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オセロゲーム




挿絵(By みてみん)





 汚濁を滅するのが隠師の役割とすれば、属する社の信仰普及と参拝勧誘に勤めるのが御師の役割。裏と表として、両者は歴史の中を泳ぎ抜いてきた。公式の制度としては明治に廃止され、今では絶えたと思われる御師の家系、またその役割だが、その業界の者であれば、未だ御師が健在であると知る。中世、動乱の世においては戦国武将より祈祷依頼、戦勝祈願を請け負っていた御師の、顧客が現在では政治家となっただけである。祈祷依頼は無論のこと、選挙における戦勝祈願では御師は重宝されている。当然、御師はその性質上、政治家・官僚と密接に関与し、国の中枢にも喰い込んでいた。そして御師と隠師は互いに不干渉を貫きながら、時に繋がり、融通を図ることもまた、影では周知の事実だった。小池静馬の家も代々御師の家柄であり、静馬の両親、そして静馬の兄も姉も御師として活動している。そして彼らを統率するのが、老いて尚、健在の静馬の祖父・小池(こいけ)嘉治(よしはる)だった。


 水色の、腰まで届く長い髪を高い位置で結んだ少女が、つる薔薇、と名付けられた香川の職人が作った手毬を弄んでいる。赤い地の豪奢な白牡丹柄の振袖を着て、縁側に腰掛け、空よりも濃い蒼の双眸を勝ち誇るように見開いて。


挿絵(By みてみん)


「黒白、隠し切るは難しきことと」

「静馬が左様に申したか、嘉治」

「はい」


 古風に時代がかった物言いをする少女に、嘉治は傅くように答える。それが彼らの力関係を如実に表わしていた。少女は見た目そのままの年齢ではなく、重ねた齢は嘉治を超える。そしてその異相は、彼女の隠師としての能力の強さを物語っていた。


「百瀬は息災か」

「は、」

「霊能特務課の、百瀬だ」

「――――しかとは存じませぬが、息災でありましょう。特務課長に異変あらば、知られずに済ますことございませぬ」

「左様か。逢いたいものだ」


 この、一見して少女と見える女性・千羽(せんば)(しのぶ)は長年の知己を想うように、蒼い双眸を細く和ませた。鋭さをも秘めた、蒼だった。


「村崎駿を殺すかな」


 ぽつりと落ちた呟きに、嘉治が慎重に応じる。


「それこそ百瀬課長が黙っておりませんでしょう。……バイオレット、神楽京史郎、安野暁斎らも、恐らくは」

「幾重にも守られた男か。まるで(ひめ)御前(ごぜ)だな」


 ぽーんと高く、手毬を放り投げる。その毬は、落ちてくる前に瞬きの間に二つに裂けた。美しいものも、いずれは散らねばならないのが世の常だ。そうであれば、おぞましい力持つ霊刀の主を、散らさでおくのは自然の理に反するのではないか?

 それが、忍の考え方だった。

 例えこの現世が、黒と白の入り混じる世であったとしても、黒はどこまで行っても黒なのだから。寸毫でもその要素を孕むものは滅するべきなのだ。



「ああ、また負けた」

「好い加減、諦めたらどうだ、村崎」

「嫌だ! 目の見えない暁斎さん相手にオセロで負け続けるだなんて、俺のプライドが許さないっ」

「なあ、大人って暇なのか?」


 研究室が賑わっているのは、駿が暁斎とオセロをして遊んでいるからだ。そして、負け続けている。最初は一回だけの勝負の約束であったものを、負ける度に駿が再度の勝負を申し込み、暁斎が付き合いよく受けて立っているのだ。事の成り行きを鑑みれば、興吾が呈した疑問も最もなことだった。


「大体、どうして黒と白の違いが判るんですか。盤面の様子だって見えてない筈なのに、ゲームが出来ること自体おかしいっ。暁斎さん、本当は見えてるでしょう見えてるんでしょう!?」


 連敗の悔しさも手伝い、駿が見苦しく喚く。


「見えてません。黒と白の違いは手触りで判ります。盤面の情勢は、頭ん中でイメージ出来ます」

「どういう頭脳してるんですか……」


 最初は暁斎と興吾の勝負だった。それで惜敗した興吾を見て、自分もやると言い出した駿が、惜敗どころか惨敗を喫しているのだから恰好がつかない。試しに興吾とやってみると、興吾にさえ負けた。駿の立つ瀬はどこにもなかった。

 単純なオセロゲームに、好い歳をした男がむきになっている。菫や華絵、女性陣はお茶を飲みながら、半ば呆れ、半ば面白がり、時に茶々を入れつつ、のんびり観戦していた。大人は暇だと称された内の大人の一人である暁斎は、内心で苦笑していた。菫たちの様子を観察するのもまた、立派な彼の職務の一つなのだ。あらゆる諸組織の注目の的である菫と駿から目を離さずにいることは、上司である百瀬からも言い渡されていることだった。


〝御師もいつまで黙っているやら知れぬからの〟

〝御師にそないな力ありますか?〟

〝御師と絡んだ、隠師が問題なのじゃ〟


 事によると、と百瀬は続けた。


〝厄介な者が出張ってくるやもしれぬでの〟


 あの百瀬をして厄介と言わしめる存在に、暁斎は興味が湧いたが、藪を突いて蛇に噛まれる気はない。お化けが厄介と呼ぶ相手、即ちお化けである。お化け同士で戦り合ってくれと思う。適材適所だ。暁斎は自分を常識人だと考え、お化けと称される存在たちとは一線を画すと考えている。自意識の在り様は己に都合が良いように傾く。

菫たちから見れば暁斎も十二分にお化けと言えた。盲目にして戯れに遊んだオセロゲームで連戦連勝。巫術士の長の結界をも破り、菫を奪還した。この人が敵に回るとどうなるかと菫は想像し、精神衛生上に問題があると判断した想像を即刻中断した。暁斎との間に、遙の存在が浮かべば、それが想像だけで済まなくなるかもしれないこともまた、恐ろしかった。

 暁斎はオセロゲームに興じながら、そんな菫の気配を窺っていた。彼の見えない目は、燐光や人の気配、発する生気、つまりオーラをも捉えることが出来る。今、菫が何事かを案じているらしいことも、暁斎には筒抜けだった。

 あの日あの時。墨汁が垂れた。菫を渡せないと思った。遙たちに彼女を渡すことは出来ないと。職務ゆえではなく、私情ゆえに。

 菫は、暁斎の心の境界を越えてしまった。可愛い親戚の女の子でもなく。ましてや月光姫でも問題視されるバイオレットでもなく。黒は白に白は黒に。千変万化するのが世の習いと言うが。来る筈もない日が、来るのだと知らされた。長く生きると時に驚くような体験をするものだ。もう自分には菫は殺せない。

 職務上、無数にある選択肢の一つが永遠に消えた。




 目眩ましが多い。

 京史郎は瀟洒な一戸建てが立ち並ぶ住宅街の歩道を、歩き続けていた。

 感覚のアンテナを働かせながら。

 暁斎の話では、菫を狙う連中の根城は教会だと言う。それを聴いてから京史郎は、菫の通う央南大学を中心とした一帯の教会を虱潰しに当たっていた。今のところ、そのどれもが空振りに終わっている。そしてようやく、それらしき場所に近づけたかと思えば、霞が掛かったように、件の教会らしき建物は消え失せる。近づく。遠ざかる。近づく。消える。気配が、京史郎を惑乱するように移動していた。

 ふい、と、京史郎の前を水色の長い髪が横切った。

 それは今までになかった変化で、彼は迷わずそのあとを追った。牡丹柄の振袖の、髪の長い少女。非現実的な装い、色合い。そしてこの迷宮を難無く進んでゆく。それら全ての条件に符合する存在と言えば。


(私の知らぬ、隠師か。しかも)


 相当な霊力の持ち主であると、京史郎の直感が告げていた。

 鮮やかな橙色の、長く垂れた帯がひらりと泳ぐ。水色の髪と相まって、その色合わせはよく映えた。

 京史郎は念の為、道端に生えていた秋海棠(しゅうかいどう)を手折る。振袖の少女の手にも、ちらりと牡丹の花が見えた。この時期には咲かぬ筈の牡丹。見れば見る程、知れば知る程に異様な少女だった。

 少女がくるりと振り向く。京史郎は思わず立ち止まった。

 その蒼い双眸は氷の眼差しで京史郎を眺めていた。鑑賞していた、とも言える、冷たく突き放した視線だった。薄い唇が開く。


「さて。道は開いてやったぞ。貴殿はその見返りに、私に何をくれる」

「……名も名乗らぬ輩に、与えるものはない」


 少女は気分を害した風もなく、京史郎の言にあっさり頷いた。


「それも道理だな。私の名は千羽忍」

「千羽の家の者か」


 隠師では神楽家や御倉家と並び知られた名家である。


「然り。千羽家の当主だ」

「千羽が、なぜ神楽に肩入れする?ただの仲間意識とも思えんが」


 忍が冷笑する。


「肩入れではない。汚濁を生む者らの拠点で、貴殿が何を成せるか。その見物をしたいだけだ。そうだな。今回の見返りはそれで手打ちとしよう」


 忍が顎をしゃくった先には、壮麗な石造りの教会が聳え立っていた。




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