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白と黒は入り乱れ

挿絵(By みてみん)





挿絵(By みてみん)





「てゆうかあ、あたしは駿に頼まれたからサークルの資料を都合したんであってえ、こんな風に尋問される筋合いないんですけど」


 文学部棟の史学科研究室の応接セットのソファーに座った(はな)()()()は、ツインテールの毛先を弄りながら不機嫌に話す。菫たちより年下で、農学部の三年に所属している。この手のタイプが嫌いな華絵は最初から駿たちに相手を一任している。フリルが幾重にも重なるミニスカート、花柄の丸襟つきキャミソール。足にはリボンを足首に巻いたエスパドリーユ。それに茶色いツインテールが伴うと、絵に描いたような〝女の子〟だ。しかも、華絵程ではないものの、胸が大きい。


「そこを何とか。教えて欲しいんだよなあ。実加ちゃんの周りで、最近亡くなった素行の悪い人とかいない?」


 その訊き方もどうなんだと菫は内心で駿に突っ込む。誰しも死んだ人間の悪口は言いたくないだろう。ところが実加はペラペラ喋り出した。


「いたいた! ちょっと前に付き合った相手で、悪ぶってる感じが何かかっこいいかなーって付き合ってたけど、そいつ、薬の売人やってたの。あたしまで犯罪に巻き込もうとして、もう、冗談じゃないわよ。結局? お金を横領しようとしたとかで、悪いグループの幹部に殺されたのよ。あたしまで警察の事情聴取を受けたんだから」


「そいつの墓は大学に近い?」


 実加がこくりと頷く。ツインテールがそれに合わせて揺れる。


「うん。何とか霊園ってとこに埋葬されたらしいよ」

「らしい、と言うのは」


 口を挟んだ菫を、敵愾心を持つように実加が睨む。


「あたしはお葬式も行かなかったから! だって相手、犯罪者だよ? 何、あたしを責めるの?」

「いいえ、そんな訳では。お気持ち、お察しします」


 年下の実加に丁寧な敬語で応じながら、菫は自分も華絵と同じく避難すれば良かったと思った。

 未だに駿に秋波を送る実加が退室したあと、何をした訳でもないのに菫はどっと疲れた。精神的な消耗だ。波長が合わない人間が相手だと、こうなる。


「村崎、彼女と付き合わなくて正解だ」

「何々? 菫、妬いてくれてるの?」

「元興寺は死んだ悪人が霊鬼となったもの、と考えられている。さっきの花背さんが交際していた相手が今回の元興寺の成れの果てと考えられる」

「さっくり斬って終わらせましょ」


駿の言が無かったかのように菫と華絵の話が進む。


「おい、待てよ。俺の八百緑斬に斬らせろ」

「興吾は夏休みの宿題がまだなんでしょ~? それに菫の部屋にいつまでも居候するのもどうかと思うわ~。菫の負担も考えなさい?」


 だが華絵の忠告は逆効果だった。


「宿題なら三分の二はもう終わらせた。菫の部屋での家事は俺もちゃんと分担している。掃除なら寧ろ菫より俺のほうが徹底してやるくらいだ」


 華絵が菫を振り向くと、菫が頷く。不本意ながら、菫はこのよく出来た弟に家事の面で大いに助けられていた。そうして、姉顔負けに家事をこなしつつ、勉強まで捗らせている。大学生よりも学生の鑑らしいと言えた。


「ん?」

「どうした、村崎」

「いや、実加ちゃんからのメールで、買い物にこれから付き合えって」

「呑気だな。夜には元興寺退治だろう」

「それがご指名は俺じゃなくて菫なんだよ」

「は?」


 菫と華絵の二重奏が響いた。


 再び、研究室にやってきた実加は、菫の隣にべったり張り付く華絵を見て苦言を呈した。


「……あたし、神楽さんだけに付き合って欲しいんだけど」

「気にしないで。私は、菫の付き添いだから」


 困惑し、不機嫌な顔の実加に華絵が笑いかける。


「でも、どうして私と買い物になんか?」

「貴方でしょ。……駿の想い人って」

「はあ。まあそういうことになってますね」


 上目使いで実加が菫を見る。小動物のような、円らな瞳。


「どんな人なのか知りたくて。それに、敬語じゃなくて良いよ。年上でしょ?」


 今でも駿を好いているらしい実加の気持ちがいじらしい。


「じゃあ、まずはどこに行く?」

「セレクトショップ! 最近、大学の近くに出来たとこ」


 実加が顔を輝かせる。

 そう言えば住宅街に一軒、新しい店が出来ていたなと思いながら、菫は微笑んで頷いた。


 店に着くなり、あれやこれやと服を押しつけられ、挙句、試着室に押し込められた菫は困惑した。どうやら実加は自分の服より菫の服をコーディネートしたかったらしい。


「折角の素材が勿体ないじゃん!」


 これが実加の主張だ。菫は今のシンプルな服装で十分なのだが、なぜか華絵まで一緒になって、菫を飾り立てることに腐心した。二人の女性の押しの強さに、菫は嘆息しながら着せ替え人形となった。だが実加は、菫にフェミニンな恰好を強要しようとはしなかった。素材はシフォンや絹といった優美な物だが、飽くまで中性的でスタイリッシュな路線から外れない衣服を、実加は菫にセレクトした。


「菫さんじゃないですか?」


 声を掛けられたのは、デパートの婦人服売り場の階に続くエスカレーターでだった。小池静馬は相変わらず明朗な笑顔で、華絵や実加にも挨拶した。黒髪の美丈夫が、なぜ昼日中にこんなところにいるのか。疑問を持たないでもなかったが、在宅ワークで比較的、時間に都合がつけやすい身の上だということを思い出して、一応は納得した。静馬は挨拶以上の干渉をするでもなく、菫たちとは別の階に進んだ。


「はあ、美形。駿とはまた違う感じね」


 実加が頬をほんのり染めている。菫から見れば駿も静馬も似たようなものだった。静馬のほうがちゃらい感じがないぶん、ましと言ったところか。……二人共に、何がしかの秘密を抱えているのは共通点だ。


「でもあたしさあ、神楽さんも素敵だと思うんだぁ」


 急に矛先が自分に向いて、菫は驚く。


「こう、キュートな男の子みたいで」


 ちらりと菫を見上げ、目が合うとすぐに逸らし、静馬と会った時のように頬を染める。華絵がおやおやといった顔をしている。実加に素敵と言われるということは、自分も駿と一括りにされているのだろうか。そう考えると菫は重い気分になった。



 炎天下のデパートの駐車場。

 頭上には遮るものとてなく、アスファルトの照り返しで一帯の気温は上昇していた。

 静馬はひっそりとその隅に佇む。長居したい場所ではないと思いながら。白いシャツに黒いジーンズ姿は、それでもなぜか涼やかに見える。


「彼女たちはショッピングの最中だ」


 艶めく唇は滞ることを知らぬげに滑らかに動く。


「だから君たちの相手は僕がするよ」


 その手には鉄線・クレマチスの花。紫の可憐な大輪だ。まだ瑞々しい。デパートの地下で購入したばかりだからだ。

 そして〝御師〟である静馬の、呪言の詠唱が始まる。

 

「称えられよ慈しみの戦慄、憐れみを施せ(まが)つ恐怖。霊刹(れいせつ)(たえ)なるを聴け。皓刃(こうじん)


 クレマチスの茎がみるみる内に純白のほっそりとした太刀と化す。処女雪の凝りのように、穢れのない白さだった。

 静馬の前に進み出た黒っぽい衣服の男たちが特殊警棒を構える。皆、体格が良い。

 白い駒と黒い駒の対峙。チェス盤の盤上のようだった。

 ここに混入すべき色がある、と静馬は考える。


「さあ君も出て来いよ、パープル」


 静馬の声に応えるように、大型のバンの後ろから、駿が姿を現した。

 天頂にある太陽の影となり、その表情はよく見えない。






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