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 駆け出したグラーノを、全員が追う。

 もちろん向かう先は邸の主寝室、本来なら当主のみが使う部屋だが、なぜかその日は侯爵だけでなく息子のジャンルカも供にそこへ入っていった。

 誰も疑問には思わなかった。

 ジャンルカの部屋を整えるように指示したルチアーノは拗ねて引きこもっていた。


「お二人は、鳥の襲撃があると分かっていたということ?!」


 まさか、そんな。

 走りながらのルチアーノの疑問に、ジョバンニは首を振った。


「それはわかりませんね。

 何某かの意思が働いていて、鳥も、騎士たちのことも操っている(・・・・・)誰かがいたとしたら、侯爵たちも、あるいは」


 誰が、いつから。

 そんな疑問が新たに湧いてくる間に、グラーノが主寝室にたどり着き、ためらうことなく扉を開け放っていた。


「あの子、どうしてこの邸のこと全部分かっているのかしら……っ」


 邸の主人の休む部屋だ。

 建物の構造はどこも大抵同じだから、ある程度の場所は把握されても仕方のないことだが、誰でも勝手に入れるようでは困る。

 主人不在で、外側から扉を開くには手順がいるのだが、グラーノはそれらを全て無視してしまった。


「細かいことはあとだ」


 シルヴィオに嗜められ、グラーノに遅れて部屋に駆け込むと、そこにあるはずのものがなくなっていた。

 続きの間から踏み込んだその先は、本来キングサイズの寝台が存在感を放って横たわっているはずだった。

 しかしそれはベッドボードの作りつけられていたはずの壁の向こうに飲み込まれ、割開かれた床に、暗闇に続く階段の入り口が覗いていた。


「なぁに、コレ……」


 呆然とするルチアーノの呟きに答えは返らない。

 グラーノは、隠し通路の扉を開いたものの、その先に踏み込むことを躊躇していた。


「この先は、どこへ?」


 シルヴィオがゆっくりとグラーノへ問うと、息の荒いグラーノは何かを振り絞って思い出すように、途切れ途切れに言葉を紡いだ。


「……これは、グラーノ家当主にのみ代々伝えられる、隠し通路で、その時(・・・)おいて他に開くことは許されない……」


 侯爵位を継がせる時、息子に伝えるとともに、ほとんど忘れ去っていた存在。

 ただ口伝のみ、書き残すことも許されない扉の開き方は、記憶の奥に固く封じられていたのが解き放たれたように、突如グラーノの頭の中に浮かび上がった。


「……聖堂へ……逃さな、ければ……」


 耳鳴りがする。

 思い出そうとすればするほど、脳を引き絞るような痛みが走る。


「グラーノ殿!」


 はっきりと顔に脂汗を浮かせたグラーノの肩を、エンディミオンが思わず掴んだ。


「……っ」


 びくりと身体を震わせ、焦点の合っていなかったグラーノの目に光が戻る。


「────暗示魔法か」

「やめてよ。昔々のそのまた昔に廃れたやつでしょ。

 そもそも禁忌魔法」


 グラーノの様子に思い当たることがあったシルヴィオに、フェリックスは作り笑いに失敗した顔で指摘した。

 グラーノの背中を撫でるセーラとエンディミオンの後ろで、アンジェロも暗い顔をする。


「禁忌の扱いになっているだけで、使えない(・・・・)わけではない(・・・・・・)よ」


 その証拠に、アンジェロをはじめ高位貴族の生まれなら、知識としてその魔法を学び、それがどういう効果や副作用を生むかをひととおり教えられている。

 そうして、実際に使われることがあることも、知っている。


「……使える、人間は、そういないけれど」


 使える「属性の」、という言葉をアンジェロは飲み込んだ。

 魔法の属性は六属性。

 基本は地水火風の四属性で、今では光と闇の属性を持つものは珍しい。

 光は王家に残り、闇属性を持っていればこそ、ガラッシア家に迎え入れられた義弟の存在がアンジェロの脳裏に過った。


「十二貴族くらい古い家だと、残っている(・・・・・)と、お聞きしますね」


 家系によっては、血を残すため、家を残すためのあらゆる手段を惜しむことなく、自らの子々孫々に及ぶまでの制約の魔法を使っていることがある。

 今の時代の誰、というよりは、遥か昔の先祖の時代、その属性を持つ誰かに依頼してかけられた暗示の魔法ではないかと、クラリーチェが言い添えた。


「それは……そうだろうね。

 ヴィジネー家当主に昔から(・・・)代々かけられている暗示魔法……。それで、この扉を閉ざしているその時(・・・)がいつを指すのかは、まったくわからないけれど」


 何のための隠し通路で、いつのために閉ざしていたのか。

 アンジェロの視線の先で、ようやく落ち着いたようにグラーノが体を起こした。


「すみま、せぬ。

 無理やりに記憶を呼び起こしたせいで、まだ頭の中は整理されてはおらぬのですが……。

 もう、我々の世代では形骸化したものと思うておりました。

 侯爵位を引き継ぐ儀式のようなもので、儂も、実際に開いてみたことはなく……今がその時(・・・)なのかも、はっきりと致しませぬ」


 主人のいない寝室の床にぽっかりと空いた穴は、その先も見えないほど深く続いていた。


「先ほど、グラーノ殿は"聖堂へ"と言っただろう。

 やはりピエタ聖堂に繋がっているのだろうか」

「じゃあ、侯爵様たちは聖堂に?」

「ルチアーノ殿は聖堂も含めて隈なく探したと言ったのでは?」


 階段の先を覗き込んだエンディミオンに続き、セーラとジョバンニも暗闇に目を凝らす。


「ルチアーノさん……?」


 グラーノの正体もわからないまま、話についていけないのか聞いていないのか、黙ったままふらふらと歩き出したルチアーノを気遣い、ベアトリーチェが様子を窺うと……。


「ねぇっ、ちょっと……ほんと意味わかんない!」


 この町へ来てから、アンジェロに向ける以外はずっと気の立った声色のルチアーノだったが、ここへ来て、一際混乱してヒステリックな声が上がった。

 ルチアーノが立ったのは、寝台があったはずの向かいの壁にある、背の低いアンティークの飾り棚の前。

 その上には、垂れ絹に覆われた大きな鏡があった。

 美のカリスマの名に相応わしく、この二晩でロクに自らの顔を見ていなかったことを思い出したルチアーノは、ついて行けない展開と何も知らない疎外感、そうして訳のわからない状況からの現実逃避に、ふと鏡を覗き込んだところだった。

 ちゃんと、アンジェロに綺麗だと思ってもらえる顔をしているだろうか、そんな思いで覗き込んだその先で見えるはずの自分の顔は、映らなかった。


「こんなの、いつからあったの?!」


 ルチアーノの声に、全員が一斉に振り返った。

 隠し通路ばかりに気を取られ、気が付いていなかった。

 大きな鏡の代わりに垂れ絹の向こうにあったのは。


「ルクレツィア……?いや……」

「母上……?」


 見上げる大きさの肖像画は、一瞬よく見知った愛しい少女、あるいは妹にも見えた。

 だが、こちらを向いて淡く微笑むその姿に少女のあどけなさはない。

 妙齢の落ち着きでこちらを見守るのは、ルクレツィアの母、エレオノーラにとてもよく似た女性の肖像画だった。





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