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 アンジェロお兄さまをトップに据えた商会の準備は、瞬く間に整いました。

 ファウストが作っているものを見て、セルジオからお父さまへ報告が上がり、何らかの形にしたいと動き出していたようです。

 アンジェロお兄さまの従者選抜の中から、ファウストの制作活動のお手伝いとしてすでに二人が抜擢されておりました。

 そこへわたくしとお兄さまから、ファウストのために商会をやってみたいとお願いしたところ、社会勉強の一環として、お父さまからお許しが出たのです。


 抜擢された二人は、ジェメッリ伯爵家の五男、六男のピオとロッコで、双子の兄弟。


 ジェメッリ家はガラッシア家に連なる家系ではございません。

 由緒ある伯爵家なのですが、子沢山の家系のため、当代の伯爵様ご自身も下のご弟妹が八人、お子様が双子の下にさらに四人の合計十人といらっしゃるそう。

 大家族でいらっしゃいますが、嫡男以外が生活に困らないよう、外に出て働いていけるような英才教育を全員に徹底するのが習わしなのだそうで、それによりもたらされた恩恵で、子沢山でも伯爵家の家計が火の車になるようなことはないというのですから、かなり優秀なご一族ではないかしら。


 兄のピオは快活で口がうまく、少し調子の良さそうなところもありますが、世渡りが上手そうですわね。

 弟のロッコは正反対で、ファウストに輪をかけて口数が少なく無表情。手先がとにかく器用で魔石の扱いにも長け、実質ロッコの腕を見込まれての起用のようですが、ピオがいないと意思疎通に少々難あり、ということで二人はニコイチなのです。


 明るいブラウンの髪に、琥珀のような深い瞳は二人お揃いで、身長も同じくらいなのに、ピオはヒョロ長く、猫のように笑う商人風、ロッコは筋肉質で、寡黙な職人タイプ。


(二卵性でもこんなに違うもの?)


 はじめて引き合わされたとき、ロッコの分まで喋るようなピオの長口上に呆気に取られていると、ロッコが強い視線を向けただけでそれを押し止めていました。


「あっ、すみません、話が長過ぎましたかね。

 要はオレも弟も、若様方、お嬢様のために身を粉にして働きますよ、ってことっす」


 黙したまま頷くだけのロッコと、人懐っこいヘラリとした笑い方をするピオに、こんなに態度の砕けた方はこちらへきてはじめてなものでしたから、わたくしもなんだか楽しくなってきて、すぐに二人のことが好きになりましたわ。


 というのも、かなりキャラの立った二人ではございますが、なったとしてもゲームのサブキャラで、攻略対象にはならないだろうという安心感があったからです。


 二人は15歳になったばかりで、社交デビューはせず、公爵家で雇われなくてもそのまま平民に降って商売をするつもりでいたようで、公爵家の子供たちのはじめたままごとのような商会を、本気の大商会にのしあげるつもりで働き出しました。

 ピオがアンジェロに付き経営と販路作りの補佐を。

 ファウストはピオがいなくてもロッコの言いたいことはなんとなくわかるそうで、ロッコもまたファウストの意思を汲み取ることがうまく、すでに阿吽の呼吸で石鹸作りからその先の商品開発について取り組みはじめました。


 わたくしはというと、たまにお二人に遊んでもらいながら、こんなものがあれば、とかこうなるともっと素敵!とか、とにかく案だけ出して何をするでもないのですが、わたくしの言い出すものがとにかく真新しいと感じるのか、片っ端から形にしていくつもりのようで合間のメモに余念がありません。

 ピオなんか面白がるように、もっとないかとわたくしを焚きつけます。

 ピオとばかり話しているとファウストは拗ねるのか、研究の手を止めてわたくしの横に黙ってちょこんと座るものだから、ちょうどいい休憩時間になって、頃合いを見て、話しの止まらないピオの首根っこを捕まえてロッコが外に放り出すのが日常になりました。


 この日常には、もう一人ジェメッリ家の縁戚者が加わっております。

 10歳を待たずにわたくしの専属の侍女になったのは、ジェメッリ家当代伯爵の末妹のドンナです。

 双子の伯母にあたりますが、ジェメッリ伯爵様とは歳が25歳も離れているそうで、7歳しか違わない双子のほうと、まるで姉弟のように過ごしてきたとか。

 わたくしが生まれた頃、ドンナも双子と同じ15歳で母の侍女の増員として我が家にやってきました。

 ジェメッリ家では、15歳で将来を選ぶんだそうです。

 ドンナも、社交デビューや貴族家に嫁ぐことは端から考えておらず(伯爵家の下の子に生まれると、それが顕著のようです)、幼い頃から手に職を得るために教育を受けてきたおかげで、厳しいガラッシア公爵家の使用人選抜を勝ち抜くことができた優秀な人材なのです。

 我が家の人材の豊富さは、ひとえにジェメッリ家のおかげというところもありますわね。

 ジェメッリ家としても、王国随一のガラッシア家に一族の就職先が決まるのならそれに越したことはありませんでしょうし、お互いに、これからも末永いお付き合いをしていきたいものですわ。

 

 ドンナは侍女の中でも最年少なこともあって、わたくしの遊び相手によくなってくれていました。

 家族以外の男性であるピオとロッコと顔を合わせる機会が増えたこともあり、母の侍女からの持ち回りではなく、早めにわたくし個人に侍女をつける話になったとき、自然と彼女の名前があがりましたの。

 末っ子の妹とはいえ、甥姪の姉のように育ってきた彼女はまさにお姉ちゃん体質。

 少し砕け過ぎるピオや話さな過ぎのロッコの手綱ももちろんうまく取ってくれます。

 明るくしっかり者のドンナに、わたくしもいちばん懐いておりましたから、何の問題もございませんわね。


 トントンと、破滅回避の対策に必要な人材も集まりはじめました。

 ファウストの力は偉大です。

 ファウストが作った石鹸はお母さまも大変気に入って、お茶会で話題にのぼらせたかと思ったら、あっという間に顧客がつきましたわ。


 ファウストが魔法で短縮した工程の大部分を、ロッコが魔石を使った装置を作って代用させ、できるだけ同品質のものを作れるようアンジェロお兄さまとピオで方策を固めました。

 さすがにいくら広いとは言え、王都の邸で収めるには規模の大きな話になってきたので、とりあえずは王都郊外にある空き家を買い上げ工房に作り替えることになりました。


 そうそう、工房の準備が整うまでの間に、ちょっとした事故のような出会いがございましたの。


 新しくわたくしたち三兄妹の専属の護衛についたのは、イザイア。

 邸と工房の行き来が必要になったため雇われたのですが、彼はちょっと謎の多い人。

 家名はないというわりに、身のこなしは洗練されていて、教養も完璧です。

 護衛というより執事や従者のような立ち回り方で、一見して護衛とはわからない出立ちなのですが、もの凄く、お強いのだそう。

 我が家に仕える騎士の皆さまも大層お強いのだけれど、護衛選抜の試験で模擬試合をしたところ、一人対五人で、イザイアが騎士の皆さまをあっという間に制圧してしまったそう。

 細身でしなやかな体躯からは想像もつきません。

 お年も、ピオとロッコよりはおそらく下です、とは本人の言なのですけれど。

 要は出自不明ということかしら。

 どちらからお連れになったのでしょう。

 お父さまとセルジオが認めているのですもの、安全安心な方なのだとは思いますけれど、ちょっと危険な匂いがしますわ。


(……これは、わたくしの攻略対象キャラアンテナに引っかかりますわね)


 じいっと、イザイアのお顔を見上げます。

 にこりと笑い返してくる瞳は鋼色、強い色をしております。

 顔の輪郭に沿うように切り揃えられた髪も濃いシルバーで、抜き身の刃のような印象を与えます。

 物腰は穏やかに見せているのに、こちらが気を抜いたら命取りになりそうな鋭利な雰囲気がそこはかとなくしていて、キレイなお顔立ちよりもそちらのほうが余程気になってしまいますわ。


「どうされましたか、お嬢様」


 自分の顔を黙って見上げているわたくしを不思議に思ったのか、首を傾けて尋ねてくる仕草は色気さえ感じさせます。


(これは、クロ、ですわ……!)


 どういう役回りかはわかりませんが、隠しキャラとか、二周目以降のルート解放とか、難易度高めの闇属性タイプの攻略対象に違いありません!


(なんですの?世界の終末を(ねが)うアンチ巫女組織とかがありますの?

 それにしたって裏社会の暗部みたいな方ですもの、真っ当な方ではありませんわよね)


 本当にどうしてお父さまやセルジオが彼を迎え入れたのか謎です。


「私の顔に何か……?」


 無言のまま首を振ってみせ、しばし熟考。


(悪役令嬢からヒロインを殺せと命じられたけれど、ヒロインに心を溶かされて悪役令嬢に反旗を翻す系のシナリオかしら。

 それとも正統派シナリオの中の唯一のメリバエンドみたいな変化球?

 いいえ隕石が降るのだから巫女の命に関わるような危険を冒すのは愚か者のすることですわ。

 まあ悪役令嬢は愚かな役回りですものちょっとありえてしまうのでわたくしはそんなこと命じたりしませんけれど、これは彼ルートならヒロインが危険な目に合うのではなくて?

 世界の救世主にこんな危険人物近づけてはいけませんわね。

 正しくフラグを折るには、彼の闇に近づかせないこと、深入りさせないこと。

 もしくは転生悪役令嬢の物語の場合、こちらにフラグが立つ危険もありますわよね。

 どちらにしてもわたくしにも将来的に命の危険があるかもしれませんわ。彼は明確な破滅フラグですわ。


 ───そんな気がしますのに何ひとつ思い出しませんけれど!)


 身内以外の明確な攻略対象と破滅フラグに出会いましたが、わたくしにこの世界(ゲーム)の記憶は戻りません。


 思わず、深く長いため息がこぼれました。


「お嬢様……?」


 ほとんど無視されている形のイザイアですが、わたくしの奇行に戸惑うばかりのようです。

 もう一度イザイアの顔を見上げ、わたくしは無言で頭を降りました。

 かける言葉が見つかりません。

 あなたは破滅フラグだからわたくしに近づかないで。

 そんなこと言えるものでしたら言いたいところですけれど、妙な言動をして敵視されても困ります。


「何か私に仰りたいことが?」


 困り顔になっていたのか、イザイアは親身な様子になってわたくしの顔を覗き込んできました。

 思わずドキドキせざるを得ません。

 イザイアも顔がいいのです。


「なんでもありませんのよ、なんでも……」


 結局言葉は見つからず。

 かなりおかしな態度をとったことは自覚しております。


 のちに、わたくしがイザイアに初恋をしたのではとあらぬ疑いがかけられることになりましたが、それは絶対に違いますとはっきりと主張しておきました。

 なぜかイザイアは残念そうな顔をしましたが、わたくしの初恋はお父さまですもの!

 それを聞いたお父さまがとても喜んで、イザイアにドヤ顔をしておりました。

 無意味な対抗心ですのよ。

 この世でお父さまより素敵な男性がいるとはとても思えませんわ。


 ファザコンぶりを改めて強調することができたことは感謝いたしますけれど、本当に、急な破滅フラグは心臓に悪いですわ。

 記憶が戻らないならまったく余計な衝撃ですもの、イザイアには身を改めてもらわないと困りますわね。


 降って湧いたせっかくの記憶を取り戻すチャンスも空振りに終わり、いよいよわたくしは、第一王子エンディミオン様に出会うべく、8歳の年になりました。


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