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伊19と僕とタミヤ先輩


「さて、プラモデルを作りましょうか」


 放課後の部室の中、タミヤ先輩の軽やかな声が響く。


 相変わらず僕とタミヤ先輩しかいない部室にはほんのりと塗料の香りが漂っているけれど、誰か塗装でもしていたのだろうか。


「とはいえ、その前に。お気に入りは見つかったかしら」


 タミヤ先輩は椅子に座りペットボトルに入ったお茶に口をつけた。

 そう、今日はタミヤ先輩がプラモデルを用意したわけではないのだ。とあるプラモデルのジャンルの中から好きなモノを選びなさい。

 今回の部活はそういう趣向だ。


 そのジャンルとは船。船舶、もしくは戦艦とでもいえばいいだろうか。車やバイクに比べて日常的には縁の無いもので、興味はあってもなかなか手が出なかったのだけれど、そんな話をタミヤ先輩にしたところ、とあるゲームを進められた。


 艦隊これくしょん、いわゆる、艦これというヤツだ。


 かれこれ五年ほど前から人気のブラウザゲームは擬人化された戦艦を率いて、戦い、育てるゲームなのだが。これをやればやるほど自然と実際の船に興味を持ってしまうのだ。

 船の名前を自然と覚えてしまうのは、桃太郎電鉄をやっている間に自然と特産品を覚えてしまう事と似ているかもしれない。


 そして僕は、かずある船の中からとあるモノを選び、ここに持ってきた。


「本当は大きいのがあればそっちが良かったんですけど」


 鞄の中から長細い箱を取り出す。


「日本海軍戦艦、伊19……」


 タミヤ先輩は僕が取り出したAOSHIMAから発売されている1/700スケールのキットを見た後に、僕をなんとも残念そうな目で見つめた。


「な、なんですか」

「いえ、別に。ただ、そうね、可愛がっている後輩の性癖の一端を覗き見てしまったようで残念な気分になっただけよ。もちろん、潜水艦単体としてソレを選んだことには一切の不満はないわ」

「…………」


 うん。我ながら、もう少し一般的な、金剛や榛名といった戦艦を買ってくればよかったと思う。

 けれど、それでも伊19を買ってしまった僕をいったい誰が攻めることができようか。


「良いじゃないですか。ジャイアントキリングできる上に、燃費も良くて」

「本当は?」

「……二つの、ふくらみ」

「将来子供がエッチな本をベッドの下に隠しているのを見つけたらこんな気分になるのかしら」


 とか言いながら、先輩は棚から工具を取り出し始めた。どうやら僕をからかうのに飽きたらしい。


「とまあ、冗談はこれくらいにしておいて始めましょうか」

「あれ、先輩は今日は作らないんですか?」

「ええ。さっきまで塗装していてね、乾燥中なの」

「なるほど」


 タミヤ先輩は最近一年戦争のキットを作る事にはまっており、おそらくジムでも量産しているのだろう。


「そういえばバンダイくんはロボット以外のプラモデルを作った事があったかしら」

「無いです。一応、それなりに調べたんですけど、どうも敷居が高く感じて」

「確かに、その気持ちはわかるわ。だからこそ、艦これだったりガルパンというのは知らない世界に手を伸ばす良いきっかけになるのよね」

「ですね。ガルパンの戦闘機版とか出来ないかと思う時があります」

「音速に耐えうる肉体を持った女子高生、恐ろしいわ」


 そんな馬鹿な事を話ながら、伊19の箱を開く。

 箱の軽さから予想はしていたけれど、ランナーの数は少ない。計、六つくらいか。……ん?


「これ、同じパーツが入ってますね」

「そういうのもあるわね。私も何故なのかは知らないけれど、ガンプラのボールみたいなものだと思っているわ。一つのキットで二隻作れるのがお得ととるか、どうとるかは人によるけれど」

「ふーん、そういうものなんですね」

「あと、みればわかるけど単色でしょう。塗装前提というか、良くも悪くも組み立てから塗装までして完成というのが、戦艦や戦闘機、それに戦車といったプラモデルの特徴かしらね。私みたいに基本的に塗装をする人間にとってはこういう単色の方が有難かったりもするのだけど。初心者に敬遠される理由の一つでもあるというのもわかるわ」


 確かに、ガンプラのようなカラフルなランナーに慣れていると違和感があるかもしれない。

 とはいえ、タミヤ先輩がいれば何とかなるだろう。


 ランナーを袋から取り出し机の上に並べる。説明書をざっと見る限り、一隻作るのにさほど時間はかからなそうだ。灰色一色のパーツは、確かに塗装しないと見栄えが良くないかもしれない。


 そんな風に思いながら説明書の通りにパーツを切り取り始める。

 なるほど、構造的には簡単だ。

 戦艦のキットには詳しくないが、それでもこの伊19は作りやすいキットなのかもしれない。

 

「よく見ると細かいモールドがはいってますね。……ん。……、先輩、これどうやってパーツ付けるんですか」


 ガンプラのような、差し込んでくっつける、と言った事が出来ない。


「それはもちろん、接着材よ。いわゆるスナップフィットというのはロボット独特のものともいえるかもしれないわ。もっとも、最近のものであれば、それなりに組み立てやすく、スナップフィットが一部採用されているキットもあるけれど……あ、大破した」


 先輩はスマホをポチポチしながら僕をちらりと見た。聞こえてくる音からして艦これをやってるな、この人。


「まあ、合わせ目消しを出来るバンダイ君なら出来ると思うわ。綺麗にパーツを合わせて、接着剤で固定する。場所によって普通のタミヤセメントと流し込みタイプを使い分けてみなさい」


 ……これは、パーツ数のわりには時間がかかりそうだ。


 潜水艦の上半分を組み立て始める。大きなパーツは四つ。ひとまず、パーツがどのように組みあがるのかを確かめる。

 パーツの精度は甲板の所が少し空くところ以外は良好で、ずれないように慎重に接着すれば綺麗に出来そうだ。

 面の大きい所にタミヤセメントを少し付け、パーツを仮止めして、全てのパーツが合うのを確認した後に、流し込みタイプのタミヤセメントできっちりとパーツ同士を密着させる。


「ちなみに。その大きさのモノはくっ付ける前に塗装した方が楽だったりするわ」

「先に言ってください!」

「別にいいでしょう。どうせもう一つ作れるのだから」

「あ、確かに」

「それに、バンダイくんも私と同じでとりあえず組み立てたいタイプでしょ。試作がてら先に作ってみたら?」


 僕は改めて伊19の箱絵をみる。大きく分けて三色。そして艦載機も約三色。

 ……艦載機?


「伊19って水雷以外装備できるんですね」

「正確にいうと搭載機ね。いわゆる潜水空母。イクちゃんを『改』に出来れば装備できたと思うわ」

「へえ、育てよ。……と、いうか。これ、この大きさを塗り分けるのってエアブラシでも筆でも大変そうですね」

「木甲板部分ね。まあ、そうやって組み立てながらどう塗装するか考えるのは良いと思うわ」


 ……塗分け大変そうな木甲板、接着してしまいましたけどね。

 

 仕方ない、ここはどうにか筆で頑張ってみよう。それなりに手先は器用なはずだ。

 塗装の事を考えながら細かいパーツを切り分け、丁寧にゲート処理を施す。


「……ちっちゃいなぁ。折りそうで怖い」

「パッケージと比べたらソレでも随分と太いのだけどね。これは私の体験談だけれど、小さくて折ってしまうまではまだどうにかなるのよ。接着すれば良いだけだからね」

「というと?」

「その折れた細かいパーツが床に転がってしまった時、人は絶望するのよ」

「……うわぁ」


 この小さいパーツ、床に落ちたらランナーの欠片と区別つかなそうだ。


「そういう小さいパーツは、指で掴むか、ピンセットで掴むかは人それぞれだけれど。とりあえずは小さな箱の中で処理すると良いかもね。何ならティッシュ箱の空き箱でも良いと思うわ」

「緊張します……」


 ひとまず、ヤスリとデザインナイフで慎重に処理を施しパーツを並べていく。

 そして、接着だ。

 試しに何もつけない状態でパーツの接地面を確かめると、この大きさでしっかりと角度が付くようになっているらしい。……しかし、最終的には自分で接着の角度を決めなければならなそうだ。


 小さなパーツをピンセットで掴み、タミヤセメントの筆部分に少しだけつける。

 そして接着。

 若しくは、パーツを差し込んだ後に、流し込みタイプのタミヤセメントで、接着。


 これは、ガンプラでは味わえない緊張感だ。


「……何だかんだ失敗はしないのよね。バンダイくん」

「先輩の教育のお陰です。……でも、なんというか難しいですね、これ」


 難しい。これはプラモデルを作るうえで初めて思う事だった。けれども、それと同時に上手くパーツ同士を接着する事ができると満足感がある。


「1/700スケール、これって物凄い小ささよね。ウィキペディアで調べたら、その伊19って約百メートルあるのだけれど、それが手のひらサイズだもの」

「ちょっと太めのボールペンみたいな大きさですもんね、これ」

「そして1/350に手を出してしまうのよ」

「あー、わかるなぁ。でも、お店で売ってる1/350の戦艦の箱、凄い大きさですよね」

「実際のサイズがサイズだもの。金剛とかでも伊19の二倍の全長、幅も三倍、同じスケールだからこそ実物の大きさが想像出来るのは面白いところだけれど」


 金剛か。僕は榛名の方が好きだな。


 ひとまず潜水艦の上半分を組み立て、下半分に移る。

 大きいパーツは特に何の問題も無く接着し……、これは、プロペラ? だろうか。そのパーツを切り取る。


「……これは、……なんだ」


 どうつければ良いんだ。

 チラリとタミヤ先輩を視れば、柔らかい笑みを浮かべ、スマホに視線を移した。どうやら自分でやってみなさいという事らしい。


 スクリュープロペラを構成するパーツは三つ。そして、舵、なのかな。呼称がよくわからない、あとで調べてみよう。


 それらのパーツを組み合わせ、どういう風な形になるのか確かめる。

 この作業は重要だ。スナップフィットで分かりやすく完成形が見えない分、しっかり確認する必要がある。


 小さなパーツを持つ手が震えるので、机を利用して腕を個定する。そして、ピンセットでパーツを持ち、接着。さらに、接着。


「……なるほど、細かいけど、よく出来てる」


 いざ全てのパーツをつけてみれば、一つ一つのパーツの意味が良く分かる。


 そして。


 上半分、下半分を接着させる。


 微妙に合わない部分は……、これは鉄やすりでならしておけばよかったなぁ。

 ともあれ、なかば強引に端からくっつけていく。


「……よし、出来た」


 スタンドの上に、伊19、イクちゃんを乗せる。


「感想はあるかしら」

「パーツ数のわりに、苦戦しましたけど、その分達成感があります……けど」

「けど?」

「色塗らないと締まらないっすね」



 結局、その後、筆でダークグレイ、木甲板色、そして赤とダークグレイを混ぜた色をそれぞれに塗り分けた。

 小ささのあまり、色が少しはみ出たが……。

 ひとまず、僕の初めての戦艦、というより潜艦。潜水艦伊19が完成した。



「お疲れ様。初めてにしては綺麗に出来たわね」

「んー、自分では何というか、少し物足りないですね。キットのボリュームとか、完成度とか」


 正直なところ、満足は出来なかった。けれど、不思議な事にまた作りたいというモチベーションは沸いてきている。


「ふふ、そこからさらに自分なりに手を加えていくのも楽しみ方の一つよ」


 そんな事を思っていると、タミヤ先輩は立ち上がり、カバンを手に取った。


「先輩?」

「ほら、釣具屋さんに行くわよ」

「釣り具?」


 僕の疑問にタミヤ先輩は伊19のパッケージを指さした。指先には糸の様な線が潜水艦の上に伸びている。


「とりあえず、細い釣り糸を買って船の空中線でも付け足してみたら、良くなると思わない?」

「……おお、確かに」


 すると、タミヤ先輩は穏やかに笑みを浮かべる。

 模型製作、なかなかどうして奥が深い。

 提供されたものに、さらに自分で手を加えるのか。……それは、なんとも手がかかり、面倒な自己満足だけれど。


 けれど。


「どうかした?」

「いえ、なんでもありません。それじゃあ行きましょうか」


 

 ―――――この先輩となら、楽しく続けていけそうだ。





                            潜水艦伊19編、完。



 今更艦これを始めて、プラモを衝動買いし、艦これがメンテ中だったのでプラモを製作し小説を書いた次第。まさか船のプラモに手をだす日が来るとは思わなんだ。


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