第2話
時刻は午後2時30分。学生は午後の授業中の時間帯である。
虎太郎はとある教室―――2年1組の扉を開ける。
「チィース、今帰りました」
虎太郎が入ってきたことで、クラス中の目が虎太郎に引き寄せられたが、直ぐに興味を無くし、視線は無くなった。
「お疲れ、無事だったか?」
声を掛けたのは授業中の教師―――木村だった。
歳は40くらいの中年の男性教師。体つきはどっしりとした肉を帯びていて、眼鏡をかけ、頭は若干薄い。
ぶっきらぼうな口調で生徒を心配していない風に見えるが、その距離間がうっとおしくないため生徒からは尊敬や憧れは持たれていないが、嫌われてもいない。
「全く問題なし。最下級だったんで、余裕でしたよ。あれで2万なんだからぼろい儲けだったすよ」
「ふむ、そうか。ならさっさと席につけよ」
「はい、はい」
虎太郎は気安い感じで返事をし、自席についた。
「では、さっきの続きだ。魔法使いと管理について、続きを‥‥中野、呼んでくれ」
「はい。‥‥『魔法使い』とは妖魔と戦う力を持つ者を指す言葉である。現代では『魔法使い』と呼ばれているが、かつては陰陽師、エクソシスト、退魔師‥‥様々な呼び名をされていたが、今からおよそ10年前に魔法使いと正式に定義された。またこの時、魔法使い法、が制定された」
「ここでいう魔法使い‥‥まあ、お前達も含めるが‥‥この時、制定された魔法使い法が適用されるのは、魔法を使える者を指す。お前達も正式には魔法使い、と呼ばれる資格はまだないが、広義的にはお前達、学生も魔法使いだ。それ故、魔法使いとしてあるまじき行動を取れば、処罰の対象となる。この辺りは少年法とは違い、子供でも適用される。気を付けるように。‥‥では続きを、中村」
「『魔法使い法』とは魔法使いを取り締まる法である。魔法使いの力は、非魔法使いと比べ大変危険なものである。それ故、みだりに使用した場合、非魔法使いに危害が及ぶ危険性があるため、魔法使いはその力が公序良俗に反する行いに使用してはならない」
「‥‥酷く抽象的な言い回しだが、平たく言えば、悪いことに使うなよ、って事だ。まあ、俺達魔法使いが軽い気持ちででも力を使えば、車くらいぶっ壊せる。物理法則なんざ軽く覆す。だが、俺達魔法使いの本来あるべき形は妖魔の討伐であって、態々非魔法使いを甚振ることじゃない。‥‥こんな下らねえ法律作ってる暇が有ったら、俺の年金の方に力入れて欲しいもんだ。‥‥まあ、これ以上愚痴ってても仕方ねえな。じゃあ、次は‥‥」
中野、中村と出席番号順で続いている。
このクラスには中村以降はな行はおらず、は行は風魔で始まっている。つまり次に当たるのは‥‥
「風魔、続きだ」
「はいはい、えーと‥‥『魔法使い』と名乗るには、『魔法使い法』制定以前に満18歳到達した者は、警察に自身の能力、魔力量を提出し、魔法使い試験を合格すること。『魔法使い法』制定以降で満18歳未満の者は魔法学園の卒業を必須としている。‥‥何で要るんですかね、こんなもん?」
虎太郎は呆れて言った。
「‥‥まあ、あれだ。体面、ってやつだ。非魔法使いからしてみたら、俺ら『魔法使い』も妖魔も大差ねえんだろうな。だから管理してます、とか、お勉強させてます、とか、そういう面倒な仕組みが必要なんだろうな。だが、これでも十分に各方面に配慮されてると俺は思うけどな」
最初の妖魔が確認されて以降、非魔法使いと魔法使いに分けられた世界は非常に混迷を極めていた。
現代社会において高度に発展した情報社会故に、魔法使いの情報は世界中に一気に広がり、国家運営にも大きな影響を与えた。
魔法使いは何処の国にも存在した。人種問わず様々な人間が実は魔法使いだったと明かされた。
魔法使いの力は非常に強力だ。火を出したり、風を起こしたり、その力は容易く人を殺せた。
それ故多くの国家が魔法使いを求めた。自国の国力増強にはうってつけだった。なぜなら自国民だ、法律さえ制定してしまえば、魔法使いも戦争の道具に出来た。
だが、ここで問題が起きた。妖魔だ。
妖魔は魔法使いにしか倒すことが出来ない。物理的な衝撃を受け付けない妖魔は、銃撃では傷つかない。ミサイルでも死なないどころか、干渉さえできない。
ただの人間―――非魔法使いには妖魔は決して倒せない。魔法使いでないと倒せない。そのため、魔法使いを失った国は‥‥‥‥滅ぶことになった。
最初の妖魔が確認されて以降、滅んだ国があった。
その国は魔法使いを軍事利用した結果、全ての魔法使いを喪った。非魔法使いに殺された。
魔法使いと言えども、ただの人間だ。頭に銃弾が当たれば死ぬし、ミサイルが直撃すれば当然死ぬ。戦争を起こした国の魔法使いは戦場に送られ、必死の思いで戦わされた。だが、疲れもする。限界も訪れる。そのため、命を落とした。
そして、国の魔法使いを全て失った国家は最下級の妖魔にさえ、抗うことが出来ず、滅ぶことになった。周辺の国家は何処も助けなかった。
非魔法使いは妖魔には勝てない。だが、魔法使いは妖魔に勝てる。そして、魔法使いに非魔法使いでも勝てる。
この構図に気づいたのが何処が最初だったか分からない。だが、全世界が理解した。自国の魔法使いを喪うと言う事はそれだけ、自国の破滅に近づくと言う事に‥‥
以後、様々な国家が魔法使いに対する法を施行した。
とある国では『魔法使い優遇政策』として、魔法使いの納税の義務を免除したり、様々な法的優位を与えた。
また別の国では『魔法使い奴隷政策』が作られ、衣食住すべての自由を奪われ、国に従わされた。
そんな世界情勢に対し、日本は割と緩い方だ。いや、緩くせざるを得なかった。だが、あまりにも緩くし過ぎるにも問題が有った。
「日本人は魔法使いが多すぎた。全人口の約一割以上、一千万人以上が潜在的魔法使いだった。その内、自身の能力を正しく知っている者でさえ、一万人以上いた。これは世界から見ても異常な数だ。大国でも千人に満たない程の国家しかない中で、日本だけ頭一つどころか体ごと出てるようなもんだ。だが、国内だけで見れば、魔法使いが多すぎるからこそ、法的優位を与える訳にはいかなかった」
全人口の一割が魔法使いである以上、法的優位を与えれば、それは早晩、国家にひずみを起こすことになる。
しかし、魔法使いに対し高圧的な態度が取れるかと言えば、ノーである。
国家戦略において魔法使いが重視される世界において、魔法使いの国外流出は何としても止める必要があった。
それ故の『魔法使い法』制定であった。
それほど厳しいことを書くことは出来ず、罰則も比較的緩い。流石に故意に殺人に及べば、司法にて捌く必要があった。だが、妖魔討伐の際の二次被害で非魔法使いが負傷したとしても、それは魔法使いに責は及ばないと規定されている。
妖魔討伐に対する報奨金制度も導入しているが、多くの国では補助金という名目で金を渡し、国に残ってもらう選択をさせている。
日本ではそんな制度をすればたちまち金が無くなる。だから働いた者にはそれ相応の対価を払うという制度に落ち着いた。
総合すれば、日本は罰則も優遇もなく、働けば金が入ると言う事で、各方面が納得する形に落ち着いた。
「魔法使いが世に認められてまだ10年だ。これからの仕組みがどう変わって行くのか、まだ分からん。これから良くなるのか、それとも悪くなるのか、それはこれからの時代を作っていくお前達若者次第だ。何の因果か、魔法使いなんてもんに生まれたのが幸か不幸か、決まるのはこれからだ。懸命に生きろ、若人よ」
その言葉を最後に、授業終了の鐘がなった。