5話 「生活様式の違い」
彼は私に本を渡すと、廊下の方に歩いて行った。
ガチャッバタンッ
何か物音がした後、彼が透明なカップを二つと何か色の付いた水が入った透明な入れものを持ってきた。
カップに色の付いた水を注ぐ。
何やら泡が出てくる不思議な飲み物のようだ。
目の前で彼が同じモノを飲んでいる。
私も安心して口にする。
シュワワワワーッ
「《な、なんだこれは!?あり得ない!口の中で泡が弾けて刺激的な感じになっている!それに凄く甘くてクセになりそうだ!これはきっと魔法の飲み物だ!そうでもないと説明がつかない!》」
彼は私が飲んでるのを見ながら、透明な入れ物を指さして私にこう言った。
「コーラ!」
私も彼と同じ言葉をつぶやいた。
「…コー…ラ…?」
彼は嬉しそうにしていた。
そうか。
これはコーラという飲み物なのか。
私は自分を指さして彼に言った。
「ケレヴリル=アルヴァ=ロドヴィッチ。」
そして彼を指さす。
彼は一旦後ろを見たが、自分だと気づいて自分を指さして答えた。
「浅谷 孝義。タカヨシ!」
私も名前を呼んでみる。
「タカヨシ!タカヨシ!」
彼は今まで以上に嬉しそうにしていた。
名前を呼ばれるのが嬉しいならこれからは名前で呼ぼう。
世話になろうと思っているのだ。
それくらいはしてあげたい。
それに、この指さしで物の名前はタカヨシから教えてもらう事が出来る。
大きな進展だ。
私は頭は悪くない。
以前いた世界の言語は全て完璧にマスターしていた。
一度覚えた事は忘れないからだ。
この世界でも全ての言語をマスターして、今度は楽しく生活してみせる。
以前の生活が楽しくなかった訳じゃない。
だが、この世界に来て2日でわかってしまった。
この世界は平和で刺激的で美味しい物がある。
私のこの世界での取柄は一度覚えた事は忘れない事と、エルフの時から変わっていない運動能力くらいか。
平和そうなこの世界では弓の才能は使えないだろう。
「タカヨシ!」
彼の名前を呼んで本を渡す。
タカヨシは本を開いて私によくわからない文字を一つ一つ丁寧に教えてくれた。
なるほど。
タカシが私に渡してくれていたのは、この国の基本的な言葉の書いた本だったようだ。
タカヨシが廊下の方に行った後も一人で発音の反復練習する。
「あー、いー、うー、えー、おー!」
一通り発音が終わる。
我ながら完璧だ!
そして次のページをめくる。
「《なんだこれは!?》」
次のページにも別の文字が現れた。
先ほどの文字より角ばっている。
さっき覚えた「り」と同じ文字はあるが、それ以外は全く別物だ。
この国には言語が複数あるようだ。
確かにこの部屋の本棚を見ると、先ほど覚えた文字以外にも様々な文字がある。
これほど複雑な言語を使う国など聞いたことが無い。
廊下の奥では水の音がしている。
音の感じからして水浴びをしているようだ。
特に汚いという印象は無かったが、清潔なのはいいことだ。
だが、こんなに階段を上ってきたところに水を運ぶのは大変だっただろう。
次からは私にも手伝わせてもらおう。
それにしても、この部屋にあるものは見た事が無い物ばかりで興味深い。
薄くて板のような物体に、何で出来ているのかわからないテーブル。
非常に柔らかそうな椅子に、硬い本にも見えなくないが壁と紐で繋がっているもの。
それにこれは…彼の寝床…だろうか?
なるほど、これは確かに寝る事に特化していると言っていい。
服も色々あるようだ。
私が来ている服はこの一枚だけ。
里のエルフ族の兵が着る植物で作られた布の服だけだ。
靴も同じ素材で出来ている。
底には魔獣の皮が張ってあるが、彼の靴は軽くて柔らかい。
それでいて滑らない。
これほど違うとは思ってなかった。
この靴ならもっと遠くまで快適に歩けただろう。
生活の違いには驚きの連続だった。