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第34話 黒宮桃の希望

ゼロじゃないなら、それは信じる理由になる。



◆ ◆ ◆



病室の戸を開けて、開口一番に私は言う。


「……冬乃、少しだけ、抱き締めて良い……?」


「……良いよ、桃」


冬乃は驚きもしなかったし躊躇いもしなかった。

上体を起こし、呼吸器を外し、ベッドの端に腰掛ける様座ると、冬乃はやんわりと両の手を広げて、私を迎え入れてくれる。


「……触れて良い?」


「……触れて欲しい。私も、桃に触れたいよ」


冬乃の頰に触れると、冬乃もまた、私の頰に触れてくれる。


髪、鼻、唇、首、鎖骨、胸。

そうやって順番に触れていき、触れられていき、冬乃の温かさを確かめる。

そこに貴女が居る事が、ちゃんと手の触れられる距離に冬乃が居る事が分かる。


今が幸せなら良いと、漠然とそう思っていた。

冬乃が手の届く場所に居てくれるなら、それが私には幸せだった。

まだ貴女に出会って一年も経ってないのに。

変だと思う?

でも、それが今の私の、正直な気持ちなんだ。

たったそれだけの事で良いんだ。



だから、だからさぁ……。



冬乃の背に腕を回す。

冬乃の肩に顎を乗せる。

そうすると、冬乃のもまた、私の背に腕を回してくれる。

柔らかい肌。

良い匂いのする髪。

少しだけ温かい体温。

それなのに、色はどこまでも白い。

ベッドのシーツみたいに、枕のカバーみたいに、病院の壁紙みたいに白くて、点滴される薬品の様に透明の様にも思える。


冬乃。

三月場、冬乃……。



「……冬乃」


「……なぁに?」




「……冬乃、元気?」


「……元気、だよ?」





……嘘だ。

嘘だ嘘だ。

絶対嘘だ。

そんなの、嘘だよ……。





「……本当に?」


「……本当、だよ?」




「…………本当の本当に?」


「…………本当の本当、だよ……」




「本当なら、それで良いよ……。冬乃が元気なら、それが本当なら、それで良いの。それが一番良いの……」




だけど、聞いて……?





「今、冬乃が元気なら、私、安心しちゃうよ?」





言うと、冬乃の身体が微かに震えた。


夏の終わりで秋の始まり時、空調は点いておらず、窓からそよぐ風は、まだほんのりと温かい。

だから、冷たい風とか、冷えすぎた空調とか、そういうモノではないのだ。

私は冬乃に元気でいて欲しい。

冬乃にとってもそれが一番良いのだ。

だって、元気なら、きっとこの場所に居なくて良いのだから。

四方を真っ白の壁紙に囲まれて、点滴のチューブに繋がれて、呼吸器で酸素を取り込んで、白い患者着なんて着なくて良いのだから。


私は我儘だから、安心したいのだ。


三月場冬乃が元気だというその事実だけを真っ正面から只々突き付けて欲しい。

その事実が、それだけを確かなものとして得られるならば、今の私は、本当に、本当に何も要らないのに……。



「……冬乃、教えて……? 私に教えて……?」




私のじゃない涙が、私の頬を伝って流れた。

頰と頰が触れ合って、涙で少し濡れていて……。

彼女が涙を流しているのが分かる。

冬乃の涙など望んだ事はない。

どんな時だって冬乃に泣いて欲しくなんてないし、冬乃の悲しむ顔なんて見たくないから。

けれど、今は少しだけ、冬乃と何かを共有出来ている事が嬉しかった。


背中に回された腕に、少しだけ力がこもる。


冬乃の細かい息が次第に荒くなり、鼻をすする音が耳に触り、しゃくった喉が私の感情を刺激した。


冬乃には泣いて欲しくない。

けれど、今冬乃を泣かせているのは私だ……。




「……何で、そんな事、聞くの?」


「……ダメ? 聞いちゃ、ダメだった……?」


「……っはは、そんな事無いけどーー」



冬乃はほんの少しだけ声を出して笑った。


それが、本当に少しだけで、何処か乾いてしまっていて、声を出して笑うと度に、だくだくと涙が流れ、頬を伝ってきて……。



「……っはは、私は元気だよ。……うん、元気。元気に決まってるでしょ。……っはは。桃、は、いつも心配して、くれるから……。っはははーー」



っはは。



っははは。



……はは、はーー。




「……っ本当はーー」

言って、冬乃は少しずつ、本当に少しずつ……。



……本当はね、本当はーー。



……本当は、…………本当は、少しだけ、元気じゃなくてね……。





少しだけ、キツくてね……。





少しだけ、ツラくて……。







「少しだけ、本当に少しだけ、……さ、さびし…………く」



言葉を詰まらせて、少しずつだけれど、そうやって、…………そうやって冬乃は。


抱き締められる力は次第に強くなり、それは痛いくらいで、息が苦しくて、それは強く抱き締められるている所為ではなくて、冬乃が私にとって、私が冬乃にとって、互いがどれだけ互いをーー。





「ーーーーっぅあぁぁ…………ッぁぁあ…………っっ!」





こんな風に、声を上げて泣く冬乃を、初めて見た……。

そんな風に、自身の感情を荒げ出す冬乃の声を、初めて聴いた……。




「私嫌だよッ! こんな……、こんなところ嫌だぁッ! 桃と一緒が良い……ッ! ……桃と、一緒に、居たいよぉ……。こんなの嫌だぁ……。ツラいよ。……悲しいょ、桃ぉ……。ごめんね……、ごめんなさい……。桃……、桃ちゃん…………」





私、死ぬのは……、怖いよ…………。





「……私も、冬乃と一緒に生きたい……」

頭を撫で、背中をさすり、冬乃の息を落ち着かせる。

今冬乃が泣く事は良い事なのか?

大きな声を上げて泣く事は大丈夫なのか?

私はまだ高校二年で、17歳で、勉強もそこそこしか出来ないから、冬乃の身体の具合も病気の度合いも分からない……。



だけど、お願い。



今、私のお願いを、聞いてくれる……?



私のわがままを聞いてくれる……?



冬乃、お願い、冬乃……。




「……冬乃、今、聞いてくれる? 私のわがまま」



「…………桃のわがままなら、お願いなら、私に出来る事なら、何でも聞くよ」



冬乃の涙を止めたい。



これは、本当に、可能性なんて殆ど無いだろう……。



だけど、0じゃないなら……。

幾つも並ぶ0の隣に、ちゃんと別の数字が居てくれるなら……。



「……海に行こう、冬乃。今から」



言うと、冬乃は少しだけ笑ってくれた。



「…………今から海に? っふふ。……良いよ、桃。海に行って、何をするの?」




「……探しに行くんだよ」




「……探しに?」





……行こう、冬乃ーー。




◆ ◆ ◆




「死ぬわよ。誰だって。三月場さんだって黒宮さんだって、死ぬわ。いつか。そのうち」


言って、朧さんは片眉を上げて見せた。

その口元に、笑みは作っていなかった。


「……何で、そういう事言うんですか?」

「何でって、そう聞かれたから」


私の投げた問いは「冬乃は死んでしまうんですか?」というもの。

確かに、その意味合いは間違っていない。

……けれど、私はその朧さんの回答に憤りを感じ、少しだけ悲しくなった。


「じゃあ、もう一つ聞いて良いですか?」

「答えられる範囲でなら」

「冬乃はいつ死ぬんですか?」

「貴女に答えられる範囲でしか答えないわよ?」

「それでも良いです」


「取り敢えず、あと三年は生きるわ」


『いつ死ぬのか』という問いに、朧さんはこれからの生きられる年月でそれに回答した。

そして、語頭に付けられた『取り敢えず』という言葉。


それはつまり、きっと『そういう事』なのだろう……。



「……冬乃は、いつ退院出来ますか?」

「私はいくつ貴女の質問に答えれば良いの? もう一つだけもう一つだけと、私は貴女にとっての便利屋さんじゃあないわよ? それに、私の回答だってタダじゃないわ。ちゃんと払って貰うわよ。それなりの『何かしら』を。ちゃんと分かってる?」


問われ、私は一瞬だけ視線を外す。

朧さんから向けられた鋭利な視線から瞬間的に逃げたのだ。


……だけど、私が今、ここで逃げる訳にはいかないのも、事実なのだ……。


「……私の払えるモノって、何になるんでしょうか?」

「それは貴女が決める事じゃないわ。私が決めて私が受け取る。それを貴女が感知出来るかどうかも定かじゃないけれど、ちゃんと何を頂くかはそれを払う人には伝える。それが此処と私の『ルール』だから。それは例えば払うだけではなくて、もしかしたら何かしらの制約かも知れないし、今後の取り決めかも知れない」


「……制約とか取り決めって?」


「つまり、今回の人生でもう一生林檎を食べられないかも知れないし、来世ではカタツムリかも知れないって、そういう事よ」


………………。


本気で言っているかどうかは定かではない。

けれど、何故だかこの場と、彼女、朧扉さんの語調には確かな何かがあった……。


本当にそんな事が出来るのか。

本当にそんな事が起こるのか。

……魂売った方が楽かも知れないとは、こういう事なのだろうか……。




「……それでも良いです。冬乃の病気を、治して下さい……。あの子を、どうにか、元気にしてあげて欲しいんです……」


言うと、朧さんは大袈裟な感じにため息を吐いてみせた。

それは、言うなれば『お前は本気で言ってるのか?』『お前は何も分かってない』といったような、ある種の呆れにも似ていた。


きっと私は場違いなのだろう。

それでも、私にだって守りたいものの一つや二つある。


「貴女は白海坂の生徒で、割と私とも仲良くしてくれるから、少しだけ、本当に少しだけ三月場冬乃の事を教えてあげるわ。これは私の意志だから、別に何かを取ろうって事も無いから、そこだけはまぁ、安心して頂戴」


目を細めて顎を上げ、そう言って、朧さんは先を続けた。


「今の三月場冬乃の血液には260を超える病名が付けられるのね。その内の77には二十年後に名前が付いて、14には五十年後に名前が付いて、2つにはこの星が六度生まれ変わって初めて名前が付くものなの」


「………………へ?」


「貴女は、それを簡単に私に治せと言うし、さも当然の様に元気にしてあげて欲しいと言うのね?」


「…………そんな。……っーーだって、…………だって、朧さん言ってた。……冬乃の病気は、大した事ないって言ってた!!」


自分の発した声の大きさに驚き、次いで朧さんの冷めた目と何一つ変わらない表情に底の知れない恐怖を感じた。


私は、真実を知るのが怖いのだ。


それでも、容赦無く朧さんの口は開き、そこから私の望まない言葉が次々と吐き出される。


「理解しなさい黒宮桃。あそこは『みんなの保健室』で、此処は『私のライトオレンジ』なの。あの場の私は誰も彼もを思い遣れるけれども、此処の私は基本真実しか言わないわ。それが良いにせよ悪いにせよ。私の言ってる意味、分かるわよね?」


「…………そんな」



私は答えない。

首肯もしない。


そして、朧さんは続ける。



「さて、この三月場冬乃の260を超える全ての病気を治す為に、私が貴女から受け取るモノは、それと相応の何かになる訳よ。演劇部なら、まぁ、演劇部じゃなくても、想像くらい付くでしょう?」



「……それが、要するに、命とか、魂とか、……そういう事ですか?」



問うが、朧さんは至極つまらなそうな顔をして、「考えが貧困ね」と両の肩を竦めた。


血の気が引く感覚。

血液が足りない感覚。

恐ろしいと思う思考すら奪われ、ただただ身体が寒かった。


命や魂を明け渡しても、今の冬乃を、私じゃあ救う事が出来ないの……?


朧さんは言う。

「貴女のちっぽけな命なんかだけじゃあ到底無理な願いだよ。貴女の親兄弟に祖父祖母叔父叔母甥姪含めて全部の命でもまだ足りない。貴女を生きながら自害する事も許さず幽閉して磨り減っていく魂を地獄の鬼共に喰わせ続けても1300年以上必要になる。それが今の三月場冬乃の血液。誰も入る事の許されない病室でゆっくりと蝕まれて思考する事も取り上げられてサンドペーパーで魂削り取られる様に衰弱していくのが三月場冬乃のこれからの日々なの」



「ーーッ何でそんな酷い事言うんですかっ!!」


「言ったわよね? これが真実なのよ」



叩いたカウンターの硬さが拳に響く。

溢れたコーヒーが温度を失っていく。

そして、私のそんな激昂では店員もお客の老夫婦も視線すら投げてこない。

それは、私の『コレ』がこの場所での『普通』だという事を知らしめる様でもあった。


涙が流れないのは、ここでの出来事や話が現実味を帯びていないからだろうか?

それとも、とうに涙など流す段階ではないという事だろうか……?


「酷いって、それは貴女に対して? それとも三月場冬乃の病気に対して?」


「…………っそれはーー」


言い淀んでいると、朧さんは私の答えを待たずに続け様口を開く。





「貴女、自分が物語の主人公か何かだと勘違いしてない?」





………………。



絶句、だった……。



本当に何も、一つの言葉も返せなかった……。





「貴女は何の対価も労力も無くこの場で私に願えば何でも願いが叶い三月場冬乃を助ける事が出来ると思って此処に来た訳じゃあないでしょ? 誰にとっても何に対してでも愛する人をモノを助けるっていうのはそういう事でしょ?」


「………………」


「例えば誰か、愛する人を助けたいという願いでこの場に来た誰か、それが老父でもサラリーマンでも、企業の社長でもシスターでも、子供でも大人でも、宇宙人でも地底人でも、未来人でも異次元人でも、私はそれが三月場冬乃と同じくらいに厳しい条件ならば、きっと貴女とほぼ同じくらいの必要対価を提示するわ」


「………………」


「主人公だとか脇役だとか、そういうのは関係無いのよ。だけど、貴女がそう思おうとするのは正直無理もないと思う。貴女にとっては貴女が主人公だから。だけど、私とこの場では私が主人公。そして、私も貴女もこの世界の主人公ではないわ。私の言ってる意味、分かるわよね?」


「……冬乃は、主人公じゃないから死ぬんですか?」


「最初に言ったわよ。誰だってその内死ぬわ」



「……あんなに優しいのに、……きっと誰よりも優しいのに、……何も悪い事なんてしてないのに、…………それなのに、冬乃は病気で死ぬんですか……?」





「そうよ」





「…………どうにか、私一人の命で、どうにかなりませんか?」


眉間に皺を寄せる朧さん。

迷惑そうに表情を歪める朧さん。

言ってしまうと、私は朧さんが怖い。

怖くて怖くて仕方がない。

嘘の様な話をまるで本当の様に話して、きっとそれは私が知らないだけで何もかもが本当なのだろうと思えてしまう事がとても怖い。


それでも私はーー。


「……お願いします。……1300年でも耐えます。……私、こう見えて待つのも耐えるのも得意なんです。……得意にしたんです」


お願いします……。


「お願いします、朧さん……。どうにか、私一人の命だけで、冬乃を助けて、もらえないでしょうか……」




「黒宮さん、貴女、主人公になりたいの?」




「……私、冬乃に、お願いしたんです。冬乃と約束、したんですよ。私……」


「愛する人が亡くなっても、好きでい続ける事に変わりなんて無いんじゃないの? 待つのも耐えるのも得意なんでしょ? また来世で逢えるかも知れないじゃない。さっきから、相手を生かして自分を犠牲にしてって、それじゃあ三月場が生きてても貴女は結局死んだ様なものなのよ? 相手の気持ちを考えない自分よがりの考えね。それに矛盾ばっかり。割といい加減にして欲しい。今の私の提示している条件なんて言ってしまえば黒宮が死ぬか三月場が死ぬかの選択肢でしかないのよ。だったら自然に任せて来世で逢えるかも知れない奇跡みたいな事に身を委ねるのが一番良いと思うけれど。それが分からないなんてとんだ自分勝手ね。呆れるわ。エゴイストにも程がある」


「ーー待つのも耐えるのも得意にしました! でもっ! 今冬乃に生きてて欲しいんですよ私はっ!」


自分の声がまるで自分の声じゃないものの様に聞こえる。

我儘な自分が憎らしい。


自分の力ではどうにも出来ない事が恨めしい。


だけど、それでも私は、冬乃に生きていて欲しい。どうしても、何をしてでも、だ……。



「……面倒臭い」

そう言って、朧さんは心底ダルそうに私に二杯目のコーヒーを差し出した。



「……要りませんよ」


「別に良いわよ飲まなくても。ところで、貴女私に散々いくつも質問質問で通してきてるんだけれども、宜しければ私の質問に一つだけ答えて貰っても良いかしら?」


「……はい」


少し躊躇ったけれど、私が朧さんに質問攻めをしていたのも事実だ。

申し出を受け入れ、私は一度だけ首肯する。


腕を組み、目を細め、一つ息を吐いてから、朧さんは言いを吐いた。





「貴女、自分が何故今『演劇をしているか』を『覚えている』の?」


「…………え?」





質問の意味が分からなかった。

質問の意図もわからなかった。


何故私が演劇をしてるか覚えてるか?


それは私が演劇をしようとした動機の事?

それとも演劇を続けている理由?


考えていると、朧さんは「ありがとう。もう良いわ」と吐いて締めてしまう。


「……私、まだ何も答えてませんけど?」


「貴女のその表情だけで充分過ぎるくらいだわ。だから、もう良いわ。大丈夫」


言ってため息を吐き、「面倒ねぇ」と小首を傾げる朧さんは、「仕様が無いから、一つだけ提案、というか、提示してあげるわ」と、私に向けて両の手を広げて見せた。


「……提示、ですか?」


問うと、「そ、提示」と、朧さんは言う。

笑みは浮かべないし、その表情はやはり心底面倒臭そうだ。


「私は今此処で貴女の願いを叶えない。だから何も取らない。貰わない。受け取らない。だけど、ほんの少しだけ手を貸してあげる。あぁ、いくつか答えた質問の分はちゃんと頂くけれどね。どう?」


「……手を貸して頂けるっていうのは、どういう事ですか?」


「言葉の意味の通りよ。願いは私を頼るのじゃなくて貴女が自分で叶えなさい。その代わり、私はその触媒を貴女に設けてあげるわ。今回の三月場冬乃の病気に見合った程度の触媒を」


「……触媒?」


「要するにミッションって事。三月場冬乃の病気に見合ったミッションだとかなりの無理難題だろうけど、無いよりマシでしょ? 自分で達成して自分で勝手に三月場冬乃を助けなさい」


「……なんなんですか? 急に優しくなって。さっきまであんなにーー」


「別に優しくなったわけじゃ無いわよ。それに、貴女の願いを叶えるだけなら規定の何かを頂戴してサッと叶えてあげるだけだから、私にとってはそっちの方が簡単なのよ。実に簡単。だけど、貴女と三月場冬乃はね、本当に面倒臭いのよ。だから、貴女に課すのは無理難題。やるだけやって無理だったらもう此処には来ないで欲しい。成功する可能性がドットの後に0の幾つも並ぶパーセンテージでもやるかやらないかでいったらやるんでしょ? とりあえず、適当に頑張ってみなよ」


「…………何なんですか、無理難題って……」


色々言われたが、そこは聞き流す事にした。

多分ここから私が何を聞き返したところで朧さんにとってはきっと蛇足でしかないし、提示されたこのタイミングから気でも変わられたら何だか嫌だ。

ここで重要なのは朧さんとの押し問答じゃないのだ。


だからーー。





「今が大体17時だから、明日の日の出までに、100個見付けるの」





「…………100個? 何を、ですか……?」





問うと、朧扉はいやらしい笑みを、ありありと浮かべたのだ……。




私は朧扉が嫌いだ…………。





◆ ◆ ◆










……行こう、冬乃ーー。





探しに行こう。





可能かどうかは分からないけど、出来る事ならば、私はそれを可能にしたい。





ライトオレンジで、朧さんの前で一粒も流れ出なかった涙が流れる。





それは、覚悟の証なのだろうか…………?









「……冬乃、行こう。今から、海にーー」









流れ星を探しに行こう。












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