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distance  作者: 透明な石
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日常のその先

物心ついたころから私の夢は魔法局に入る事だった。

理由はもうはっきりとは覚えていない、国中から最高の魔術師が集まる場所だったからか、教育環境・研究設備が良かったからか、はたまた給料が魅力的だったのか、今となっては思い出せない。

それでも私は、それしか夢がなかった。必死に勉強して、努力して、背伸びして、周りに認めさせることしか頭になかった。

そんなとき出会ったのが彼だった。学年トップの成績と魔術のセンスは文句のつけようもなかったし、明るく穏やかな性格は、周囲を引き付けるものだった。

そんな彼に、いつしか張り合うようになっていた。

ライバル?うん、近い存在だったのかもしれない。

私は、彼がやることを追い抜くことばかり考えていた。

彼がコンテストに出るのなら、私も出場した。

彼が試験を受けると言ったら、私も受けた。


彼と競うことで、いや、彼を目指すことで、たくさん学べた。

たくさん体験できた。

私一人では開けなかった運命が少しずつ開いていくような気がした。

きっとこの先に私の願う夢が待っている。

夢をかなえるためのこの日常が、ずっと続くと思っていた。





「ぎりセーフ…かな」

「いや、15分遅れてたらアウトだよ」

職場の時計を見上げながらつぶやくと、意外にも返答があったので少し笑ってしまった。

「そういう、ヴァリさんこそサボってコーヒーブレイクですか」

開業15分にソファでくつろいでいる先輩も大したものだろう。紫色の緩いパーマのかかった髪を掻き上げて私に笑みを見せる。着崩したシャツによく似合う白衣と、ソファから飛び出している長い脚が憎らしい。

「俺は良いの、でも、お前は待っている人がいるだろう」

患者さんがね、と諭すように言っている。

「患者さんは待っていないけど、ハイム君が困っているかもしれませんね」

荷物を降ろしながら、騒がしい後輩が焦っている姿を想像しながらゆっくりと白衣を羽織った。

「いってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

扉を開くと、中央に白衣を着た青年とそれを取り囲むように高齢の女性たちが黄色い声を上げていた。長身の人の好い顔をした青年はタジタジながらも、女性たちを丁寧に扱っていた。

「あ!!イーヴァさん、今日も遅刻!!」

「あら、センセ!!」

「ハイム君、あいかわらずモテモテね」

「ねぇ聞いて先生、私のいとこの娘のいとこの甥の息子の弟の子供がハイム君なんだって!!」

「それはもう家族ですね、よかったねハイム君」

「適当なこと言わないで下さいよ!!それもう赤の他人ですって!!」

「じゃあ、クロエさんはハイム君と二人っきりにしてあげましょうか、ローザさんとフェイさんは第2診療室までお越しいただいても?」

「あら、そうねぇ、せっかくだしねぇ、」

「先生の方が腕いいしね」

「本当、センセの方がうまいわよね」

クロエさんの手を引いて診察室に入る、少し冷たくて細い手にようやく慣れてきた。その細い手が痛むと訴える彼女は、物心ついたときからリンゴ農園でリンゴを育て続けている。その手は、長年の土づくりから収穫に至る過程でボロボロだった。どうしてこんなになるまで放っておいたのだと言ったら、それが私の仕事だからと笑われた。

枯渇した魔力を少しずつ少しずつ呼び戻す。消えない痛みに文句を言われながらも、彼女は変わらず来てくれる。



夢をあきらめた、私の日常は、それはそれで愛おしい。



遅刻の代償として、お昼よろしく!!とぽんと肩をたたかれた。

実質、当番制の昼食の買い出しを頼まれるだけなので、何のお咎めにもなってはいない。むしろ、好きなものを食べられるうえに気晴らしになるので喜ぶメンバーも多いくらいだ。

「この時間帯の大通りの匂いが最高だよね」

気晴らしなのかサボりなのか、飢えているのかわからないが、一つ上のジャン先輩がついてきてくれた。

「今日は、ゴルドの店の気分だったんだけど、なんか、トマトのパスタが食いたい」

ぶつぶつといいながら、率先して歩く彼は、私の意見を聞くこともなく、どんどんトマトと玉ねぎをどんどん買い込んでいった。荷物を持ってくれるのはうれしいが、もしかして、これ、作る流れになっているよね。いいですけど、作ってくれますよね。

「やば!新しい出店じゃん!」

急に走り出した先輩は、甘い香りのする出店に顔突っ込んでいる。私はもう追いかける気分にもならず、時計を眺めていた。


手の中にあるのは、小さな紙の箱。薄いピンク色の淡い色に青色の鳥が飛んでいる可愛らしい箱を崩さないように、胸元で抱いていると、バニラの甘い香りが鼻先をくすぐってくる。どこか幸せな気分になっているのが悔しいので先輩には言わなかった。

「なんか、来てる」

先輩が神妙な顔をして言うので、顔を上げた。

『グリーン魔法調整律所』と蛍光色の黄色で書かれた目が痛くなる看板の前にいるのは、スーツ姿の男性が数人。


その中で一人、私はすぐに目で追ってしまう人がいた。


「王都からきた魔法局の行政官サマだってさぁ」

半時ぐらいだろうか、応接室から出てきた二人が帰ると店長がこっそり隠れるように休憩室に滑り込んできた。ようやく昼食にありつける私よりも足を延ばして、ソファに寝転んできたので、私はそっと場所をつくった。

「いやぁ、イケメンだったわぁ」

「なんかカルパッチョのアヒージョとか食べてそうなイメージ」

「エリートの匂いがやばいっての!!」

金色の髪に緩くパーマをかけ、露出の多い服を着崩している女性が、我が店の店長だ。見た目は20代そこそこだが、実際のところは聞くのが怖くて誰も聞いたことがない。

はぁ、とか、へぇとかあいまいな返事をしながら、トマトの味しかしないのびきったパスタを口に放り込んでいく。

「そういえば、名刺もらったのよ、エリート君の」

ポケットから取り出した名刺は、金色の装飾が施された、それこそエリート君らしいものだった。

「…、アーク・グレンヴィル」

彼の名はアレクだと訂正すべきかもしれないが、知り合いだとばれたくなかったので黙っていた。

店長はその名刺を横から見たり、光にすかしたり、目を凝らしながら楽しそうに話し続けている。

「やっぱすごいね、魔法局。国中の英知が集まる場所だとは思っていたけど」

何のことかわからなかったが、サーシャ店長が何言っているのかわからないのはいつものことなので適当にうなずこうとした時、彼女はふぅっと、名刺に息を吹きかけた。


きらきら光る、金の鳥

パタパタと羽ばたく姿も飛んでいる鳥のようだ。

鳥はくるりと回ると、パンとはじけて粒子になった。


「はい、素敵ですね」


綺麗だ、と素直に思えた。

彼は時々こんな風に私を喜ばせてくれた。

彼への劣等感も、ライバル心も敵対心もあっさり消えてなくなる。


綺麗で、うれしくてどうしようもない。


終わった感情が、蘇ってしまう。

彼を想うだけで、心が満たされる。

終わった感情が、これが恋だったと教えてくれた。


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