始まり、終わり
妖怪曰く、その者は慈悲がないと
人間曰く、その者は神が使わした救世主だと
賢者曰く、その者は妖怪を退治する術を始めて編み出したと
神曰く、その者は人間が妖怪に対応するために進化した突然変異だと
———名を「博麗」
『……初代博麗の巫女』
『そう、初代が現れてから勢力図は一気に変動した。初代はその圧倒的な霊力と多彩な術で人に害なす妖怪を滅していった』
周りの景色が歪み、新たな景色へと切り替わる。
その景色には顔に靄がかかった人物が妖怪の屍の山に腰掛けていた。
『そして初代は妖怪を滅していくうちに辿り着いた。幻想郷へと』
景色はまた切り替わり、顔に靄がかかった人物が幻想郷へと足を踏み入れていた。
すると、顔に靄がかかった人物へ人がぞろぞろと何処からともなく集まってきた。
『今初代に集まっていった人達は皆、妖怪達に攫われて運良く逃げる事が出来た生き残りだ。そして生き残りである人達は願った。どうか妖怪を退治し、我々を救ってください、とな』
『それが……』
『そうだ、人の願いを受けて妖怪を滅する……博麗の巫女が人、妖怪問わず認知された瞬間だ』
魅魔は怒っているような泣いているような複雑な顔で初代の姿を見ていた。
『かくして人に害なす妖怪は退治された。そして、それを見ていたある妖怪に話を持ちかけられる』
景色にまるで絵の具を零したように一部だけ景色が歪む。
そして、その歪んだ景色は人の形へと変わっていく。
よく知る人物だった。
『八雲……紫……』
『そう、ここでどんな話をしたのかまでは知らない。けど何かしらの契約をして、初代も幻想郷創設メンバーへの仲間入りをした』
最初に見せられた景色へと戻る。
紫と初代、そして見知らぬ顔ぶれ。
きっとこの人達が幻想郷を作った賢者達なのだろう。
『後はお前が知っている通りだ。初代と紫が結界を張り、結界の接合部に神社を置いて結界維持の為に初代はそこに居座り、そして結界の補佐として紫が四六時中警戒をしていたって訳だ』
『……結局お前は私に何を言いたい?』
『話は最後まで聞け。ここからが問題であり本題だ』
魅魔は今まで見せていた幻術を解くと一瞬にして景色は祠がある荒れた土地へと戻った。
『初代亡き後、幻想郷のしきたりによって後継者を見つけては博麗の名を継がせてきた。……だが、』
『……?』
『ここから誰も観測出来ないズレが生じる』
魅魔は苛立ちを隠そうともせず舌打ちをする。
『そもそも、博麗の巫女は人間だ。人間はあまりにも個人差が激しすぎる生き物だ。得意不得意があるぐらいに』
『それはそうだろう。幻想郷のルールであくまで異変解決は人間の手で解決しなければならない。でなければ、バランスが崩壊してしまうから……』
私の言葉を魅魔は舌打ちで遮る。
『んなぁ事は知ってる。言ったろ、私だってこれでも元博麗の巫女だ』
『なら、何故分かり切った事を言う?お前がそうであるように私は現役で博麗の巫女だ。それぐらいは知っている』
『人間は博麗という存在に願った、縋った、依存した。博麗という存在は人の願いを受け入れた、縋らせた、依存させた』
『……』
『しかし、人間は博麗に縋り過ぎた、依存し過ぎた。博麗の巫女ならこれぐらい簡単にやってのける、博麗の巫女なら我々に出来ないことが出来る、博麗の巫女なら……』
魅魔の声は段々と真剣味が増していく。
それに合わせて魅魔の周りの空気がチリチリと焼けていくような感覚が私には感じられてた。
『ふざけるなっっっ!!!!!博麗の巫女ならだと!?確かに私達は人間の為に作られた「文化」だ!
だが!しかしだ!!人間どもは博麗の巫女を盲信するあまりに忘れてしまった!!
博麗の巫女という存在は人間とは違うのだと錯覚させてしまった!!
私は!先代達は!博麗の巫女は!たった一人の「人間」だということに誰もが目を逸らし続けた!!』
その言葉に紫の独白をふと思い出してしまった。
紫は、この事を知っていたのだろうか。
『誰もが高望みし過ぎた!!到底叶えられない願いを博麗の巫女に押し付けた!!その結果!人々の願いである理想と博麗の巫女はただの人間であるという現実が齟齬を生み出した!!
……理想と現実は噛み合わず少しずつ、そして確かにズレを生んできた。
こうであって欲しいという理想は所詮絵空事だ……。
博麗の巫女は、お前達の隣にいる友人と大して変わらない……。違いは、博麗の巫女に縋らず、自分でこうなりたいと願い努力するかしないかの違いだ……。
夢に対して誰よりも努力した、それが博麗の巫女だ。
誰もが成り得た、誰もが成り得る可能性があったんだ……!』
魅魔は天を仰ぐように顔を上げる。
まるで、後悔するように、懺悔するように。
『……最大限にズレが生じたのは私の代だった。あの時代は本当に酷かった……人は恐怖から心に棲む鬼に負けて人を喰らい、妖怪の軍勢は何度も人里を襲い、人は何も出来ないまま抵抗すら許されず死んでいった……』
『お前……』
『だからこそ一層、より強く人々は願った。博麗の巫女ならこの状況を一気に巻き返してくれる、奇跡で死んだ人を蘇らせてくれる、傷を癒してくれる、妖怪を打ち倒してくれる、ありとあらゆる災厄から守ってくれる。
「だって、博麗の巫女だから」とな!
……人一人に背負わせるにはあまりにも大きい理想だった』
もっと周りの空気は重くなってくる。
あまりの濃さにここは別空間なのではないかと思ってしまう程に重かった。
『……結果、誰も救えなかった。妖怪と人は約定を結んだんだ。我々に支配されるのなら今殺すのだけは許してやろう、とな』
『そんな!そんな馬鹿な事が!』
『人間はそれを受け入れた。最初の贄として必要ないからと老人達が全員喰われた。次に子を産んだ親はもう必要ないと贄として喰われた。
私は、博麗の巫女がいずれ辿る終焉の第1被害者って訳だ』
私は絶句した。
魅魔が語っている事はあまりにも悲惨過ぎた。
魅魔と対峙した際、私の心の中には怒りと正義でかなり感情的になっていた。
私は正義だ、奴は悪だ、そう決めつけて私は罪悪感を覚える事なく正義を執行しようとしていた。
……だがどうだろうか?
ズレ、なるほど言い得て妙だ。
理想と現実の齟齬は日々大きくなる一方だ。
そしてそのズレが最大限になった時、魅魔と同じ結末を辿る。
理想を叶えられず、現実は自分という枠を超えて崩壊を迎える。
もう、誰が正義で誰が悪とかそういう問題ではなかったのだ。
その時ようやく私は気づいた。
私は今、魅魔と同じ立場にいる。
ズレは大きくなり限界を迎えた。
———終焉、幻想郷は幻想郷が生み出したモノにより終わりを迎えるのだと
こうであって欲しいという理想
こうはなれなかったという現実
博麗だって人間だという事には誰も気づかない。
気づけない。
だって、その認識をワザと妨害している妖怪がいるから。
幻想郷を守るために「八雲 紫」がやっていたから




