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第38話 奥海桜子の躊躇い

貴女と歩く帰り道



◆ ◆ ◆



私はきっと、歩く速度を合わせてもらっている。

私の方が歩幅は少しだけ広いけれど、沙耶はいつだってそれに合わせてくれていた。

私が気付いていなかっただけなんだ。

だから、こうして今、沙耶が私の背中を押そうとしてくれているのも気付いている。

一歩踏み出せば何にでも成れるのが、今の私達女子高生の特権だ。

一歩目で踏み出し、二歩目で加速させて、三歩目で飛び出す。


沙耶の事は好きだ。

沙耶の事を愛してる。

それは、十代という甘く彩られた若い年齢が私に魅せている錯覚ではない。

彼女に出逢って、彼女の声を聞いて、彼女の身体に触れて、彼女の心に触れて、そうやって積み重ねてきた想いだ。


初めは一目惚れだったかも知れない。

それでも、私の沙耶に対する今の想いは決して一目惚れのソレではない。

だって、沙耶と居るのが楽しくて、沙耶と並んで歩けるのが嬉しいから。


他の何かと比べる事すらおこがましく、対比する事すらはばかられる。

大切、特別、大好き、尊い。

そういう言葉をいくつ並べても、きっと全てを伝える事は困難だろう。


あわよくば、止めて欲しいと、そう思わなくもない。

だってそうだろ?

私は沙耶が好きで、沙耶も私の事を好いてくれてるいる。

けれど、きっと沙耶は私の背中を押してくれる。

だって、沙耶はいつだって優しいから。

沙耶は優しいから、私を止めないし、優しく背中を押し出してくれる。

沙耶は優しいから、きっといつまでも待っててくれる。


「沙耶、私の事好き?」

「好きだよ。なんで?」


なんでもない事が特別になってる今が大切だった。

いつまでもそういう毎日が続くのを望んでいた。

だから、今は少しだけーー。


『そういう毎日をこれから先もずっと続ける為』の選択がしたい。


沙耶、私……。


私ねーーーー。




◆ ◆ ◆



「ーーうん、今の感じなら志望大学はある程度合格圏内で目指せそうだね。まぁ、まだ一年近く日数はあるけども。現行でなにか心配な点とかある? 科目とか、勉強の仕方とか」

「いえ、今のところは大丈夫です」

「そう。……それで、ご両親はなんて?」


問われ、少しだけ身体が強張る。


「まだ言ってません。……だけど、多分うちの親なら受け入れてくれるとは思います」

「……奥海さん、大丈夫?」

「……何がですか?」

「顔色が悪いわよ?」


自分では気付かない部分だけれど、他者から見られた上でそう言われるという事は、私は相当に悲壮な顔をしていたのだろう。

確かに、視線は下方へと落としていたし、先生の顔も見えていなかったと思い至る。


「……顔色、悪く見えますか?」

「まぁ、少しね」

「…………そうですか」



根を詰め過ぎないようにね。

そうやって担任の先生との二者面談を終えて教室を出ると、運動部の声出しや吹奏楽部の演奏がやたらと耳にうるさかった。


私の後にもまだ何人か二者面談を控えたクラスメイトがいる。


彼女は美容系の専門学校に行くと言っていた。

彼女は理工学部に厚い大学に行くと言っていた。

彼女は美大に、彼女はそのまま白海坂の大学に。


みんな、明確な何かが決まっているのだ。


行こうと思っている大学はある。

こうなりたいという人の像もある。


だけど、明確な『何か』は私には無い。

別に、そういうのは大学在学中に決めるでも良いとは思う。

そういうのが普通だという人もいるし、まだ明確な何かが決まっていなくても良い年齢だ。

……それでも、引け目は感じるものだ。



「あ、桜子。今面談終わったの?」


「……沙耶、帰ってて良いって言ったのに」


冬の日の落ちる時間は早い。

つい先日までまだ明るかった時間帯がもうオレンジ色になっていたり、つい先日までオレンジ色だった時間帯がもう真っ暗になっていたりする。

冬の一日は駆け足だ。

放課後なんてあっという間に夜になってしまうし、昼間がほんのり暖かくてもすぐに風も空気も冷たくなってしまう。

コートを着込み、マフラーを巻き、寒さに耐えながら皆が帰路に着く、そんな夜と夕方の配分が半々くらいの時間帯のこの放課後。私は『先に帰ってて良いよ』と言ったのに、沙耶は下駄箱で私を待ってくれていた。


「安西さんと先に帰らなかったの?」

「春真ちゃんは今日は美術部だよ。もう受験意識して殻梨さんとちょっと大き目の描くんだって。星波さんと宴町さんも今日は予定があるみたいで、私がお邪魔したらダメでしょ?」


言って、沙耶は薄く笑んで見せてくれる。


「そうは言っても、ここでずっと待ってたんじゃ寒かったでしょ?」

緩くなっている沙耶のマフラーに手を掛け、少しだけしっかり目に巻き直してあげると、沙耶はこそばゆかったのか「きゅぅっ」と喉を鳴らした。


「ずっとここにいた訳じゃないよ? 図書室で勉強したりもしてたし。桜子の二者面談の時間聞いてたから、ここで待ってたのも五分くらいだったし」


「うん、分かったよ」


「嬉しい?」


「ん??」


「私が待ってて、嬉しかった?」


ギュッと顔を近づけて来て、沙耶は私の答えを物欲しそうに小首を傾げた。

大きな瞳に小さい鼻。

白い肌。

冷たい空気に晒されていたからか、頬と鼻頭が薄っすらと赤い。



「うん、嬉しいよ」


答えると、沙耶は目を細めて「良かった」と歯を見せて笑う。



沙耶は可愛い。

私の事を好いてくれる。


「帰ろうか?」と促し、彼女の小さな手を取ると、ちょこちょことした足取りで付いて来てくれる。


沙耶は可愛い。

沙耶は小さい。


けれど、きっと沙耶の方が、私よりちゃんと進路の方向性を決めている。


幼いのは私の方だ。


「……沙耶はさ、白海坂の大学に進学するの?」


問うと、沙耶は少し不思議そうにクエスチョンマークを浮かべながら「ん? うん」と言いを発する。


進路の話だって、これまでしてこなかった訳じゃあない。

沙耶がこのまま白海坂の大学に進学する事はずっと前から知っていた。

沙耶は教育学部に進学希望している事も知ってるし、その為に勉強している事も知っている。



「……二者面談で、何かあったの?」



「…………」



沙耶は聡い。

こういう時、いち早く沙耶には見透かされてしまう。

だから、私は沙耶には問うた。


「……安西さんは、美大に進学するのよね?」


「……? うん、そう言ってたよ」


「黒宮さんは?」


「桃ちゃんは……、まだそういうのは聞いてないかな。……どうしたの?」


「……あぁ、んっとね……」


瀬尾さんは音大、殻梨さんも安西さんと同じく美大、他のみんなも――。



「……沙耶」


「ん??」


「あの、あのね。もし、私が――」


「……うん?」






「もし私が、……白海坂じゃない、他の大学に進学するって言ったら、応援、してくれる?」





「 勿論だよ」







沙耶はそう言って、大きく破顔して見せてくれた。



繋ぐ手から伝わる体温。

沙耶の歩幅。

歩く速度。




……あぁ、ダメだなぁ……。


やっぱりダメだ。


沙耶は聡い。

けれど、私だって同じくらい沙耶の事を知っている。


だから、私には分かってしまった……。









沙耶は嘘を吐いた。


だって、『嫌だ』って、顔にそう書いてある……。







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