第3話
「うーん‥‥」
虎太郎は大きく腕を伸ばし、身体をほぐした。
大きく息を吸い、そして吐いた。
そんな動作をする最中、背後に気配を感じた。
「おう、ニイチャン。金持ってんだって! ちょっと貸してくんねえか」
「‥‥何の真似だ、征士郎」
背後に現れたのは黒の短髪をオールバックに決めた男だった。
名前は司馬 征四郎。
入学以来の悪友で、何かと一緒に居ることが多い。
体型は虎太郎よりも少し高めの175cmで無駄な肉が付いていないが、細いという印象も与えない引き締まった体格だ。顔立ちはちょっとワルが入った不良っぽい顔立ちだが、顔立ちは整っている。
「‥‥いや、カツアゲを少々」
「はぁ~‥‥」
「おーい、何か反応しろよ。詰まんねえだろうが」
「知るか!」
軽妙な掛け合いに二人のクラスは慣れているようで特に注視もしていない。
「‥‥にしても、最下級だったか。今日のは」
「ああ、大したことなかったな」
「だろうな。まあ、学生に飛んでくるような依頼なんてたかが知れてるからな」
妖魔退治は魔法使いが行うものだ。だが、その数は日によって多い少ないの差がある。
一般的に正規の魔法使いに依頼が届き、早い者勝ちで妖魔を狩るのが日本のやり方だ。だが、ごくまれに人手が足りない場合がある。そういう時は予備戦力として登録されている魔法使いが討伐行う。それが今日の虎太郎のケースだった。
「珍しく中級が確認された。それも関東でだ。結構な人数をかけて討伐したらしいぜ」
征四郎が自身のスマートフォンを操作し、虎太郎に見せた。
そこには討伐された妖魔の情報と今回怪我した魔法使いの情報が挙げられていた。
「中級妖魔一体に対して、被害者数五十人か。‥‥よくこれだけで済んだな」
虎太郎の言う通り、中級妖魔に対する被害数は非常に少ない方だった。
一般的に妖魔の階級は弱い順に最下級、下級、中級、上級、最上級と五段階に分類される。
一つ階級が上がるごとにおよそ十倍の力があると言われている。最下級を1から9までだとするなら、下級は10から99まで、とドンドン上がっていく。
今日虎太郎が倒したのは妖魔は最下級であり、スマホの画像に映し出された妖魔は中級、その力は100倍はあるかもしれないモノだ。
虎太郎自身の力は魔法使いとして並の大人の魔法使い程はある。
才はある。場数もそれなりに踏んできている。下級の妖魔、それも最下級に近い程の力であれば、討伐できる可能性がある。
だが中級が相手ではどう頑張ろうと、倒せはしない。例え中級の中でも最弱でも、勝てはしない。それを身をもって味わっている。だからこそ、その被害の少なさに驚いていた。
「‥‥『神選組』が出て、アッサリ討伐らしいぜ」
「‥‥『神戦組』か」
魔法使いが妖魔と戦う際、何も一人で戦う訳ではない。複数人で戦うのがほとんどだ。最下級ならともかく、下級以上ともなればチームを組んで戦うのが常識だ。
個人的な付き合い、能力の相性などでチームを組み妖魔と戦う。討伐報酬で揉めることもあるが、概ねチームを編成するのが安全かつ確実に討伐が出来る。
そして、そんなチームも大きくなっていけば一大勢力にもなる。それが『神戦組』という日本国内最大の勢力だ。
『神戦組』の構成人員はおよそ2000人と言われ、日本、いや世界でも指折りの魔法使いが組織の中核を成している。
個人でも中級以上を容易く討伐すると言われる『神戦組』の魔法使いが早期に現れたことで、被害は最小限に抑えられた、となれば問題ないのだが‥‥‥‥
「まあ、そんな上手い話にはならないわな。『神戦組』は今回の中級妖魔討伐に2億を要求したそうだ」
「2億!?」
最下級の妖魔討伐で2万円、下級は20万とされ、中級は200万と定められている。つまり、今回の要求額が従来の100倍に達していることに虎太郎は思わず声が漏れた。
「おいおい、いくら何でも吹っ掛け過ぎだろう‥‥」
「そうか、俺はむしろそれでも足りないと思うけどな」
虎太郎の驚きとは裏腹に征四郎は肯定的だ。
「中級妖魔なんてそんなポンポン出てくるようなもんじゃない。年に数体現れるかどうかだ。それこそ、強い魔法使いがいない諸外国で現れようものなら、国家滅亡の危機だ。日本くらいだ、中級妖魔が現れて速攻で討伐されるなんてな。それに中級妖魔が及ぼす被害は2億なんて額じゃすまない。中級妖魔が関東で現れたことを考えれば被害額、規模は2億どころか20億に達しても可笑しくはない。人も、建物も、インフラも、軒並み被害を受ける事だろう。その上、経済的損失も合わせれば、むしろ2億で済んで感謝されるくらいだろうな」
「単にがめつい、と言う訳じゃないってことか‥‥」
「俺は今の政府の『魔法使い法』の報酬が安すぎると思うがね。力が10倍になるから報酬は10倍になるとか、そう単純なモノじゃない。ゲームの敵キャラでもレベル1なら容易くてもレベル10だと苦労するかもしれない。だが、レベル100は無理だろう。ましてや、レベル999が出てくるかも知れない。なのに、報酬は階級に応じて決めているだけだ。これじゃあ、命がいくつあっても足りはしないし、生活もままならない。魔法使いとしての報酬だけで生きて行くことは大半の魔法使いが難しいが、『魔法使い法』での補助金制度を用いれば、食っていくのに困らない程度の生活は送れる。そういう意味では日本政府は魔法使いの囲い込みに成功している、って見方も出来るんだがな。‥‥正直俺としては、マジで俺達『魔法使い』たちを見下してると思うけどな」
「‥‥珍しいな、お前がそこまで熱くなるなんて」
「別に熱くなってる気はない。ただ単に報酬が安すぎると思うだけだ。俺達の力なんて代わりはきかない。非魔法使い何百人、何千人が犠牲になっても、俺達一人には遠く及ばないんだ。そんな俺達の力を非魔法使い如きが法で縛っているなんて現状が烏滸がましい、と思っているだけだ」
征四郎は時々、酷く非魔法使いを見下した言い方をする。普段はそれほどでもないが、魔法使いと非魔法使いとの関係に影響してくる場合は決まって、魔法使いというモノを上位の存在、非魔法使いというモノを下位の存在だと考えている。
征四郎の過去に影響を受けているのか、それともそういう教えを仕込まれたのか、虎太郎には判別はつかない。
だが、虎太郎はこういう時は聞き流すことにしている。
征四郎とは一年の付き合いしかない。だが、征四郎は気のいい奴だというは知っている。そして、人間だれしも、嫌いなものがある。征四郎は非魔法使いが嫌いだというなら、それもまた自由だ。
超常の力を使える魔法使いと使えない非魔法使いの溝は大きい。
魔法使いには非魔法使いを見下す者、毛嫌いする者も多い。それがどんないきさつがあったのかは人それぞれだ。
人の人生だから虎太郎もその在り方を否定しないし、否定できるはずがない。
だから、聞き流す。言えることはないし、言う必要もない。強制も出来なければ、矯正もしない。
それが虎太郎の処世術だった。