第6話
よろしくお願いします。
「ふーん、俺の記録超えられたか‥‥」
虎太郎と征四郎はラーメンを啜りながら、今日の測定の話をしていた。
「ゴクゴクッ‥‥はあぁ、来月の測定は出ねえとな。めんどくせー‥‥」
「いつ以来だっけ、測定出るの?」
「うーん、確か一年の夏くらいか。丸一年近く続いた我が平穏も終わりを迎えるとは‥‥だが、諦めない。俺の平穏は俺の手で取り戻す! 俺達の戦いはこれからだ」
「‥‥俺『達』ではないな」
バカ話で盛り上がりながら、一気に二人はスープを飲み干した。
「ぷはぁ‥‥食った食った」
「ふぅ‥‥でも、いいのか。お前の奢りで‥‥」
「ああ、気分悪い話をしたのは俺だしな。それに今日はお手軽な妖魔退治だったんだ。なんと3体も出てくれてな、大儲けよ」
征四郎は上機嫌に笑い、胸ポケットから折りたたまれた茶封筒を取り出し、万札を見せびらかす。
「ゴチになります!」
「おう、苦しゅうない」
どちらともから笑いが零れ、征四郎は上機嫌に勘定を払いに行く。
店を出ると日が暮れて、薄暗くなっていた。
「さて、帰るか」
「そうだな‥‥」
二人は並んで現在住んでいる学生寮の方に向かって足を進めた。
魔法学園は関東、近畿など地方に1校しかないため、生徒達は生まれ故郷を離れて入学してくることがほとんどである。そのため、学生寮が学園の横に併設されており、設備もそこそこのマンションくらいには揃えられている。
そんな道中で世間話をしつつ、話題は飛鳥の話になっていった。
「で、どうだった。炎城は?」
「魔力量は確かに高いな。俺も発動時の様子を見ていた訳ではなかったので、それ以上はなんとも言えないが‥‥」
「ふむ‥‥まあ、その内分かるだろう。それに‥‥俺の記録を抜いた以上、炎城も『お勤め』に選ばれるのは確実だろう」
「まあ、そうだろうな。今だと2年は俺達二人、3年は生徒会長と剣道部、サバゲ―部、Eスポーツ部の部長達3人、総勢6人しかいないしな」
「まだ一年には荷が重いから宛てに出来ないし、三年も部長達に続く人材は出てきていない。まあ、最下級程度なら問題ないかも知れんが、お勤めに選ばれているメンツの最低限の戦力ラインは、下級相手でも生きて帰れる程度の実力だ。これをクリアしない限りは、学園側としても選出しにくいか‥‥」
「つまり、最低でも魔力量100以上は無いと厳しい、か‥‥」
「まあ、炎城は問題なしだろう。何しろ、俺の記録を破ったんだからな」
「‥‥随分とこだわるな。なんだ、そんなに悔しかったか?」
「‥‥フン! 別に、たかが1年の時の記録だ。今の俺なら200は超えるな!」
征四郎の言葉には力に満ちていた。虎太郎は今の征四郎なら本当にそれくらいの魔力量があるだろうな、と感じていた。そして、自分がまだ征四郎に遠く及んでいないことに若干の悔しさを覚えていた。
□□□
「すまないな、風魔君、炎城君。朝早くから呼び出してしまって」
開けて翌日、虎太郎と飛鳥の二人が学園長室に呼び出された。
二人が学園長室を訪れると魔法学園関東本校学園長『赤塚 星矢』が出迎えた。
年齢は30代後半から40代程であるが、外見は非常に若々しく20代にさえ見える。だが、高そうなスーツにネクタイ、腕時計など質の良さそうな物も身に纏い、それでいてイヤミさを感じさせない、所作や雰囲気、言葉遣いからは貫禄を感じさせている。
その姿は、学園長という教育者よりもどこぞのやり手社長にしか見えない。
「いえ、構いません学園長」
「おはようございます、学園長」
「ああ、おはよう。立ち話もなんだ、掛けてくれたまえ」
二人は学園長室にあるソファを勧められ、横並びに座った。そして、二人の体面に学園長が腰を下ろした。
「さて、今日来てもらったのは他でもない。炎城君」
「はい」
「昨日の測定の結果は聞いた。2年の司馬君の記録を超えたようだね、おめでとう。流石は『炎城』のご令嬢だ」
「お褒めに預かり光栄です」
「その貴方の力を見込んで、頼みがある」
「頼みですか?」
「ああ、単刀直入に言おう。炎城 飛鳥君、魔法学園関東では『お勤め委員』という学園長直轄の委員会がある。それは知っているかね?」
「お噂程度では存じておりますが、何分まだこちらに来て日が浅く詳細までは‥‥」
「ああ、構わないとも。では順を追って説明しよう。こちらを見てくれたまえ」
学園長が机の上に一台のタブレット端末を置いた。そして、学園長は自身のスマートフォンを取り出し、何か操作をしていた。すると、タブレット端末にいくつもの資料が出てきた。
その内の一つのファイルが開かれ、その開かれた資料の説明を学園長が始めた。
「まず『お勤め委員』というモノを作った目的、それは3つある。一つは知識を得る事、二つが経験を積むこと、そして最後が協力すること、だ。『魔法使い』という仕事の識る事、実戦経験を積む事、他者と協力し自身と他者の安全を図ること。それを学んで欲しいと思い立ち上げた。成功体験を経て、自信を付け、今後の活動に役立てて欲しいと思うとともに、もし失敗したとしても学生の内であれば責任は私と学園で取ることが出来る。学生の内に、失敗をしたとしても、そんなのは後に生かせばいい。ただし、死ぬことだけは許されない。失敗は反省し、次につながる。だが、死はそれで終わりを意味する。それ故、ある一定以上の魔法使いとして力量を持つ者に対してのみ、このようなお願いをしている。無論断ることも可能だ。評価に影響を及ぼすことも決してない。力があるからと言って、必ずしもその力を使わなければならない、と言う訳ではない。その力は貴方のものであり、他の誰のものでもない。その力は貴方の意志で、貴方のためだけに使うべきだ。他者のために使わなければならない道理はない。‥‥それを踏まえた上で参加するか、否か、決断して欲しい」
学園長は飛鳥の目を見て、答えを待つ。すると、直ぐに飛鳥は返答をした。
「無論、引き受けます」
「いいのかね?」
「ええ、妖魔討伐は魔法使いの使命です。私の身に流れる炎城の血はこの世の不浄を許しません」
飛鳥は笑う。その笑みは美しく、恐ろしかった。なぜだか、背筋が凍る様に冷たく感じた。
「‥‥教育者としては、出来れば断って欲しかった。私から言い出したことだが、な。‥‥一つだけ、約束して欲しい」
「はい、何なりと」
「‥‥生きなさい。只管に、懸命に、誰かのためでなく、己のために生きなさい」
「‥‥はい」
「宜しい。ならば、魔法学園関東本校学園長、赤塚 星矢の名の下に、炎城 飛鳥を『お勤め委員』に任命するものとする」
学園長は椅子から立ち上がり、一枚の紙を持ってくる。
それは同意書。命の危険がある作業に従事することを、己の意志で同意したことを証明するものだ。
学園長はそこに自身の名を書き、判子を押した。
そして、それを飛鳥の前に置く。この間、学園長は無言だった。
言葉はもう必要ない、覚悟は問うた。いつ辞めてもいい。今、やっぱり辞めると言えば、その場で辞められる。だけど、飛鳥は何も言わない。何も言わずに署名をした。
覚悟は決まっている。命の危険など、幼き頃から言われてきた。
『炎城』の家に生まれた時から、妖魔との戦いは避けられなかった。妖魔の存在が表に知られ、魔法使いと非魔法使いと分けられる、その以前から戦ってきた一族の血を引く者。故に飛鳥が逃げる事は、決してなかった。
「これで、宜しいですか。学園長」
飛鳥は署名が完了した同意書を学園長の前に置く。
「‥‥宜しい。では、よろしく頼む」
学園長は小さく息を吐いた。困惑交じりの表情だ。納得はしていない、だけど認めなければならない。それが分かっているからこそ、笑った。
「さて、では炎城君のお勤め委員としての仕事は本日から行ってもらう。本日の担当は坂之上君と風魔君の二人予定だったが、坂之上君は本日は不在だ。そのため、その穴埋めとして本日は風魔君と組んでもらう」
「そのために呼んだんですね。本来の俺のパートナーは坂之上会長でしたけど‥‥今は無理ですからね」
「ああ、来月行われる学園対抗戦の打ち合わせで京都に行ってもらっている。そのため、来月までは参加できなくなった。以前から坂之上君不在となるこの時期は、流動的なローテーションを考えていたが、炎城君が参加することで、従来通りのままで問題はなくなる。‥‥風魔君次第、だがね」
「炎城と俺が上手くやれればいいですけど、お互いの能力を良く知りもしないまま共に戦うのは難しい、と俺が断ったらどうしますか?」
「それならば、仕方がない。本日は宮本君と組んで出てもらうだけだ。私は風魔君の判断を尊重するだけだ。自分自身の命を守るために、自身が思う最善だと思うものを選んで欲しい」
学園長は虎太郎の判断に委ねた。飛鳥と組むか、それとも違う誰かと組むか。
学園長としても、現場で戦う虎太郎の意志を無視してまで飛鳥と組ませそうとは思っていない。能力の相性も必要だし、性格的な面もある。戦闘面での状況判断次第では、互いに互いを傷つけることも起きかねない。
判断は慎重を期すべきだと、本来なら思う。だが‥‥
「いいですよ、このまま炎城でいきます」
「いいのかね?」
「大丈夫ですよ。俺、生き残るのは得意ですから」
学園長の問いに虎太郎は笑って答えた。だが、言葉には重さがあった。
「‥‥そうか、炎城君もそれでいいかい?」
「ええ、私は彼の戦い方は見たことがあります。その上で判断すれば、私の戦い方とは非常に噛み合うと思いますよ」
「なるほど。確かにそうなるだろうな。‥‥よし、風魔 虎太郎、炎城 飛鳥の両名をお勤め委員『第4班』に任命する。早速二人には本日から行動を開始してもらう」
「「はい!」」
「では、妖魔出現までは待機を‥‥おっとすまない」
学園長のスマートフォンに着信が入る。
「なに! そうか、分かった。‥‥やれやれ、いきなりだな。第4班に早速の出番だ。最下級妖魔出現の連絡が届いた。10分以内に準備を終え、出発してもらう」
ありがとうございました。