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不治の病

挿絵(By みてみん)


 玲音の刀が空を切る。紙一重で忍が避けた。玲音は聴覚も、五感に痛痒を感じることなく立っている。忍の技など無きに等しいかのように。そうだろうと推測していたものの、己の技に他の誰より自信を持つ忍には、愉快とは言えない状況であり、屈辱も手伝い、整った顔が雪のように白くなり、唇を噛んだ。


「神楽菫!」


 結界と技を同時に解き、暁斎と交戦中の菫を呼ばわる。菫は心得たように、暁斎に刺突を繰り出すと、その直後、玲音の前に立ち、代わって忍が暁斎の前に立った。玲音が眉をひそめる。


「玲音!」


 駆けつけたのは手に紫苑の花を携えた樹利亜と虎鉄だけだった。遙の姿はない。


「精霊が宿る。魔魅は陥る。俗世現世の流れ。煉獄真紅」

「唐紅に獅子の闊歩す。赤秀峰」


 赤く鋭利なレイピアと、ほぼ黒に見える厚みのある赤い刀が顕現する。

 樹利亜に華絵が、虎鉄に駿が対峙した。


「遙はどうした」

「出かけてるわ。真紗女もね」


 樹利亜の答えに、玲音が一考する顔を見せるが、それを長く留められる余裕はない。銀月の刃が彼を襲う。汚濁の霊刀で受け、摺り流す。足払いを掛けるも、菫は軽い跳躍でこれをかわし、玲音に肉迫する。


「銀に弱いそうだな」

「否定はしないよ」


 金属音が奏でられる。銀月と汚濁の霊刀との打ち合い。


「煉獄真紅。爆中心」


 華絵の中で炎が爆ぜるような衝撃があり、彼女は床にくずおれた。咄嗟に結界を張ったが間に合わない。またその結界も、菫の傘下対手程、強固ではない。


「……乱朱。林立波状」


 苦しい息の下から呪言を紡ぎ出す。赤い倒木が雪崩打って樹利亜に襲い掛かる。樹利亜のレイピアもこれには敵わない。ひたすら避け続ける。倒木の一本が彼女の背をしたたかに打ち、樹利亜もまた床に蹲った。衝撃を遣り過ごす。



「赤秀峰。混沌烈火」


 虎鉄の赤秀峰が生んだ紅蓮の炎を、黒白が瞬時に喰らう。虎鉄が顔を歪める。化け物め、と胸中で罵りながら。口に出さないのは駿を慮ってだ。虎鉄はまだ、駿の獲得を目論んでいた。


「赤秀峰。死屍僥倖」


 巨大な杭が出現し、駿目掛けてまっしぐらに打ち出される。駿は動じない。


「喰らえ。黒白」


 黒白は嬉々として、巨大な杭をも喰らった。刀身が著しく膨張し、杭を取り込む。その直後の隙を突き、虎鉄が赤秀峰で駿に迫る。打ち合わされる刃と刃。


「俺が一番、割を食う役回りな気がするんだがな」

「なら、戦線離脱すれば良い。あんたの可愛い霊刀も、喰われたくないだろ?」


 打ち込み、避け、刃同士を噛み合わせ、力押しになったところで二人共、一旦、離れる。


「……どうして喰らわない?」

「気が進まねえ」

「言ってる場合じゃないだろうに。それともこっちに来るか?」

「それはない」

「言った筈だ。もう一度、誘うと」

「俺も言った筈だ。無駄足になると」


 再び、上段と下段から刀同士がぶつかり合う。駿の肩の肉を赤秀峰が浅く抉り、虎鉄の頬を黒白が掠めた。


「銀月。月下銀光」


 菫の唱えた呪言に、銀の串が玲音、暁斎、樹利亜、虎鉄目掛けて降り注いだ。広範囲にも使える銀の凶器に、攻撃を受けた玲音たちが或いは串で負傷し、或いはこれを辛うじて避ける。

 月光姫の名の通り、この場に真実、君臨するのは菫であった。

 透徹とした眼差しで、桜のような唇がささやかに動く。

 致死の宣告。


「銀月。斬」


 月光の刃が、玲音たちを切り裂く。教会内は血臭に満ちた。即死する者がいなかったのは、菫に僅かな心の迷いがあった為か、広範囲で技を使った為か。

 恐らく前者だろうと、自らも傷を受けた右腕を押さえながら暁斎は思う。この傷だけで済んだことこそ、幸運と言って然るべきだ。

 忍は暁斎を結界に囲い込み、更に追い打ちを掛けた。この男は危険だ。ここで殺しておかなくては後々、災いとなる。


「玉水宴。腐花瓔珞」


 爛熟した果実と花々が降ってくる。匂いと気配から暁斎はそうと察した。甘さが極まり腐臭を放つような空間。暁斎は見えない目でこれらを避け、斬り払った。しかし右腕が出血で痺れてきている。これではいつまで凌げるか解らない。腐り落ちるのはご免だ。死ぬことはまだ出来ない。今はその時ではない。

 忍の子守唄が聴こえて、暁斎は少し可笑しくなる。これではまるで鎮魂歌だ。事実、その意味合いもあるのだろう。彼女の子守唄に安らぎ、目を閉ざして腐った花や実に触れたが最後、二度と目覚めは訪れない。


「銀滴主。雨霰。驟雨」

「銀月。傘下対手」


 菫の声と気配に、暁斎は微苦笑する。結界に侵入し、忍を庇うか。しかし銀月の傘下対手は、暁斎の周囲にも発動された。菫は忍を銀滴の毒から守り、暁斎を果実の腐乱から守っているのだ。子守唄が止む。


「仕合に手出しは無粋の極みだぞ。神楽菫」

「私は貴方がたのどちらも死なせたくない」

「温い。そこの男は貴殿を殺そうとしたのだぞ。どうしても暁斎を恋うるゆえ、殺せぬとあらば私が代わりに手を下してやろう程に」

「ならば貴方のお相手を私が務める」

「ほう?」

「貴方には私が必要だろう。これからも玲音を相手にするなら。私を損なうことは、貴方の利とはならない筈だ」


 忍が哄笑した。腐乱した花や果実に満ちた空間で、どこか歪な笑い声は似つかわしく響き渡った。


「これが百瀬の言う駆け引きとやらか。要は舌先三寸ではないか。神楽菫。貴殿はそんな些細な保証を根拠に、私が貴殿を殺さぬと思っているのか」


 すい、と忍が振袖から出た白い手を動かすと、爛熟の果実の数が倍加した。再び白い手を動かす。まるで死を招くように。更に倍加する。今や空間内は爛熟の物に埋め尽くされ、天までうず高く積もる勢いだった。傘下対手が保てる容量を超える程に。

 菫の真上に落下する大輪の花、今や朽ち果てて元の姿も定かではない赤茶色の花は、傘下対手を摺り抜けた。菫に花が触れる直前、暁斎が彼女を突き飛ばし、銀滴主で花を両断する。寸毫でも身動きを誤れば腐乱した果実に触れる危険性のある空間内で、暁斎は滑らかに、且つ神速の動きで降り掛かる爛熟を斬って捨てていた。攻撃は最大の防御と言うが、こうでもしなければ自らが腐り落ちるのを待つばかりなのである。最善の手段は術者である忍を殺すこと。だが忍は腐乱した果実の山々に隠れ、暁斎の感覚で以てさえ、その居場所を掴むことが出来ない。まずこの腐臭の中では嗅覚が利かなくなる。それは暁斎に致命的な状態だった。


「銀月。月下銀光」


 果実に負けない無数の銀の串が、腐乱を次々に射抜き消滅させていく。それでも尚、押し寄せる爛熟。爛熟の極みが、月下銀光さえも上回ろうとしていた。菫が暁斎を庇うように彼の前に立っていることを、暁斎は知覚していた。まだ彼女は若い。潜在能力は凄まじいものがあるが、それを全て出し切れていない。老練な忍の術に対抗するには相応の経験と年月が要る。或いは若さゆえに爆発的に開花する時も来るのかもしれないが。


「銀月。網の目崩し」

「銀滴主。雨霰。驟雨」


 腐乱の山に隠れていた忍の玉水宴に光りの網が纏わりつく。そして銀滴が注ぐ。菫の放った技は特定の人物の元に必ず届くものであり、暁斎はその軌道を辿り、銀滴を放った。爛熟の豪雨が止む。忍が咽喉を押さえて倒れ伏した。




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