8話 「衝撃の生活様式」
今まで一度も気にかけた事はなかったのだが、人間になってから一日と半分が過ぎた。
エルフの時には感じた事がない感覚。
人間の体は不便なものだ。
…もよおしてきた。
だが、タカヨシにどうやって伝えたものか。
モジモジしていると、タカヨシがそれに気付いたのか手書きの絵をくれた。
山でも絵を描いていただけあって絵が上手い。
その紙を見る私を見ながら彼が立ち上がって壁を触った。
途端に部屋が夜から昼になった。
「《!?》」
何かの魔法かのようだ。
天井に付いている半円の物体が輝いている。
そのまま彼が歩いて壁を触り、ドアを開けてくれる。
その部屋も天井が輝いていた。
「ケレヴリル、トイレ。」
私は彼に手招きされてトイレと呼ばれた部屋の中に入った。
中には陶器の水が入った物と、その蓋。
後ろに四角い陶器の入れ物?があるだけだった。
とりあえずタカヨシに渡された紙を見る。
そこには蓋を開けて、その上に座って用を足して、横に掛けてある紙で拭いて、紙を水の中に捨てて、後ろのつまみを捻る。
そういう絵が描いてあった。
「《…これがこの国の作法なのだろう。絵の通りする方がいいだろうな。》」
蓋を開けて、服を捲り、上に座る。
用を足したら紙で拭いて、紙を中に捨てる。
何となく紙を水に捨てるのが忍びないが、これが作法ならした方がいいのだろう。
そしてつまみを捻る。
ジャァアアアアアアッ
「《!?》」
勢いよく水が流れていき、新しい水が洗浄し、また溜まる。
一体どういった魔法なのだ!?
流れた直後に新しい水が出てきたぞ!?
「《これは早く言葉を話せるようになってタカヨシから教えてもらった方がいいな!》」
ドアを開けて戻ると、タカヨシが別の絵を描いていた。
後ろから覗き見る。
まだ描いている途中みたいだが、私にはよくわからなかった。
その時が来たらタカヨシが渡してくれるのだろう。
本当に親切な人間だ。
その後も絵を描き終わったタカヨシから他の事を教えてもらった。
最初に覚えた文字は《ひらがな》で、次のページにのっていたのは《カタカナ》。
改めてカードの裏を見てみると《ケレヴリル=アルヴァ=ロドヴィッチ
》とカタカナで書かれていた。
タカヨシが別の本を取ると、そこには鳥や動物が描かれていた。
横にカタカナで名前が書いてある。
これは素晴らしい本だ。
少し文字が読めるようになった私は他の本も手に取る。
絵と名前が書いてある本なら私にも読める。
それでも半分以上は読めない文字が出てくる。
どうもこの国の人間は数種類の文字を使い分けているようだ。
「《習得には少し時間が掛かりそうだな。》」
それでも私はタカヨシと通じる言葉で話してみたいから頑張る。
クゥーッ
私のお腹が鳴った。
自分のお腹を4・5発叩く。
これでは私がお腹を空かせているから何か欲しいと図々しく要求しているようではないか。
確かにお腹は空いてきたが、タカヨシに要求なんて出来ない。
ただでさえ私に色々くれて迷惑をかけているのに…。
チラッとタカヨシを見ると、クスッと笑って立ち上がった。
その表情は馬鹿にしているようでも無く、呆れたり面倒に思っている風でもない。
なんだか楽しんでいるとでもいうような感じだった。
タカヨシが廊下の方へ行ったので追いかけてみた。
大きな箱から何かを出している。
「ケレヴリル、冷蔵庫。」
「れーぞーこ?」
この箱は冷蔵庫というらしい。
中から出したものが妙に冷たい。
何やら絵が描かれた袋が二つ並んでいた。
それを開けて皿に盛る。
その皿をタカヨシは別の箱に入れた。
「ケレヴリル、電子レンジ。」
「でんしれんじ?」
そっちの箱は電子レンジというのか。
タカヨシが電子レンジの何かを押した。
ブゥーン
音が鳴りながら中の皿が照らされて回る。
一体どういった仕掛けなのか興味津々だが、それよりも。
パチッパチッパチッパチッ
何かがパチパチと音を立てている。
それでいて香ばしい香りがしてくる。
これは美味しいに違いない。
匂いも美味しければ、音まで美味しい。
チンッ!
音が鳴ると彼は箱から皿を取り出して、もう一つの皿を中に入れた。
同じように何かを押して、取り出した皿と食べる道具を私に笑顔でくれた。
「ケレヴリル、チャーハン。」
「…チャー…ハン…?」
これは間違いなく美味しい。
見ただけでわかる。
それに電子レンジから出てきたチャーハンは湯気が出るくらい熱々になっていた。
先ほどまで冷たかったのに不思議だ。
チンッ!
私が自分のチャーハンを見つめていると、タカヨシの分も出来たようだ。
タカヨシが皿を持って部屋に戻る。
私も後を付いて戻って、一緒のテーブルに皿を置く。
あまりに美味しそうだったので慌てて食べようとした時、視界の端でタカヨシが両掌を合わせていたのが見えた。
それを見て一度食べる道具を置いてタカヨシと同じように両掌を合わせる。
「いただきます。」
「い、いただきます?」
何かわからなかったが、タカヨシの真似をした。
多分、これは食べる前にする礼儀なのだろう。
二人で美味しいチャーハンという料理を食べた。
これは筆舌に尽くしがたい料理だ。
何という美味だろう。
色々な食材が混ざり合って、それでいてお互いの邪魔をしない。
香ばしい匂いとコクのある味。
これは癖になりそうだ。