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01

 梶は、家族と言うものに、失望していた。

 だからこそ、その先に「結婚」がちらつくような関係になることに、おびえていたのかもしれない。

 そう、もう、心が、悲鳴を上げない為に.........。





―まいった。-

―どうするんだ!-


昨日、飲みすぎて夜中に目を覚ますとのどの渇きを覚え、キッチンへ立とうとして、初めて気づいた。隣に、女が寝ている。そんなこと、何時もの事だ。何をいまさらと苦笑いをして、ベッドを下りる時、寝返りをしてきた女は、会社の同僚の麻衣だった。ああ、男と遊んだことなんかないような女だ。思わず、頭を掻きむしる。ずっと、こういう女には手を出さないように注意して来たのに。


―まいった。-

―どうするんだ!-


 たしか、昨日は大きなプロジェクトが終わり、その打ち上げだった。この一年、戦ってきたチームの一人だった麻衣には、深く感謝していた。彼女は有能だ。それでいて、みんながやりたがらないような面倒な仕事も、進んで黙々とこなしてくれた。残業も当然多くなっていたのに、プロジェクトが佳境に入ると、俺も自分のことで手一杯となってフォローしてやれずにいた。それでも、細かい気配りをチームのメンバーにしてくれるような麻衣を、これからも俺のチームに欲しいと思っていたけど、まさか、こんなことになるなんて!


―おれ、どうやって、誘った?-


 俺は、結構モテるほうだと思っていた。俺に声をかけくる女とは、当然、ヤルことやっていた。そして、そこそこ気に入れば、

「どう、一緒に暮らさないか?」

と、簡単に言ってしまうが、そいつらを恋人とは思わないような、男として最低な人間だと自覚していた。だって、別れる時いつだって言われてきたから。

「あなたって、最低!」

だからこそ、注意していたはずなんだ。こういう女には手を出さないように。


―まいった。-

―どうするんだ!-


 のろのろと、ベッドから抜け出して、冷蔵庫から取り出したペットボトルの水をごくっと飲んだ。リビングの窓からマンション群の夜景を眺めた。いくら一流企業のサラリーマンでも、そうそう手に入れることはできないだろうと言うこのマンションに、俺は住んでいる。

 会ったことのない親父の遺産だ。認知はされていたそうだ。だから、就職が決まった大学4年の秋、お袋に慌てて連れていかれて、初めて対面したのが親父の遺影の写真ってやつで、笑ってしまった。

 学生結婚だったお袋たちは、計画には無かった俺と言う子供の出現で、大学を諦めて、それでも、生活は苦しくて喧嘩が絶えなくなり、悲鳴を上げた親父は実家に戻ってしまった。結婚を反対していた親父の両親の決断は、お袋が子供を引き取ること。そうすれば、俺の大学卒業まで生活の面倒は見ると言うことだったらしい。

 お袋は、俺を育てながら大学へ復学して、卒業。その後は塾を経営しながら、親父の実家からの援助は辞退して、現在に至ると言うことだったのだが、俺に知らされていたことは、親父は、俺が生まれてすぐに死んでしまったと言う「うそ」だけだった。

 親父も大学に復学して、実家の会社を継ぎ、祖父母のお眼鏡にかなった良家の娘とめでたく結婚して、3人の子供に恵まれて幸せに暮らしていたんだとさ。おれは22歳にして、二人の弟と一人の妹の兄にされた。されたからと言って、本当の兄弟になったわけではない。歓迎されない者として、告別式で冷たく一瞥されただけだった。その後、親父の両親から渡されたのが、辞退した後もプールしていたと言う「金」と「実質手切れ金」を合わせての、大学生の俺には分不相応の大金だった。親父の両親の金ではあったけど、渡されたのはと言うよりも、手続きの話をされたのは、顧問弁護士で、一度も会うことなく、銀行の口座に金が振り込まれて、手切れとなったから、親父の両親は、俺の祖父母ではないことも、当たり前のことだが、すぐに実感した。


―貰っておくよ。重たいもんじゃない。簡単に消えてなくなる金だ―

 

 お袋は、受け取るなと怒っていたけど、関係ない。お袋だって俺に本当のことを伝えてくれていたわけじゃない。片親だと言うことで、どれだけ嫌な思いをしてきたと思っているんだよ。それでも、親父が死んでしまったから、お袋は、必死に一人で俺を育ててくれていると思ったから、耐えてきたんだ。それが、親父にしても、お袋にしても、どっちにしろ大人のエゴじゃないか。大人の都合じゃないか。無計画な男と女の犠牲になったのは、望まれずに生まれてきた子供だ。

俺は、付き合っていた彼女とも、その後、結局別れた。恋人も家族も、うんざりだった。だから、俺は重たそうな女は避けてきたのに。


 忘れようとしてきたことを思い出して、残り少なくなったペットボトルの水を飲み干すと、ただの水のはずなのにとても苦いものが口に残った。


―まいった。-

―どうするんだ!-


 その苦さを吐き出すように、大きく息を吐き寝室へ戻ると、麻衣が洋服を着て部屋を出ようとしているところだった。あっと、驚きながら

「じゃあ、帰るね。今日は、ありがとう」

と、言って、俺の横を通り過ぎて行こうとする。そのまま行かせてしまえば良かったのに、

「泊って行けよ」

と、思ってもいないことが口からでた。言ったそばから、後悔して舌打ちする。麻衣は、くすっと笑って、

「でも、このままじゃ、明日出勤できないから。じゃあね」

と、玄関へ向かう。俺は、少しほっとしながら、後ろ姿を見送った。


 次の日、俺は出社時間ギリギリに、部署へ向かった。麻衣とどういう顔で向き合えばいいか途方に暮れていたから、とりあえず朝はパスと、そそくさと机に向かった。

「珍しいですね。梶さんがギリギリに来るなんて。昨日は、結構飲んでましたもんね」

と、後輩の山根がニヤニヤしている。

「!」

もしかして、他のやつに「麻衣のお持ち帰り」を見られていたんだろうか? 切りのいいところで、山根を喫茶室に誘って、何気なく昨日のことを話題にしたが、麻衣のことは冷やかされもしなかったから、ほっと胸をなでおろした。


 そのまま、数日がたったけど、麻衣からは何も言ってこなかった。だったらこのまま終わらせればよかったのに、何も言ってこないことに俺はじりじりとしていた。仕事中、麻衣のことをぼんやりと見ることが増え、意外と同性に人気があることも、ムードメーカーで、後輩たちをやる気にさせていることも、そしてそんなときの笑顔もキーボードを打つ指がやけに色っぽいことも、初めて知った。

 何の変化もないまま、1か月が過ぎ、新しいプロジェクトが準備段階に入いり、企画会議が少し長引いて、たまたま麻衣と二人きりになっていた。俺はよせばいいと言う、もう一人の自分の制止を聞けず、麻衣に話しかけていた。

「今日、どう、家に来ないか」

麻衣は、少し目を泳がせて、一度目を伏せたまま、おずおずと言った。

「良いんですか?」

今までの女では想像もつかないようなことを聞いた瞬間、俺は麻衣の腕をつかんでいた。麻衣はハッとして、俺の手を振りほどいて、困ったように、言った。

「ここは、会社よ。どんな噂がたつか。だめよ」

俺は、それがうれしいのか、苦々しいのか、結局、強引に麻衣と手をつなぎ、マンションに向った。


そうやって、麻衣と俺との同棲生活が始まった。はずだ。






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