失墜
運命とは雪玉のようだ。
一度転がり落ちたら雪玉はドンドン大きくなり、加速して誰にも止められなくなる。
もし、雪玉が小さい時に誰かが止めてくれたらきっとそれは救いとなったろう。
けれど、誰も雪玉を見ようとしなかった。
関わろうとしなかった。
もう、止まらない、止まれない。
きっと止めようとしたら死んでしまうから。
『それ、拘束は解いてやった。ここからはお前の番だ』
『な、にを……』
『お前が盲信してきた博麗の正体を知った。お前が憎んできた妖怪の実態を知った。お前が守ろうとした人間の醜さを知った。全てを知った上で私は問うぞ』
魅魔は私の目を見据えて喋る。
『お前は、何を信じる、何を裏切る、正義とは是非か否か』
『……私は』
自分でも声が震えるのが分かる。
私はもう何も分からなくなっていた。
自分の信じたモノが信じられない。
私は正しかったのか?
私は間違っていたのか?
私は、私は……!
『変わらないわ、彼女は彼女。誰に左右される事なく自分を信じなさい』
『!』
いつも聞いていた声なのに今は懐かしく感じた。
私の唯一の繋がり、紫がスキマから私の背後に出現する。
その声に魅魔は嫌悪感を露わにする。
『腹に穴ぶち開けてやったのにまだ生きてやがったか』
『魅魔……貴女がやった事は許される行為ではないわ』
『許される?はっ!許されるときたか!……お前はいつもそうだったなぁ!!!』
魅魔は掌を紫に向けると、魅魔の掌から光線が炸裂した。
キュガ!!と音とともに色々な角度から光線が屈折しながら襲いかかってくる。
『っ!紫!!』
私は紫の前に立つと光線を能力を使用して拳で弾く。
だけれど弾かれた光線はまた屈折し、再度こちらを目掛けて襲ってくる。
『なっ……!』
『……まだよ』
紫はギリギリで私の腕を掴むと一緒にスキマに入り込む。
行き場を失った光線はさっきまで私達がいた場所に直撃する。
すると大爆発が起きた。
かなり大規模の。
『ちっ、相変わらず避けるのだけは上手いな』
爆発の近くにいたにも関わらず、魅魔は傷一つ負うことなくその場にいた。
『さて、スキマに逃げられたとなるとこちらから手出しは出来ないしな……ま、ゆるりと待つか』
『……大丈夫なのか?』
『ええ……、あの妖怪達は私の式神が抑えてくれてるわ』
『そうじゃない!お前の傷がだ!だってお前の傷は……!』
『……大丈夫よ』
紫はそう言うがどう見たって顔色が悪い。
それにもう服の下半分は血で今も濡れているし、足元には小さな血の池が出来ている。
『私は妖怪よ?この程度では死なないわよ』
『……』
『私の事より今は魅魔の事よ。彼女をなんとかしないと……』
『……無理だよ』
『……何ですって?』
『無理だと言ったんだ!アイツは強すぎる!私でさえ数秒で抑えられてしまった!あまりにも強すぎる!!』
『……そう、なら私1人でも行くわ。貴女はここで隠れてなさい』
『紫!』
私は思わず紫の肩を掴む。
すると、紫はフラリと倒れてしまう。
『え、ちょ、紫!?』
私はすぐに紫をこちらに引き寄せる事で何とか転倒だけは避ける。
紫はぐったりとしており、もっとも知りたくない情報が体から伝わってくる。
冷たい、紫の体が異様に冷たいのだ。
まるで死体のように。
『……あれ?おかしいわね……。体が動いてくれないわ……』
『紫……お前……』
『ふ、ふふ……そんな顔しちゃダメよ』
紫は私に向かって微笑む。
その微笑みが今は儚く、か細い線を想起させる。
今にも死にそうなぐらい弱々しい笑みだ。
『ま、待ってくれ……私はお前を失いたくない……。私を1人にしないでくれ……』
『……あら、寂しがり屋さんね……』
『お前が死んだら!私はどうすれば……!』
紫は段々と細くなっていく息を吐きながら、言葉を紡いでいく。
『いい?正義っていうのはね……存在しないの……。正義というのはね、自身の理想なのよ』
『理想……』
『そう……。この行いは悪いから"悪"か、正しい行いをしたから"正義"か……そんなのは、人の物差しで測った結果にすぎないわ……』
紫は開いていた目をゆっくりと閉じる。
それでもか細い声は私に語る。
『英雄と殺人者の違いは……大多数の、人に……認められたかどうかなのよ……。その行いが正義なら……殺人も名誉となる……。その行いが悪なら……犯罪者として人権を失い、殺人者としての烙印を押されるのよ……』
『……それじゃあ正義は理想というなら、正義は独りよがりの意見か?』
『そうよ。争いはね……どちらもが正義だから起きるの。どちらかが悪くて、どちらかが……正義とかじゃないの。どちらも、正しいのよ……ただ、相手の正義を、受け入れられない、から……争いへと発展する……』
『それじゃあ……!』
『相手を……悪と、断じるもよし、正義だと分かった、上で……自分の正義……で、ねじ伏せるのもよし……よ』
その言葉に、少しずつ私の何かが崩壊していく。
魅魔の話から少しずつひび割れていた何かは確実に今、音を立てて崩壊していく。
『……そうか、誰も間違ってはいないんだな……』
『そうよ』
『誰かを救うという事は誰かを見捨てるという事なんだな』
『……そうね』
『私は、正義を名乗っても構わないのだな』
『いいのよ……。貴女は貴女の正義を貫きなさい……。もし、それでも迷うなら……』
『迷うなら……?』
『私の、正義を……受け継いで……。わ、たし……の、せい、ぎは……』
もう声も途切れ途切れになり、嫌というほど終わりが近づいてるのを理解させられる。
辛い、怖い、悲しい。
それでも、その気持ちを言葉には出さない。
何故なら、邪魔になるから。
『げんそ、う、きょ……う……を……まも……』
『……………………ありがとう。最愛なる友よ、理解者よ。私は、貴女に……!最大の……!敬意を……!』
境界が崩れる。
周りの景色が少しずつ現実へと変化していく。
どうやら雨が降り始めたらしい。
大粒の雨が私を、紫を叩いていく。
雨の音が私の耳を支配する。
そして、私は、紫の死体を抱えて、慟哭した。
ただただ湧き上がる感情を吐き出すために。




