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第39話 宴町雉鶴の悔しさ〜前編

『味のしない紫』



◆ ◆ ◆



一年前より環境は明らかに変わった。

例えば、私はもう中学生じゃないし、毎日袖を通す制服も違う。

胸元のリボンは最上級生の証の色『赤』から、最下級生の色『白』へと逆戻りし、友人の多くは他の高校へと進学していった。

けれど、この白海坂の高等部で新しい友人もでき、中等部の頃と同じ様に文芸部へと入部すると、物語への向き合い方は良い方向にしっかりと変わって向いた。

毎日は楽しい。

高等部という場所はまだまだ世界と呼ぶには箱庭だけれど、その中で学ぶ事も嬉しい事も楽しい事も山程ある。


星波志穂さん。


彼女に出会って、彼女を好いて、彼女に好いて貰って、もうすぐ一年が経とうとしている。

この冬を越せば春が来るんだ。

彼女に出会った春が来る。

雪が溶けて、寒さが緩和して、厚手のコートが少しずつ軽くなり、手袋もマフラーも必要なくなると、木々には徐々に色が付いてきて、そうやって、冬が終わって春が始まるんだ。

当たり前だ。

だって、一年間は春夏秋冬で、そうやってサイクルしてるんだから。

寒い冬が終わって、暖かい春になるんだ。

そうすれば、私は二年生に進級して、志穂さんも三年生に進級するんだ。



だから……。



……お願い。

……邪魔しないで。



◆ ◆ ◆



先輩の話によると、今回は例年より応募総数が多かったらしいく、小説の部門だけでも去年の一・五割増しで約四千四百作品だと言う。

毎年行われている高校生を対象とした文芸コンクールはいくつかの部門が設定されており、私達白海坂女学園の文芸部もまた、例年通りにと各個人で該当部門を選び学園の部活動として一括での参加応募をしている。

六月から応募が始まり、九月に締め切られ、十一月に優秀作品発表、十二月に授賞式とかなりスパンは狭いけれど、今年は文芸部内で四人が授賞の流れとなった。

私を含める佳作が三人。そして、二年の先輩が優秀賞。

毎年白海坂の文芸部で佳作は少なくとも一人は授賞するけれど、優秀賞以上の授賞は四年振りだそうだ。受賞者発表の際、当の二年生、高水先輩は言葉にならないように口元を押さえて涙を流しながら喜んでいた。

顧問の先生も『今年は豊作だね』と大層喜んでくれて、私自身も佳作という結果に満足だった。

一年生時点で大きなコンクールの佳作を受賞する事が出来たのは十分な自信になったし、自分の書いた物語を評価されたのが単純に嬉しかったから。


授賞式当日は毎日着ている制服にも何か特別な感じがしたし、白海坂が好きだから、その学園名で自身が讃えられるというのが誇らしかったから。それに、緊張や興奮はあったけれど足取りは軽かった。共に行動する三人の先輩方はみんな堂々としていてカッコよかったからかも知れない。


電車を乗り継ぎ一時間程。

そうやって都内まで出た頃にはお昼過ぎになっていたけれど、授賞式は四時からだからまだまだ時間に余裕はある。

先輩達も私も始めて都内に来た訳ではないのだけれど、なかなかここまで足を伸ばす機会も無かったので、私は久し振りの人混みに圧倒されてしまった。


「去年も来たけど、駅は人が多くて凄いね」


そうやって優しく声を掛けてくれる高水先輩。

希望者は三年生時でも当コンクールに応募出来るけど、三年時は受験があるので大体は二年時が最後のチャンスだ。

高水先輩は白海坂の大学ではなく文学部に厚い大学への進学を決めている。

きっと、高水先輩も来年はコンクールに応募しないだろう。


「はい、人の数が圧巻ですね」

「っふふ、宴町さん迷わない様にね」

「はい」


電車内は勿論の事暖房で暖かかったけれど、人の多さがあったところで駅構内は季節に応じたそれなりの寒さだ。マフラーを巻き直し、コートのボタンを首元までしっかり止めてから手袋をし直す。


朝方はまだ大丈夫だったけれど、天気予報で言っていた通りに14時辺りからゆらゆらと雪が降り始めてきた。

関東圏内での積雪は心配無いらしいけれど、それでも寒さに加えての冷たさが本格的な冬の季節の到来を私達に耳打ちする。


白海坂女学院。


優秀賞 一名。

佳作 三名。


例年では優秀賞の上に最優秀賞があり、その最優秀賞が最も上の上位賞になる。


けれど、今年は違った。


今年の最上位賞は『文部科学大臣特別賞』。


この一名が選出されるのは、実に二十二年振りだと言う。



◆ ◆ ◆



志穂さん聞いてください!


んー? どうしたの?


志穂さん志穂さん! 私! 凄い! 文芸部! 凄いです! 私!


落ち着いて? 一回落ち着いてみて?


文芸部で応募してたコンクール作品が私のやつ佳作取ったんです! 凄いです!


本当に⁉︎ 雉鶴凄い!


嬉しいです! 私! やりました! 凄いです!


うん! 雉鶴が頑張った成果だもんね!


はいっ!




志穂さんは自分の事の様に喜んでくれたし、私も志穂さんが喜んでくれたのが嬉しかったんだ。私は志穂さんの為に頑張れるし、志穂さんは優しく笑んでくれるし、そういうのが私は嬉しいから、志穂さんの事が大切なんだ。

大切で、好きで、嬉しくて、それで――。



◆ ◆ ◆



会場は一泊何万円とか予想する事すら憚られる様な格式の高いだろうホテルのイベントホールで行われた。


授賞式三十分前には到着しており、会場入り口で名前を告げ、振り分けられた自席の番号へと腰を下ろす。先輩二人とは横並びだけれど、高水先輩は流石の優秀賞で位置取りは前方に設けられていた。

興奮はあったけれど不安は無かった。

こういうのはきっと場慣れしていかないとダメなのだろうと思う。中等部時はそれこそ自身の大人しい性格と相まってこういう場所では際限無く萎縮してしまっていたけれど、なんとなくそれ等より興奮が強いのはきっと志穂さんのお陰だ。彼女が私に与えてくれた勇気は計り知れない。

……とは言っても、だ。

慣れない場所と緊張感で、やはり少しだけ落ち着かない。

不躾だが視線は否が応でもキョロキョロとホール内を見回してしまう。

高い天井、豪奢な照明、開催運営の方々が着ているスーツも心なしか高級なものに見える。そして、私達が腰を下ろすこの椅子の一脚ですら、しっかりと布張りされて細かい彫刻が成されている。

開いた口が塞がらないとは正にこの事。


そうしていると、開始時間が迫ってきたのか、多様な制服に身を包んだ学生により用意され並べられた椅子が順々に埋まっていった。


「あと十分くらいでしょうか」

誰にともなく独りごち、貰った式のタイムスケジュールとその内容が記された冊子を開く。そこには各賞の受賞者人数も記載されていた。

佳作 五十七名。

準優秀賞 八名。

優秀賞 四名

最優秀賞 一名。

そして、文部科学大臣特別賞 一名。


……改めて実感するとどんどん興奮が押し寄せてきた。

『佳作 五十七名』

四千四百人の中から選ばれた1%。

そう考えると、自然と顔がニヤけてしまう。


いつの間にか、ホール入り口で受け付けを待っていた人達ももう全員会場入りを済ませていた。ポツポツと空いていた空席も全て埋まると、スーツを着た白髪の混じる男性が幾人かの会場スタッフと一言二言とやりとりし、ホール壇上でマイクを取る。


「長らくお待たせしております」


その挨拶と共に、文芸コンクールの授賞式は滞りなく開催された。



◆ ◆ ◆



最初に佳作受賞を知った時、誰に最初に伝えようかと、そんな考えが遅れて自身に伝達されていると感じるくらい、私はいち早く志穂さんの元に向かっていた。

誰の為とか、誰に読んで欲しいとか、どういう気持ちで書いたとか、そんな色んな事全部に『志穂さん』という理由付けが出来るくらいには、私のこの高等部での生活は志穂さんを中心に回っていたし、志穂さんを中心として煌びやかに描かれていた。

だから、この賞状も絶対に最初に志穂さんに見せてあげたいと思っていたんだ。

作品名と名前を呼ばれ、壇上に上がり、賞状を受け取る事で、成果を実際に手にしたという誇らしさが内に湧き上がる。

本を読むのが好きだ。

そして、物語を書くのが好きになった。

そういう人達が文芸部で活動していて、こうして目に見える成果を得られている。そういうのが誰の事であれ自分の事の様に嬉しくも思えた。


……だから、それは納得出来ないとかじゃあないんだ。


優秀賞で壇上に上がった高水先輩が賞状を受け取り、その両の瞳に涙を浮かべていたのがこの腰を下ろす椅子の位置からでも分かっていた。それでも、やっぱり納得出来ないとかじゃあないんだ……。


多分、私は大学を文学部に進学する。

高水先輩もそうだし、文芸部の他の先輩も何人か文芸部に進学すると言っている。


きっとみんな、子供の頃から本を読むのが好きなんだ。

本を読んで、物語に想いを馳せ、自身でもペンを取り、独自の話を紙面に走らせて膨らませていたんだ。


だから、私は……。



「此度のコンクール作品において、例年では最優秀賞が最上位賞となっていたのですが、今回は二十二年振りに『文部科学大臣特別賞』の選出が御座いました」




「皆さま、大きな拍手をお願い致します」




……会場内を揺らす大きな拍手の波。

満足そうな表情の司会の男性。

来賓として招かれた文部科学大臣が壇上で手渡す賞状の用意をして待っている。


……言葉が出なかった。


最前列の椅子から立ち上がり、堂々と歩みを進め、壇上で賞状を受け取り、背中まで伸びる綺麗な黒髪を翻した彼女は、私達の方を向いてニコリと可愛らしく笑んでお辞儀した。


耳に入る情報と、頭で処理出来る情報とに明らかな乖離があった。


…………言葉が、出なかったんだ。


拍手すら出来なかった。


手にした賞状。

私は佳作で、彼女は二十二年振りの別格。


これまで、そんな事感じた事も無かったのに。


きっと、それが高水先輩だったら……。

……いや、彼女以外の別の誰かだったら、私は素直に感嘆の言葉と大きな拍手を送っただろう。


彼女の事は知ってる。

彼女の事は名前しか知らない。


どんな人なのか、どんな容姿なのか、どんな性格なのか、どんな物語を書いたのか、どんな思考をしているのか、どんな生活をしているのか……。


私は彼女の事を何も知らない。

だけど、私は彼女の名前だけは知っている……。






文部科学大臣特別賞。


作品名『味のしない紫』。


辻絢音絢芽さん。






嫉妬。

そして、悔しさ。



「……志穂さん」



自然と、そして意図せず、彼女の名前を呟いていた……。



悲しくないのに涙が出てきた……。






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