1-2 白銀のトラベラー
休憩時に突然現れた二人の旅人。
彼らに同行を願われたキャラバンはそれを了承し、共に目的の町『イーレム』へと向かうこととなる。
護衛ではなく、町に着くまでの協力関係、という形で話は落ち着いた。
当たり前だが報酬は出ない。
二人――フェンリットとシアのギルドカードが示す等級は【銅級】。
キャラバンの護衛を預かるパーティのリーダー、アマーリエの等級は【金級】。
つまり、ランク的に言えば二つ上である。
それらを理由に、この一時的な協力関係におけるリーダーはアマーリエが務めることとなった。
とは言ったものの、アマーリエとしては彼らを戦わせる気はなかった。
彼女率いる三人パーティは、自分たちならばキャラバンを守りきることが出来る、というつもりで依頼を受けている。
ここ周辺に出現する魔物の知識は頭に入っていた。
その上、この道は何度も通ったことがある。地形もある程度把握しているうえ、魔物が好んで集まるスポットも知っていた。
そこに、新人冒険者が二人増えたところで大差は感じない。
「なので、あなた方は戦わなくて結構です」
アマーリエが告げると、二人はキョトンと顔を見合わせた。
「確かに僕らはキャラバンの護衛を受けた訳ではありませんが、降りかかる火の粉は自分で払うつもりですよ。もしもアマーリエさん達と合流していなかったら、僕が相手をしていたでしょうから」
丁寧な口調で、しかしどことなく距離感を感じる声音でフェンリットが言った。
冒険者として遭遇した魔物とは戦うのが常という思考か。あるいは、出会ったときに言っていた金欠ゆえに、少しでも戦うことで魔結晶を欲しているのか。純粋に、守られているだけでは申し訳ないという思いか。
人として、冒険者として崇高な考えにアマーリエは好感を抱く。
しかし、今回ばかりは邪魔なものだった。
「率直に言いますが、いざとなった時、お二人を守りながら戦えるかは分かりません。ましてや、あなた方は【銅級】冒険者……実績のない立場です。背中を預けるには、少々頼りない」
「あー」
アマーリエの言葉に、フェンリットは頬をポリポリと掻く。
苦々しい表情から、あまりいい気分ではないでしょう、と彼女は推測する。
だが、こと命のかかった問題なだけに、アマーリエも譲りはしなかった。
「私の等級は【金級】、あなたより上です。ということで一つ、ここは私の話を聞き入れてくれませんか?」
するとフェンリットは苦笑しながら言う。
「必要そうになったら僕も戦いますから」
「はい。その時はよろしくお願いします」
――無論、あなたの出番が来ることはないよう努めますが。
心の中でそう付け加えて、アマーリエは彼らに背を向ける。
背後から声が聞こえてきた。
「よかったんですか? 全部任せる、というのは申し訳ない気もしますが」
「まあ、今はありがたく休ませてもらおう。必要になれば戦うだけだよ」
「私の出番が来る程のことはなさそうなので、私はゆっくりしてますねー」
「とか言いながら荷台の後ろに寝るあたり、相当ゆっくりするつもりだなお前?」
二人の会話を後ろ耳に聞きながら、アマーリエは仲間内で決めた持ち場へとつく。
結果から言えばその日、フェンリットの出番が来ることはなかった。
アマーリエは【金級】なだけあって、否、【金級】以上の実力を見せ、近寄る魔物を駆逐していったからだ。
道行は順調で、特に何事もなくキャラバンは進んでいく。
あっという間に夜営の時間となっていた。
「念のため確認しますが、お二人は十分な夜営道具は持っていますか?」
夜営場所にあった大きな石に腰掛けて休む二人へ、アマーリエは問いかけた。
「問題ありません。必要な道具は、一応すべてバッグパックに入っています」
「それならよかった」
背負うバッグパックを指さして言うフェンリットに、彼女は頷き返す。
「もしも何か必要なものがあれば言ってください。応じることができるかもしれません」
「どうもありがとうございます。では、何かあれば頼らせて貰いますね」
「――さっそく姉御肌見せてるわねー、アマーリエ」
アマーリエの背後から迫り、声をかけてきたのは仲間のアリザだった。
その傍らにはリーネの姿もある。
「姉御肌って……私は彼らに不足があっては困ると思って」
「そーれが姉御肌だって言ってんのよー。仮にも今日出会ったばかりの相手よ? 二人の目の前で言うのもなんだけど、いきなり親切にし過ぎじゃない?」
アリザの言葉の通りだった。
アマーリエの中ではすでに、手助けするべき後輩冒険者として二人の認識が出来上がっている。
リーネは後ろからアマーリエの両肩に手を置き、彼女の頬元へ自分の顔を寄せながら言った。
「アマーリエは世話焼きというか面倒見がいいというか、真面目ちゃんだからねぇ」
「もう、近いですよリーネ」
そんな姦しいやり取りを目前に、フェンリットとシアは圧倒されるばかりだった。
予定通りに進んでいる。
オーナーの采配は正しく、護衛を一つのパーティに収めた移動は順調だった。
現れる魔物は、アマーリエとアリザ、そしてリーネの三人が卒なく倒していく。
途中で合流した二人の新人冒険者は、実質ただ着いて来ているだけ。護衛対象と同じような扱いを受けていた。
とはいえそれで上手くいっている上、アマーリエが決めた事なので誰も何も言わない。
問題なく進んでいるため、そもそも不満も生まれない。
夕暮れ時、空の色に薄っすらと朱が差してきた頃。
山道は終わりに近づいている。この山を下りきればその麓で一夜を明かし、翌日にはイーレムの町に着く。
あと少しで依頼は完了。キャラバンを、そしてフェンリットとシアを無事にイーレムに送り届けることができる。
残り少しの旅路に気合を入れなおしたアマーリエは、瞬間、視界の端で何かが光るのを見た。
「……ッ⁉」
飛来。
アマーリエの眉間目掛けて飛んできたのは、魔術で出来た"矢"だった。
緑色に輝く、風属性魔術の攻撃。それを捕捉していた彼女は紙一重で首を倒して回避する。
続けて叫んだ。
「敵襲‼」
その声にキャラバン全体に緊張感が走った。御者が慌てずに地竜を止めて荷台の中へと隠れる。
他の人々も接敵には慣れているのか、騒ぎ出すことはなかった。
アマーリエの、次の言葉を聞くまでは。
「敵はおそらく人間です! 魔術の矢を放ってきました」
にわかなざわめきが生まれる中、アマーリエの言葉を肯定するように次々と現れる人影。
ぼろ布のような衣服の上に簡素な皮鎧を付けた、不衛生な格好の男たち。手に持つのはシンプルなショートソード。
「――賊か‼」
魔術の矢による不意打ちは失敗したものの、大勢の賊の出現は、アマーリエらに二の足を踏ませるには十分だった。
側面から接近してきた男の剣を、同じく剣で受け止めたアマーリエは、刀身で滑らすように攻撃をいなして開いた胸元に蹴りを突き込む。
視線を動かせば、同じく前衛を務めていたアリザも何人かの賊に詰め寄られていた。
個の強さは大したことがなさそうだ。一対一の戦いならば容易だがしかし、囲まれればそうもいかない。
「リーネ!!」
分が悪いと判断するのと同時、アマーリエが名を叫んで大きく後ろに下がった。ワンテンポ遅れて、アリザも同じく後退する。
「――水撃の槍」
術韻詠唱。後方で援護のための術式を既に演算していたリーネが、それを解き放つ。
宙に浮かんだ青色の魔法陣から、攻撃性を持つ魔法の水で出来た槍が射出された。それはアマーリエとアリザに襲い掛かった男たちの中心へ突き刺さり、土砂を撒き散らす。
直撃した一人と、すぐ傍にいた男が大きく吹き飛ぶが、被害の少なかった者たちは慌てるように後ろへと下がったいった。
「リーネ、敵が多いので次は"弾"系で――」
「待ってアマーリエ! 魔術が……術式が上手く構築できない!!」
焦るリーネの声に眉をひそめたアマーリエだが、異変はすぐに気が付いた。
ここら一帯に何らかの干渉がされている。それこそ、リーネの言う通り魔術を阻害するような何かが。
「おいお前ら、後ろの剣士と魔術師をやれ。リーダーは俺が相手をする」
現れたのは、巨大な戦斧を持った大男だった。その風貌、雰囲気、そして威圧から、この山賊達の親玉だということが容易に理解できる。
それほどまでに、周りの男どもと比べて屈強だったのだ。
「いいか、女はくれぐれも殺すなよ? お前らの楽しみが減るだけだからな」
アマーリエは冷や汗を垂らした。
視界の外からアリザの叫び声が聞こえてくる。
「どうしてこんなところに山賊が……聞いてないわよ!!」
「ギルドに情報が出回っていなかったということは、ここに来たのはつい最近ということになりますね」
アマーリエが静かな声でアリザに返す。
彼女の頭は今の状況を冷静に分析していた。
大男との実力差はおおよそ五分。単純なる決闘だったとすれば、まだ勝機はあった。
しかし彼女には守るものがある。アリザ、リーネ、キャラバンの人々や積み荷、そして二人の新人冒険者。多くのものがアマーリエの背に寄り掛かっている。
「ごめん二人とも……わた、私……」
「落ち着いてリーネ。焦ることはない。無理して魔術の暴発するのだけは気を付けて」
リーネの様子に歯噛みする。
アリザは機能するが、やはりリーネは何らかの原因で魔術がうまく使えないらしい。戦力として数えるのは難しかった。
山賊たちも、わざわざ正々堂々真っ向勝負などしてこないだろう。
それを加味して、今の状況があまりにも不利であることを悟っていた。
(ああ――)
自分たちのことを考えれば、ここで逃げ出すのが得策なのは分かっている。
アマーリエら三人は全員が若い女である。見た目も悪くなく、むしろ綺麗な方でもある。山賊の男たちにとって恰好の獲物だ。
多勢に無勢。いずれは人数の差に押し負ける。
きっとこの戦いに敗れた末には、三人ともども慰み者にされる。いや、三人では済まない。そこに合流したシアも含まれるだろう。
そんな未来と隣り合わせ。
だが。
(――ここで逃げ出すのは、私の理念に反する)
キャラバンの人達はそのほとんどが男だ。
きっと彼らは殺される。
積み荷も失い、荷物も失い、彼らに残るものは何一つない。
悲惨な未来を見て見ぬふりして逃げ出す、なんてマネは出来なかった。
ここは死線。
敵を全滅し、誰も何も失うことなく勝てる勝率はごく僅か。
負ければ地獄。
最悪の場合は、舌を噛み千切ることにもなるだろう。
「征きます」
膝を曲げ、剣を構え、決意とともに駆け出す。
その直前。
「ぎゃァァァああああああああああああ!!⁉⁇」
断末魔のような悲鳴が、アマーリエの正面――その向こうから聞こえてきた。
その声に誰もが動きを止める。
山賊たちは、聞き覚えのある声音に眉を顰め。
アマーリエは、悲鳴の方角が"魔術の矢"が飛んできた方向と気づき、敵が魔物にでも襲われたかと思考する。
キャラバンの人々は、この状況に目を背け、荷台の中でうずくまるばかり。
緊迫した場に一瞬の停滞が生まれる中、アマーリエは再び、視線の先で光るものを見た。
最初に避けた魔術の矢と同じ位置、同じ光だ。再び狙われたと思い、大きく動いて回避行動を取ったが……、
その攻撃は、アマーリエを狙ったものではなかった。
彼女の仲間、あるいはキャラバンの人間たち、また地竜を狙ったものでもない。
「ァがぁッ!?」
輝く緑の矢は、山賊の男の肩甲骨のあたりに深々と突き刺さった。
「チッ、どうなってやがる⁉」
山賊の頭領が叫ぶ。
焦りようから察するに、この"魔術の矢"は仲間の攻撃に類似しているのだろう。それが何故、見方を撃っているのか。そもそも仲間は無事なのか。あの悲鳴はいったい何だったのか。
魔物に襲われたのだとしたら、苦し紛れに放った一撃が運悪く逸れて見方に当たった?
何はともあれ、山賊が浮足立っている今がチャンスなのは間違いがない。
「アリザ!!」
「わかってる!!」
呼び掛けに応じたアリザと共に、アマーリエは動き出す。
狙いは下っ端の男たち。真っ向から頭領の相手をするくらいならば、すぐに削れそうな雑兵を先に落とす方がいい。
「この野郎!!」
頭領はそんな二人に舌打ちしながら、戦斧を構えて乱入しようとするが――唐突に身を竦ませた。
それを見ていたアマーリエは何事かと思考し、そして気が付く。
頭領の向こうから、彼に向けて威圧感を放つ存在があることに。
魔物や魔王などの類ではない。これは間違いなく、人間のものだった。
「山賊にしてはやたらと用意周到ですが」
アマーリエにとって、聞き覚えのある声だった。丁寧な口調ながら、どことなく距離を感じるような冷たさを持つ声だった。
「こういうの、どこで手に入れたんですか?」
現れたのは小柄な男。黒いコートに身を包み、白銀の髪を風で揺らしながら、手に持つクロスボウを弄ぶ。しかしエメラルドのような碧色の瞳は、しっかりと戦場を見据えていた。
男は――途中で合流した【銅級】冒険者のフェンリットは言う。
「必要そうなので僕も戦いますね、アマーリエさん」