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9.ミソラの頼みごと

「ミナミの知り合い?」


 僕らの様子をみて、カウンターの女性が尋ねた。ミナミは二回ほど軽くうなずいて、そのまま足早に僕の横を通り過ぎる。

 そしてまるで猫のような足取りで、螺旋階段を音もなく登っていった。


「知り合いっていうか、一応同じクラスで……」


 何も言わなかったミナミの代わりに、僕が答えた。

 ミナミは学校でもほとんど喋らない、物静かな女子生徒だ。部活は文芸部、だったか?

 小学校のころから仲の良い友達がいるのをみたことがなく、休み時間も机にふせて寝ているか、勉強している記憶しかない。


「ああ、そうなの。だから君、私と会ったことがあるって言っていたのね。そんなに似ているかしら、私たちって」

「どことなく面影がありますよ。もしかして鯨川さんの、ミナミさんのお姉さんですか?」


 女性は目を丸く開いて、顔を赤くした。


「お姉さん? 違う、違う! ミナミは私の娘なの」


 ミナミのお母さん?!

 僕は驚いてソイラテを吹き出してしまった。

 嘘だろ。二十代、いや十代でもギリギリ通用する見た目だ。


「そんなに幼く見えるかしら?」


 ミナミのお母さんはカウンター裏の鏡をみて、自分の姿を確認した。普通、人から若く思われたら嬉しい大人が多そうだが、この人は真剣に悩んでいるようだった。


「本当にすみません」


 僕はまた何度も頭を下げた。


「まあよく言われるから、気にしてないけど。夜中に出歩いていたら補導されるし……」


 そう言いつつ、明らかに気にしているようにみえる。


「で、でもエプロン姿はとてもお似合いだと思います。大人っぽいというか……」

「えっ、そうかしら!」


 僕にそう言われて、ミナミのお母さんは機嫌を取り戻したようだった。わかりやすい人だ。


「はい。落ち着いたお店にぴったりです」

「えへへ、ありがとう。君、名前は?」

「平川ヒカリです。ミナミさんとは同じ小学校で……」

「君があの平川くんね! ミナミがよく噂しているわ」

「えっ、鯨川さんが?」

「勉強ができる子だって、ミナミが勝手にライバル心を燃やしているだけだけどね。ほら君たち、テストで上位を争っているでしょ?」


 ミナミが僕にそんな感情を抱いていたなんて、少し驚いた。一番になれなくて悔しかったけれど、ミナミも努力をしていたんだ。


「でも、いつも娘さんに負けちゃうんです」

「あの子って昔から勉強しか取り柄がなかったから。すぐに人見知りしちゃうし……。私たち家族とは普通に話してくれるんだけどね」


 ミナミの意外な一面を知って、僕は不思議な気持ちになった。

 コハク以外は灰色に染まっているクラス名簿のなかで、鯨川ミナミの名前だけが、薄っすらと色が着く。


「そうなんですか」

「ねえ、平川くん。もしよかったら、娘と仲良くしてくれないかしら。約束してくれるなら、今度お店にきてくれたとき、ドリンク一杯サービスしちゃうよ」


 ミナミのお母さんの提案を、僕は快く受け入れることにした。鯨川ミナミという存在が、少し気になったからだ。

 コハクみたいに彼女に接してみたら、ミナミと仲良くできるだろうか。


「わかりました。僕なんかで良ければ」

「やった! じゃあ頼むわね。私は鯨川ミソラ。このお店の店長よ」


 ミソラさんは少女みたいに笑って、僕の返事を喜んだ。

 この見た目で店長さんなんだ。僕はまた驚いて、今度はタルトを喉に詰まらせた。


「ちょっと平川くん?! 大丈夫?」

「は、はい。なんとか……」


 こうして僕は『喫茶 まどろみ』の常連客になった。


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