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スイーツ食べたいぽっちゃり女子は最強の『大器』晩成型!

作者: ブーブママ

「ニコ、あなたはパーティに入れてあげられない」

「そんな!」


 深い森の中、焚き火を囲む5人の少女。


 制服を着た利発そうな少女の言葉に、同じ制服を着たぽっちゃり女子は悲鳴のような声をあげる。


「パーティ追放ってことですか、リエさん!?」

「いえ、結成前だから追放ではないわよね……?」

「あ、確かにそうですね」


 ニコと呼ばれたぽっちゃり女子は手をポンとして納得する。


「――って納得できないですよ! どうしてですか?」

「私達の世界からここに飛ばされたのが5人で、世界のシステムとやらでパーティ上限が4人だから、かしら」

「そこはこう、交代制にしていただくとか!」

「わかった、はっきり言うわね。あなたが戦いについてこれると思えないの」

「そんな! この世界への転移時に、わたしもちゃんと神様から役に立つ能力をもらいましたよ! ちゃんと6個!」

「……じゃあ、改めてプレゼンしてみて?」

「わかりました」


 ニコはドン、と胸を叩く。ちょっと主張の強い腹がポヨンと揺れた。


「まず、『超忍び足』です! なんとこれ、足音が一切しなくなるんですよ! 砂利道の上でも! DDRのパネルの上でさえ!」

「そうね。それを聞いた時点では『忍者系にまとめてきたのかな?』と期待したわね。あとDDRはスピーカーから音が出るのであってパネルから音が鳴るわけではないわ」


 リエは冷静に突っ込んだ。律儀なのである。


「それから『病気無効』です!」

「異世界ですから、未知の病気は怖いものね」

「いえその、実はお医者さんから糖尿病になりかけてると言われていまして……怖かったので取りました」

「そう……まあお医者さんもこの世界にはいないものね、でも、いずれにしてもクレハさんの神聖魔法に病気を治療するものがあるそうだから……」

「うう……」


 ちなみにニコが『超忍び足』を取得したのも、クラスの男子に「ズリズリと足音がうっせーんだよデブ!」と言われたトラウマからである。


「えっと! 3つ目は『スイーツ召喚』です! ほら、スイーツが出し放題食べ放題!」


 ニコは手の上にモンブランを出現させる。手の上に直接だ。クリームが手にべったり。少女たちはさすがに顔をしかめた。


「そうね……異世界だしサバイバル能力はほしいと思うわ。でもそれ、ニコさん以外には食べられないし触れないのよね?」

「はい! コスト消費なしにしたいっていったら、経済バランスがどうこうとか言われて、そういうことになりました! あの神様、変なとこでケチです!」

「中世ファンタジーの世界にスイーツはないでしょうね。ニコさんが一人で甘いものを食べているところを見ているだけなんて、士気にかかわると思うのだけど」

「……隠れて食べます! その分、わたしの食費は浮きますから! コスト0ユニットですよ!」

「スイーツばっかり食べてたら病気になるわよ……?」

「そこはほら、『病気無効』がありますから! 栄養失調にもなりません!」


 ニコは胸を張る。いや、腹のほうが前に出ているが。

 あといつの間にかモンブランはニコの口の中に消えていた。手は舐めたのだろうか……?


「それに、『体型維持』って能力もあるので! いくら食べても太りませんよ!」

「……その能力、少し疑問があるわね」


 リエは顎に手をやって考え込む。


「物を食べるということは質量を取り込むということ。なのに太らないなんて、どういう仕組みなのかしら。……大量に排泄する……?」

「それ神様にも言われたんですよね。嫌すぎるので『排泄不要』って能力を取りました。トイレいかない系女子ですよ!」


 リエも悩んだ能力である。しかし、排泄しない分体に溜め込まれると聞いて却下した。


「ならば、なおさら質量はどこに……?」

「実は『体型維持』は、もうこれ以上縦にも横にも変化しないんですけど、体重自体は増えるらしいんですよね」

「ニコさん」


 リエは悲しい目をニコに向けた。


「やはりあなたは連れていけない」

「ど、どどど、どうして!?」

「今、体重は何kgあるの?」

「えっと……ステータスオープン。あ、70kg……ぐらいですね!」


 少女たちの何人かは体を抱えて震え、リエは首を振った。


「体型を維持できても体重は増える……ということは、おそらく単純に太った分の荷物を抱えた状態になるはず。例えば2倍の体重になったとして、ニコさんは70kgの重しを背負ったのと等しいことに。そうしたら……体型が維持されるということは、筋肉もつかないでしょうし……ニコさんは遠からず身動きがとれなくなります」

「はう……! そういえば筋肉はつかないって、言ってた……」

「食べるのを控えれば……というのは、無理そうですし」


 ニコはこの話の最中にも、スイーツを召喚してはパクついていた。少女たちのヘイトを買いながら、一切止まることなく。


「となれば、戦力外どころの話ではありません。数秒時を止められる剣士のファイ子さん、壊れない盾を装備できるシル美さん、複数の神から加護を得た神官のクレハさん……そして全属性魔法を扱える私。……この4人でパーティを組み、制限時間である5年以内に魔王を倒し、元の世界に戻ることこそ最適解。寝たきりになってしまうニコさんを同行させるわけには……」

「あ、で、でも!」


 ニコは素早くフルーツタルトを飲み込んで言う。


「最後の! 『生得の特徴強化』があるじゃないですか!」

「ありますね。私達が以前から持っている特徴……個性を強化し、能力化するという6番目の枠の能力が」


 リエはケチな神様の顔を思い浮かべながら言う。


「ちなみに私は『異性魅了』か『頭脳明晰』でしたので、後者を選びましたが」

「あ、それっぽい……あ、えと、えーと! わたしはですね!」


 ニコは唇の端のクリームを舐めとり、腹――胸を張る。


「『動けるデブ』です!」

「……『動けるデブ』」

「はい! どんなに太ってても意外と『動けるデブ』です! だから、その、絶対に寝たきりにはなりませんよ!」


 森の中に静寂が生まれ、焚き火の爆ぜる音が響く。


「なあ」


 そこで初めて、ちょうどいい長さの棒を抱えた少女――数学マニアに名付けられながらもスポーツ少女に育ったファイ子が口を開く。


「もういいんじゃねーか? やっぱどう考えても戦力外だろ」

「そうですよ」


 巨大な盾の後ろに隠れるように座る小さな眼鏡っ娘、シル美が同意する。


「魔王を倒せって言われたのに、なんなんですかその私利私欲に満ちた能力は」

「おおかた」


 清楚な雰囲気を持つ糸目の少女、クレハも追従する。


「異世界転移でスローライフだ、とでも思ったのでは?」

「なぜそれを!? ――はっ!?」


 ニコは慌ててマシュマロを口に含んで口を閉じるがもう遅い。少女たちから非難の目線が集中し――


「気が変わりました」


 リエが立ち上がって言い、全員を見渡して言う。


「森を出て街につくまでは、パーティを2つに分けましょう。ファイ子さんとクレハさん。そして私とシル美さんとニコさんのパーティで。これなら離れて行動すればシステムに引っかかることもないでしょう」

「は!? なんでだよ、リエ、こんな役立たず!」

「いいえ、ファイ子さん」


 リエは首を振る。


「私も最初はそう思っていました。私達が確実に生き残るためには、森に捨てていって構わないだろうと。『超忍び足』があればもしかしたら生きて森から出られるかもしれないし……と、ありもしない可能性で言い訳して。しかし……ここにきて事情が変わりました」


 森の中で、少女の言葉が響く。


「ニコさんは、魔王に対する切り札になるかもしれない。だから、私達は危険を犯してでも、彼女を街まで送らないといけない」

「……ふぇ?」


 ぽかん、と開いたニコの口から、クッキーの欠片がこぼれ落ちる。そんな彼女に、リエは微笑んで告げた。


「ニコさん。無事に生きて街についたら……お願いしたいことがあるんです」



 ◇ ◇ ◇



 ――3年後。


 異世界から召喚されたガクセイという職業の勇者たちは、特異な力を使って魔王軍と戦い続けていた。熾烈な戦いのさなかに命を落とすものも多く、勇者たちは残りわずか3パーティにまで数を減らしていた。


 情勢は――魔王軍優勢。


「早く、城壁の中に避難して!」


 これまで平穏を維持してきた人類の中心国家の王都が、今まさに危機に瀕している。

 悲鳴をあげる人々を、魔法で飛びながら避難誘導する美女は、大賢者の勇者として名高いリエ。


「クレハさん、状況は!」

「ファイ子さんとシル美さんが応戦していますが、長くは……!」


 聖女の称号を得たクレハが、群衆に鎮静効果のある魔法をかけながら応える。


「とにかく住民を城内に避難させたら、結界を発動――」


 次の瞬間、轟音と衝撃。


 城壁が崩れ、煙が立ち上る。


「ゴフッ……」

「シル美さん!」


 瓦礫の中に巨大な盾。その下敷きになる少女にリエが叫び……煙の向こうから現れた巨体に息を呑む。


 それは、ドラゴン。大型トラック程もある巨体が、口を開き、その口腔の奥から灼熱の――


「ッブネエ!」

「ファイ子さん!」

「アタイはちっと焦げただけだ! それよりシル美の治療を!」


 炎の渦の中から、シル美を抱えたファイ子が飛び出し、ぐったりとしたシル美をクレハに託す。


「ファイ子さん、倒せそうですか」

「……剣が鱗どころか目の粘膜も通らねえ。いくら時を止めて攻撃しても無理だ。シル美の盾も衝撃を逃しきれねえし……」

「純粋に質量が違いすぎますね……」

「魔法はどーだよ?」

「魔法抵抗力が強すぎて……」

「んじゃ、万事休すってとこかよ」


 剣聖の称号を得た少女――ファイ子は唾を吐くと、剣を担ぎ直す。


「ファイ子さん?」

「アタイが足止めをする。時を止めりゃあんなデカブツの攻撃当たりゃしねえからな。その間に、お前らは逃げな」

「そんな、無制限に使えるような能力ではないでしょう!」

「うっせぇ。時間がありゃ、リエがなんとか策を考えてくれんだろ? いつだってそうだった」


 ファイ子は肩越しにウインクする。リエは言葉に詰まった。策などない。あのドラゴンは純粋に強すぎる。アリは象には勝てないのだ。


「駄目です。全員で撤退を。レベルを上げれば……装備を整えれば……それなら……」

「そういうこと考えられるヤツが必要ってこと。……じゃあな!」


 ファイ子がドラゴンに向かって飛び出し、リエは止めるすべを持たなかった。クレハは無言で、魔法でシル美の治療を続ける。


 シル美を動かせるようにして、撤退する。それがリエのパーティの方針になった。しかし――


「ガッ――!」

「ファイ子さん!?」


 予想外に。いや、リエの予想していたとおりに、ファイ子が能力使用の隙をつかれてドラゴンの尻尾に打たれ吹き飛ばされ、動かなくなる。シル美の治療は終わっていない。


「そんな」


 ドラゴンは、リエたちに爬虫類特有の目を向ける。


 リエにはもう、何も手がなかった。だから――



「あ、間に合った!?」



 その声を聞いたときに、心底驚いた。


「……ニコさん!?」


 それは、3年前とまるで変わらない姿をしたクラスメート。


 最初の街で別れ、それきり噂の一つさえ聞かなかった勇者のひとり。


 生死不明。けれどリエは可能性に期待していた。そして、ニコは生きていた。しかし――


「逃げてください、ニコさん!」


 リエは叫ぶ。


「相手が悪すぎる!」

「すごく、大きいよね」

「それに、ニコさん……まだ、早すぎる!」


 リエの計算では、ニコが切り札となり得るのは最後の年、5年目のこと。今はまだ早すぎる。そう言って止めようとした。けれど。


「大丈夫だよ、リエさん。わたし、リエさんに言われたとおりにがんばったんだから」


 ニコはそう言って笑い――ドーナツの最後のひと欠片を口の中に放り込んで、ドラゴンと向き合う。


「ステータスオープン」

「! これは……!」


 リエは目の前に開かれたニコのステータスを見て驚愕する。


「まさか……これほどとは……」

「リエさん! ニコさんが……死んでしまいます!」


 ニコは、ドラゴンに向かって駆け出していた。クレハは次に起こる惨状を予感して叫ぶ。とてもではないが、ぽよぽよと走る彼女にはドラゴンをなんとかできそうにない。


「いいえ、クレハさん」


 だが。リエは冷静に言った。


「……ニコさんの勝ちです」

「何を馬鹿な……!」


 ドラゴンは、動かなかった。無手のぽっちゃり少女に何ができるものかと、猛者の余裕を持って待っていた。


 そこに。


「えーい!」


 ニコは――肩からぶつかり――



 ドゴーン!



「は!?」


 クレハが驚愕の声を上げる中。ドラゴンは――ニコのタックルを食らっておもちゃのように吹き飛んでいた。


「え!? なんで!?」

「クレハさん。運動方程式は知っていますか」

「急になんです!?」

「力は、質量かける速度の二乗で求められます。ニコさんの50m走のタイムは8秒でした」

「意外と速い」

「ええ、動けるデブでしたから」


 リエは頷く。


「さて、荷物を積んだ大型トラックが時速80kmで追突した場合の力は、20トンかける秒速約22mの二乗で約9800トンの力です」

「なんで大型トラック?」

「あのドラゴンがそれぐらいでしょう。体長1.7mのサラブレッドが約500kg、体長5mのアフリカゾウが約7トン。全長12mのトラックが荷物を積んで20トン。ドラゴンは空を飛んでいましたし、あの大きさの割には軽いかなと」

「う、うん……」


 あまり勉強のできないクレハは、とりあえずうなずく。


「さて、ニコさんはおよそ秒速6mでタックルしました。二乗すると36ですね」

「うん」

「そこにかける力は……ニコさんの体重は、これです」


 リエが指す、ニコのステータス。そこに記された数字は――



 大森ニコ

 19歳

 身長152cm

 体重300t



「――は?」

「与える力は約10800トン。さすがです、ニコさん」


 リエは3年前を思い出す。モンスターに追われながらもなんとか全員無事に森から脱出し、街に到着。そこでニコと別れる際に告げた言葉を。


『ニコさん。これから先、あなたはとにかく食べてぐうたらして過ごしてください』

『リエさん!? そ、それってどういう?』

『それこそがニコさんを強くします。あなたが太れば太るだけ……私達が魔王に勝つ可能性が高くなる。これは賭けですが……信じてくれますか?』

『リエさん……わかったよ。わたし、がんばる。メガトンデブのあだ名に恥じない体重になってみせるね!』

『そんなひどい呼ばれ方をされていたんですか……?』


「リエさん。わたし、言われたとおりこの3年間、食べては寝て過ごしてきたよ」


 ニコは、棒アイスの棒を口から引き抜いて投げ捨てる。当たりと書かれた棒が空中で、粒子になって消えた。


「今はまだっ……足りないけど!」


 ニコは体勢を立て直すドラゴンに向かって、再び突撃する。


「これがっ……! 0.3メガトンデブのちからだあああああ!」



 ドゴーン!!!



「いやいやいや……あの体で300トン!? トンて! 1000kgが1トンでしょ!?」

「世界最大の肥満体の方の体重は、推定約600kgと言われますから、その約500倍ですね」

「死ぬでしょ!」

「確かに報道では、そういう方は減量手術を受けたと聞きます。しかし……それまでは生きている。つまり、人間は600kgの体重でも生きられる。ならばその先だって不可能ではありません。『病気無効』の体ならば」

「まともに歩けないでしょう!?」

「『動けるデブ』と『超忍び足』のシナジーです。足音を立てないということは、床になんのダメージも与えないということ。300トンのニコさんが歩いても道は割れない」


 再び転がって悲鳴をあげるドラゴン、そして対峙するニコを見ながら、リエは語る。


「たとえ600kgで成長が止まっても、常人の10倍の力があるのと同等。魔王を倒す切り札として見込んでいましたが……ニコさんの食欲は想像以上でしたね」

「いや怖いよ」

「『排泄不要』で詰まっているモノの分もあるかもしれません。『病気無効』ですから便秘に悩むこともなかったでしょう」

「汚い!?」


 クレハは想像して体を抱えて震える。


「『超忍び足』『病気無効』『スイーツ召喚』『体型維持』『排泄不要』『動けるデブ』――単体で見ればまるで戦闘の役に立たない能力たち。けれど、そのシナジーは最強の大器晩成型だったのですよ」

「最強って……あ!?」


 ドラゴンが立ち直り、その上肢を振りおろして鋭い爪でニコを引き裂く。


「ニコさん!?」

「いえ――平気ですよ、彼女は」


 悲鳴をあげたクレハ、しかし冷静なリエ。



「――かゆいですね」



 爪で切り裂かれたニコは――ケロリとしてそこに立っていた。


「え!? なんで!?」

「密度の違いです。ニコさんはああ見えて300トン。『体型維持』の力で、300トンが一般……一般的な女子高校生の体に収まっている」

「うん、まあ……」

「密度は質量割る体積で求められます。実は人間の密度は水とほぼ同じなので、体重イコール体積です。確か自己申告70kgでしたので……ニコさんの密度は人間の約4300倍。あの体に4300人分の脂肪が詰まっているのと同じ」

「ウッ……気持ち悪い」

「太陽の中心核よりも高密度なのです」

「嘘ぉ……」

「質量的に考えても……例えば、アリの体重は0.004グラムです。もしその4分の1も体をもげば確実に死ぬでしょう。しかし7トンのアフリカゾウから0.001グラムをもぎ取ったところで、何も起きない。つまり……」


 リエは目を輝かせて言う。


「細かい計算はもはや分かりませんが、たぶん、ニコさんが受けるダメージは、一般的な人間の4300分の1なのです!」

「ホントに!?」

「でなければああして立っていないでしょう! たぶんそうなのです! やはり質量。体重こそパワーだった……私の予想は正しかった!」


 ドラゴンが灼熱の息を吐き出す。しかし、ニコは無傷だ。


「4300倍も密度のある肉に火が通るわけがないでしょうね」

「そう……ね……うん……ねえ、あの体で300トンって、ブラックホールにならない?」

「引力定数的にあの程度の重さでは引力を感じることさえできないので、大丈夫です」

「さっきから思ってたんだけど、計算とか数字すごいね?」

「『頭脳明晰』の力でしょうね」


 クレハは……とりあえずもう突っ込むのをやめた。リーダーの意外な一面を咀嚼するには時間が足りない。


「さあ……ドラゴンさん」


 ニコが、巻き上がる炎の中から歩みだし、ザクッ、とジャムのたっぷりついたスコーンをかじりながらドラゴンに言う。


「これで終わりにしてやります!」


 ドラゴンに向かって突撃したニコが、腕を振りかぶる。


 ドラゴンは――困惑していた。このサイズの生き物、全く速そうに見えない動きで、なぜ自分が押し負けるのか。自己を最強生物と誇るプライドが、ドラゴンに回避を許さなかった。


「パンチの速度は、およそ人間が走って出せる速度と同じと聞きます。プロボクサーのパンチの速度が時速30から40kmだそうです。ニコさんは、50m走を参考にする限り、パンチの速度は時速21km、秒速6m程度」

「そこそこ速い」

「『動けるデブ』ですから。さて、パンチにかかる力は腕の重さです。腕が体重に占める割合は約6.5%。つまり、ニコさんの腕は約20トン」

「……荷物を積んだ大型トラック……!」

「20トンかける秒速6mの二乗は……720トン。その力が、トラックの面積より遥かに狭い拳に集約されれば……!」


「うおおおおおー!」


 ニコが、吼える。


「0.3メガトンパーンチ!!!」



 ドシュッ!!!



「……アリは、象には勝てない」


 ぐらり。目を貫かれ、頭の後ろまで穴を開けたドラゴンが、倒れる。


「ニコさんこそ……魔王討伐の切り札です」


 リエは、どら焼きを頬張って振り返るニコに、笑って手を振った。



 ◇ ◇ ◇



【異世界の瓦版より】


 魔王、討伐される!


 異世界より召喚した勇者が、ついに宿敵の魔王を打ち破った。大賢者リエ率いるパーティが正面から戦いを仕掛ける中、なんと討伐を果たしたのは無名のソロパーティ、その名も勇者ニコ。


 魔王との戦いは熾烈を極めた……と勇者とそして魔王のために書きたいところだが、やはり報道者として、そして歴史のためにも真実を伝えなければならないだろう。


 魔王は、圧死した。勇者ニコに抱きつかれて、そのまま下敷きになって、潰されて死んだのだ。


「魔王が人間サイズの人型だとわかったとき、、勝利を確信しました」とは、大賢者リエの言葉「気づいたんですよ。1000トンまでいかなくても、普通の肉体強度なら、300トンを支えきれないよね……って。あと、300トンは0.3キロトンですね。本人には酷なので教えていませんが」


「魔王さん、わりとイケメンだったので残念です」凱旋後に勇者ニコは語る「でも、メガトンデブって言ってきたので、あ、世界平和のためにガンバロッて思いました」


 生還した勇者たちは、この世界に留まるか元の世界に戻るかを選ぶことができる。結論として、すべての勇者は元の世界へと戻っていった。魔王を倒した勇者ニコには、多大な報酬も約束されていたが、勇者ニコは首を振ってこう言ったと伝えられる。


「いい加減、新作のスイーツが食べたいので」……と。

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― 新着の感想 ―
[一言] 想像以上に笑えた
[一言] 立ってるだけで地面にめり込んで沈みそう
[一言] これ、寝転がる事すらできないのでは? 魔王を抱きしめて潰したってあるから、ベット潰れる前に家の床ぬけるやろ(笑)
感想一覧
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