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幻想異変録:replay  作者: 凍曇
博麗≒八雲編
32/32

特異点・八雲

 その後、私はスキマの中の世界へと足を踏み入れた。

 スキマの中身はなんというか、屋敷みたいな場所だった。

 

 部屋は全て畳、廊下までの道を遮るのは障子と襖だけ、廊下の床は木で出来ており木特有の匂いが屋敷中に満たされていた。

 とても暖かい場所だった。


『元々ここには何にも無かったんだがな、ここではある程度の事であれば何でも出来る。アイツはこの世界を丸々改造して屋敷に変えちまったんだ』

『……紫』


 とても広い、確かに今まで見てきたどの家よりも綺麗で空気が澄んで心を和ませる屋敷だ。

 ここにいると全てが夢だったのではないかと思うほどに。


『ああ、そうそう。こいつら返すわ』

『は?』


 スキマがそう言うと上から九つの尻尾を生やした金髪の女性と尾が二つに割れた黒猫が八雲の頭の上に落ちてきた。


『あだっ!』

『いだっ!』

『ふしゃー!』


 何すんだこの野郎、と言おうとして1人と1匹の姿を見て言葉を詰まらせる。


『……あ』

『いったぁ……ちょっと紫様乱暴な扱いはやめてとあれほど……?』


 こちらを驚きと戸惑いの表情で見ている式神には見覚えがあった。

 いや、嫌という程記憶にあった。

 紫が一番多く記憶している顔だ。


『八雲……藍……橙……』

『あ、あなたは……?紫様に連れてこられたのですか……?人間がここにいて、……人間じゃありませんね。何故妖怪がここにいるのですか』

『そ、それは……その……』

 

 八雲の心に重く暗い感情が溢れてくる。

 それは後悔や、自分のせいで主人を失くしてしまったという申し訳なさだった。


『わ、私は……』

『……何故そんな顔をなさるのですか』


 その言葉の意味が分からず益々狼狽える八雲。

 実際ここまで狼狽えたのはここで最初で最期だった。

 彼女はそう遠くない未来で感情を捨て去るからだ。


『何故、そんなに今にも泣きそうな顔をなさるのですか……』

『にゃーん?』


 藍にはもはや敵対の意志はなかった。

 というより興が削がれたとでも言うのだろうか、目の前の人の形を完璧に保っている妖怪の顔があまりにも見ていられなかったのもあった。

 彼女の顔はまるで見られたくないものを見られてしまい怒られるのが怖くて怯えている、そんな風に見えた。

 とてもじゃないが敵対の意志があるとは思えない。

 もしかした主人が何かしたのではないかと本気で心配し始めた藍だが、


『お前の主人は死んだ』


 突如そんな事を言い始めた。

 その言葉に目を見開く藍。

 だが藍とまったく同じ行動を八雲もしていた。


『始めましただな。八雲紫の式神八雲藍。……む、違うな、始めましてか。なんだ始めましただなって』

『何を……言っている……?』

『ああ、すまない。喋るのは慣れてないんだ。俺の語彙力には期待しないでくれ』

『そうじゃない!!』

『ああ?んじゃなんだよ。また俺どこか言葉間違ってたか?』


 八雲は慌てて口を押さえる。


『おい邪魔すんな、俺はこいつらにも遺言言わないといかないんだよ。間違えた、言わないといけないんだよ』

『遺言……おい、それ以上冗談を言うなら流石の私も黙っていないぞ』


 藍から巨大な妖気が溢れてきた。

 だがそれに対しては八雲はあまり驚きはしない。

 あの魅魔の強さを実感している八雲は藍の妖気程度では特にこれといった感情は浮かんでこない。


『はん、語る真偽すらも見抜けないぐらいマヌケなのかお前?なら今から俺は勝手に頼まれた事を伝えるだけだ』

『……』

『藍、橙、よく聞いてちょうだい』


 八雲の口から紡がれた声は八雲の声ではなく、紫の声だった。


『これは私に何かあった時の為に貴女達を妖怪の軍勢に送り出した後に録音しておいた私の言葉よ。

そうね、まずこれを聞いてる時点で私はもう死んでいるわ。詳しい事は博麗の……いえ、"八雲"に聞いてちょうだい。私から言えるのは出来れば彼女の力になってほしい、けれどそれは強要しないわ。貴女達はもう充分私に尽くしてくれたわ。"八雲"に言えば別の世界線に送り届けてくれると思うわ。それじゃ、バイバイ』


 あまりにもそっけない言葉。

 いつも全てを語ろうとはせず必要最低限以下の事しか教えてくれないその独特の言い回しがどうしたって紫らしさを感じずにはいられなかった。

 その時に、藍は全てを悟った。

 彼女は主人の代役として"八雲"の名を引き継いだのだろう。

 そして多分、さっきの遺言通りなら別の世界線に……つまり主人の能力を使える事を揶揄しているに違いない。


 ならば私の出す答えは決まっている。


『"八雲"様、私は———』











 いくつもの世界を見た。

 いくつもの平和を見せつけられた。

 いくつもの滅びを見せつけられた。

 いくつもの死を見た。

 いくつもの私や紫達を見た(・・・・・・・)

 いくつもの幻想郷をこの手で救った。

 いくつもの仲間を得た。


 そしていくつもの可能性を見た。












『……なんだかこうやって別の世界線の幻想郷をいくつも見ていると私の元いた世界線が小さく見えるな』


 彼女は抑揚のない声でポツリと呟いた。

 彼女は般若の面をつけており、その顔を外界から隠していた。

 忍が着用してそうな服装の上から前掛けをかけていた。

 その前掛けは紫が好んで着用していた柄と酷似していた。


『なぁ、確かに色んな可能性を見た。様々な可能性の私も見た。別の世界線だからって彼女らの性格や本人たらしめるものが重なっている事が多いって事も分かった』


 そう、別の世界線の紫は相変わらず幻想郷を愛していたし博麗の巫女について悩みもしていた。

 別の私も博麗の巫女としての責任感を強く持っていた。

 中には性格が変わってたりそもそも争いが存在しない幻想郷もあった。


『どうして今の私のような存在がいない?』

『決まってんだろ、そりゃお前が特異点だからさ』

『……よう、大体200年ぶりか?』

『喋るのはそれぐらいだが俺は常に起きてたぜ?ただ関わろうとしないだけで』

『ふん、それで特異点ってのはどういう事だ?』


 スキマの声はいつもどこからともなく聞こえてくる。

 まるで世界が囁いているような錯覚に陥ってしまう。


『世界線で大してブレてないのは基本的に妖怪だ。やつらは人間から生まれた身だから1つの願いで作られているんだ。人を喰うことでしか生きていけない妖怪はどの世界線でも人を喰う。鵺は正体不明でなければ存在価値が無くなってしまうから常に人には"謎"の恐怖を与え続けようとしなきゃいけないとかだな』

『……人間は?』

『これがまた面白いとこでな。人間は際限なく変化し続ける。人生を通して性格は千差万別って訳さ!そうだな、人間はプログラムみたいなもんだな0と1の羅列だ。世界線によってこの0と1の比率が違うからな、数えきれない程の0と1の羅列で全て同じのプログラムがあったらそれはもはや奇跡のレベルだな』

『……なるほど、だがそれなら今の私がいないとしても今の私に近い私はいないのか?』


 スキマはうーん、となんとも気の抜ける声をあげると語ってくれた。


『お前は特異点だからな。プログラムで全てが0で作られてるぐらい特殊だ。聞いたことないだろ?プログラムは0と1の膨大な量で作られているのに全てを0だけで作られているプログラムなんて』

『……なるほど、ね』

『この際だから教えてやがるが……む、違うな。教えてやるが、だな。いいか?特異点には2種類いるんだ』


 スキマは語る。


『1つはお前みたいな特殊なタイプだな。このタイプはサイコロを数億個振って全ての目を1で揃えるぐらい稀だ。俺もかなり長生きしているがこのタイプはお前も含めて2、3人ぐらいしか知らないな』

『もう1つは?』

『ああ、2つ目の特異点はさっき言ったよりも希少でな。世界に1人しかいないんだ。丁度お前の仲間にいるだろ?あの天狗がそうだ』

『……沙霧が?だがアイツの存在はどの世界線でも伝説として残ってたぞ「天魔」って言えば大抵のやつには伝わるぐらいの伝説だぞ?』

『だがそれを見た奴はいたか?』

『……』

『つまり、どの世界線でも存在したという記録は残っているが"そこ"にはいないんだ。中にはたった1人の人間が特異点で誰にも知られないまま死んでいった奴もいるけどな。ようは世界が生み出したバグだ。だから他の世界線ではそのバグは存在しない。もしその特異点が死んだらもうどの世界線でも会えなくなるな。まさに文字通り「替えのきかない」ってやつだな』


 それっきりスキマは喋らなくなった。

 私も話しかける理由がもうなかったので特に気にする事なく立ち上がり歩く。


『あ、八雲様ー!』

『早苗か。体の調子は大丈夫なのか?』

『今日はすこぶる体調が良いので大丈夫ですよー!あ、そうそう。何やら気になる世界線を見つけたそうですよ』

『ん?という事は沙霧が見つけたのか?珍しい』

『今回のイレギュラーの中心人物は魂魄妖夢って半人半妖だってあの方が言ってまして、助けたいと……』

『ん、了解だ。すぐに向かおう』


 "八雲"はある組織を立ち上げていた。

 時空を越えて、世界を越えて様々な幻想郷を救うという目的で、組織の名を「此糸」

 

 名の由来は、「紫」を分解しただけというシンプルな理由だ。

 





 彼女は救われたかと問われれば、

 救われた、と答えるだろう。

 けれどきっと、やっぱり彼女は救われないのだろう。

 私という存在は「全てにおいて失敗した最悪の可能性」である特異点なのだから。





『それでも私は、紫の意思を継ぎ"八雲"の名を譲り受けた。それだけで充分だ』


 



 彼女は今日も幻想郷の為に生きるだろう。

 それが私が私である生き方だから。

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