められないのですけれど、普段、完璧な淑女たらんとするベアトリーチェ様からは考えられない様子が可愛らしくて、わたくしも真似をして同じようにカップを持ち上げました。

 

 ガラッシア家のたくさんある応接サロンのうち、公式に使うものではなく、小さなものですが身内しか招き入れない「銀扇草(ルナリア)の間」に、本日はベアトリーチェ様をお招きしております。


 あれからわたくしは順調にベアトリーチェ様との仲を深めており、今では二人きりでお茶やお喋りを楽しめるほどにまでなりました。

 ベアトリーチェ様は思ったとおりの真っ直ぐな方で、アンジェロお兄さまの婚約者として相応しくあろうと、日々努力を怠らず、頑張りすぎるところのある方でした。


 オトメゴコロを猛勉強中のお兄さまも、そんなベアトリーチェ様に心を砕いており、お二人の仲はかなり睦まじい様子です。


 オルネッラ様とベアトリーチェ様はお二人でよく我が家を訪問してくださるようになりましたが、お兄さまは王城や商会の工房へ赴いていることも多くあるため、お兄さまがお帰りになるまでは、わたくしが代わりにベアトリーチェ様のおもてなしをするのが日常ですの。


 普段はお母さまやオルネッラ様もご一緒ですが、本日は冒頭のベアトリーチェ様のお言葉どおり、間もなく開催される王妃様主催のお茶会──第一王子エンディミオン殿下のために広く同世代の子息令嬢を招待するお茶会ですわね、のためにわたくしたちのドレスを誂える準備でお忙しい様子。


 わたくしのはじめての王城デビューでございますし、ベアトリーチェ様はアンジェロお兄さまにエスコートされるはじめてのお茶会となりますから、かなり気合いが入っているようで、熱の入るお二人について行けずに、ベアトリーチェ様とわたくしは早々に抜け出して参りました。


 けれどベアトリーチェ様はお茶会のことを考えるとすでに緊張してしまうらしく、いつもの落ち着いた振る舞いがウソのようにそわそわとしております。

 王城への正式な招待に、というよりは、やはりお兄さまの婚約者として、のほうに意識が向かわれているようです。


(とても可愛らしいわ、ベアトリーチェ様!)


 恋する乙女のお顔をしております。

 お兄さまはお父さま譲りのあのお顔ですから、エンディミオン殿下を主役とした会だとしても、かなりのご令嬢から注目されるはずです。

 そのお隣で、堂々と胸を張って、お兄さまはベアトリーチェ様のものであることを主張すればよろしいのですわ!

 日頃の努力も見ておりますもの、万難なく無事にお役目を務めることができると思います。


 ベアトリーチェ様の可愛らしいお顔を眺めつつ、わたくしはお作法を無視したまま紅茶をこくりと飲み干しました。

 恋するオトモダチの表情を堪能しながら飲むお茶のなんて美味しいこと!

 

 そばにはドンナとベアトリーチェ様の侍女のアルマが控えておりますが、テラスへの窓を大きく開け放し、初夏の気持ちのいい風に吹かれ、抜けるような青空と庭先に整えられた花々を見渡していると、少しくらいお行儀が悪くても大したことはないという大らかな気持ちになるようですわね。


「……ティア様は、王城にいらっしゃるのははじめてですのに、緊張したりしませんの?」


 あまりにわたくしが落ち着いているからか、ベアトリーチェ様はご自分の態度を恥じいるように聞いてきました。


「緊張をしているのかどうかはわかりませんけれど、ドキドキはしておりますわ」


 わたくしはほわほわと笑いながら答えました。


 最近のわたくしは、できるだけ天然を装おうようにしております。

 わたくしの内面が突飛なことは重々自覚しておりますから、その心のままに振る舞えば、かなり変わった子という目で世間からは見られてしまいます。

 ガラッシア公爵家の令嬢としてそれは避けたいところなのですが、かえって優秀だったとしても、王子殿下の婚約者候補として株を上げるだけになりますし、なかなかこの塩梅というものが難しいのですわ。


 ですから、所作はお母さまを見習って、一際美しく見えるように訓練をしましたが、お話しをすると、ちょっとこの子ずれてるわ、と思っていただける微妙なラインを狙っておりますの。

 浮世離れしていると思われれば、この外見も相俟って、本当に妖精かなにかと認識していただけないかしら。

 妖精に(まつりごと)は無理ですもの、将来の王妃にはとてもなれませんわ。


「王子殿下とのご婚約のお話しもあるとうかがいましたわ」


 そんなわたくしの思惑は知らず、ベアトリーチェ様が直球を投げていらっしゃいました。

 ドキドキ、の意味をそういう方向へ結びつけましたのね。

 やはりご自分が恋をしていると、ものごとをこじつけて話したくなるのかもしれませんわ。


「わたくしもよくは聞いておりませんのよ」


 ベアトリーチェ様の問いかけに、わたくしは眉尻を下げた困ったような顔で笑ってみせ、首を振りました。


 これは本当ですの。

 明確に、今回の王妃様のお茶会で王子殿下に拝謁し、婚約者に決まるとは誰からもうかがっておりません。

 ただなんとなくそんな空気がある、といいますか、正直全体の流れがそのように動き出しているようで、お父さまがピリピリしているのです。

 アンジェロお兄さまも、それとなく殿下の話題を出してわたくしの様子を窺う素振りがあり、わたくしはそれにまったく興味を示さずにお父さまのご機嫌をとるほうに心を注いでおります。


「殿下はお父さまに似ておりますの?」


 その一言で大体解決です。

 この世界一、いいえ宇宙一素敵で美しいお父さまに似ている人物がいたとしたら、それはおそらく将来のアンジェロだけです。


「殿下は今度8歳になられるところだから、ティアが思うほどには私には似ていないだろうね」


 容姿どころか振る舞いでさえ、お父さまに近づくこともできていないということを、お父さまご本人が上機嫌に教えてくださいます。


「そうですの」


 それでわたくしの関心がすっかり消え失せていく様をみて、アンジェロお兄さまもそれ以上は何も言えなくなります。


「ティアは相変わらずだね」


 と、仕方のないものを見る目で眉尻を下げるだけです。


 いくら天然を装っていても、この点については昔からぶれずに一貫しております。

 正直このままだと王子殿下どころか誰とも婚約、結婚できずに終わってしまう可能性すら出て参りますが、そのあたりも少し考えがございますので、時期が来たらファザコンの第二形態に入ろうと思っております。


「リチェお姉さまは、王子殿下にお会いになったことがあるのでしたわよね?」

「ええ、アンジェロ様との婚約が決まる前に、一度だけお父さまに連れられてお城でごあいさついたしました」


 高位貴族の中でも、ガラッシア家を含めた公爵家は現在三家、そのほか十二貴族と呼ばれている侯爵家、伯爵家各六家の子息令嬢は、子沢山のジェメッリ伯爵家を除いて全員が一度は通る道です。


 十二貴族は、ステラフィッサ王国でもとりわけ由緒のある、有力な家柄でございます。

 アクアーリオ侯爵家、ビランチャ侯爵家、リオーネ伯爵家、そしてお母さまたちの生家もそうですので、わかりやすく攻略対象や登場人物を輩出してくれる役割という理解でほぼ正解のような気がいたしますわね。


 同世代の王子殿下や王女殿下がいらっしゃれば、まず一度非公式に王城を訪れ、相性を見て、世代が変わった際の組織図を測るのが目的でございます。


 見事当選したお兄さまが王城へ通っているのもその延長上、すでに概ね組織図は出来あがっているのです。


 最後に、「婚約者」のピースがはまれば完成。


 ベアトリーチェ様は、すぐにアンジェロお兄さまの婚約者に決まったのでそのピースから外れ、一度きりのご挨拶となったのでしょう。


 わたくしは、本来の流れを避けに避け、このたびの王城デビュー。

 まるでわたくしが来るのを待ち受けているかのように、未だその椅子は埋まっておりません。


(この三年のうちに、他所(よそ)で決めてくださればよかったのに)


 内心舌打ちしておりますが、ベアトリーチェ様の前ではそんな姿見せられませんわね。


「お茶会に参れますのは楽しみですのよ。

 今回はファウストといっしょにはじめての登城ですし、お兄さまがお城のお庭はどこよりもすばらしいとおっしゃっていたから、ぜひ拝見したいと思っておりますの」


 さんざん行き渋っていたことはおくびにも出さずに、憧れのお城に思いを馳せるようにわたくしは頬を染めました。


 しかしこの言葉のあとに「でも……」と続くのです。


「ティア様は、ガラッシア公爵様のような方が理想なのですものね?」


 ベアトリーチェ様はすべてわかっているように先を繋いでくれました。


 王子殿下の婚約者になるなんて、多くの貴族令嬢の憧れでしょう。

 お互いの恋バナで華やいだ会話になればと、ベアトリーチェ様も話題にされたのだと思います。

 けれどベアトリーチェ様もアンジェロと婚約しておりますし、お父さまがわたくしたちのお茶会に交じることもございます。

 ですので、ガラッシア家の男性よりも素敵な殿方がこの世に存在するものかしら、という疑問をわたくしと共有してくださっているのです。

 ベアトリーチェ様のお父さまのアクアーリオ侯爵も素敵な方だとは思いますが、もはや次元が違うと言わざるを得ません。

 日常的にそばにいる男性のレベルがお父さまとアンジェロ、ファウストですので(使用人は数のうちには入れませんわ)、どうしてもハードルが高くなってしまうことをベアトリーチェ様もご理解してくださるのですわ。


 身内では功を奏しているこの生粋のファザコン作戦も、いよいよ社交の場に出たときにどれだけ通用するのでしょうか。


 王妃様のお茶会は、本格的な社交デビューではなく、同世代を一同に会してまず互いに認識を得る機会とされています。

 幼い子どもたちが公式に外に出る、はじめの一歩になるのです。


 わたくしだって、はじめて会う方々ばかりになりますし、王子殿下だけでなく、ほかの攻略対象キャラも揃い踏みとなるはずです。


 不安に感じていないわけがないのです。


 前世の記憶を思い出してからのこの三年、いろいろなケースを考えて参りました。

 正解のない問題を解くようにありとあらゆる場面を考え尽くし、いつかこの世界(ゲーム)についての記憶も取り戻せるのではと模索しながら、ついに何も思い出せていない今、あとは王子殿下のお顔を拝見することでどうにか記憶の扉が開かないものかしらと祈るより他ありません。

 何があってもいいようにたくさんの対策を練ってきておりますが、実際に何が待ち受けているのか、知っているのといないのとでは結果は大きく違うでしょうから。


(本当に、思い出せますかしら……)


 このお茶会はどうやら不可避のようですので、王子殿下に拝謁し記憶を取り戻せるか、思い巡らせてもあとは出たとこ勝負です。


 婚約が回避できるかどうかは、お父さま次第。

 糸口はあるようですので、信頼してお任せしております。


「王子殿下にお会いしたのはまだ5歳になられたばかりの頃ですから、わたくしもよくは存じ上げないのですけれど、似ていらっしゃるといいですわね」


 わたくしの言い知れぬ不安をベアトリーチェ様も感じとって、そんな風に励ましてくださいました。


(リチェお姉さま……なんてお優しい……。

 例えそうでも、王子殿下とだけは婚約しないのですけれど……)


 心の声は見せず、わたくしは曖昧に笑い返して、空になったティーカップにそっと吐息を落としました。

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