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キラキラと輝く銀色の少し長めの髪は緩やかにカーブを描いていて、後ろで一つに纏めてある。
切れ長の知性を感じさせるその瞳は薄い青。
整った鼻筋に少し大きめの口元。
背も高く当然ながら手足も長い。全体的にスラリとしてはいるが、決して華奢な訳ではない。
そんな360度どこから見ても文句の付け所のない男、デューク ウェイン レガラドは今窓の外を眺めている。
夕焼けが彼の髪を染めて尚幻想的に感じた。
「さっきからジロジロと、何か言いたい事でもあるのか?」
此方に視線もよこさず語るその低い声は、あまり抑揚がなく感情を読み取り辛い。
無駄に美しいその顔もまた滅多に表情を変える事がない。
「アルベルトさん、遅いですね。」
宿の一室にいい大人の男女が二人きりでいるのに、何というか相手の男が綺麗過ぎて現実味がなく、全くドキドキしない。
アルベルトは今、優菜の服を買いに出掛けている。
優菜はハイネック、ノースリーブのトップスに細身のパンツを履いて、その上からカーディガンを羽織っていた。
染めているとは言ってもそんなに明るい色ではない優菜の髪は人目を引くらしく、せめてお披露目する迄は目立たない格好をと言う事らしい。
「アルベルトが気になるか?」
いつの間に此方を向いていたのか、デュークはそう尋ねた。
夕日の具合で丁度後光が差している様に見える。
「いいえ、デューク様が外ばかり見ているので、気になさっているのかと。」
「・・・様はいらないとさっきも言った。言葉も元に戻せ。」
「あ」
しまったと声を漏らす。
因みにデュークが王子と知った後の優菜は、それはもう、分かりやすい位狼狽えて例の如く、ござりまするとか江戸時代の様な言葉を使い美人なおにーさん方から失笑を買っていた。
その他にも天国とか、天使とか、この世界に来て光の速さで恥の上塗りを続けている優菜。
思い出したらまた顔が熱くなってしまった。
「まぁいい、それでユウナ、その首の痣、殺されたと言っていたがそれが原因か?」
「っー・・」
言葉に詰まる。
ハイネックで見えていないと思っていたが、先程襟を掴まれた時にやはり見えていたようだ。
「多分、そうだと・・・」
目を伏せて答える。まだ数時間前の出来事は鮮明に思い出されて、違う世界にいるのだと分かっても恐怖は拭えない。
ああ、死ぬんだとぼんやりと悟った瞬間に、何の心残りもなかった虚無感は30年の月日が無駄なものに思えて仕方がなかった。
唯、それ程に現実に失望していて、あの穏やかな場所が天国で、銀色の綺麗な男が天使で、絶望していた自分を掬い上げてくれたのだとあの時は安堵した。
「何故殺された?相手は誰だ?」
「・・・答えなきゃダメですか?」
先程まで黙りだったのに、急に随分と突っ込んだ事を聞いてくるデュークを、優菜はジッと見つめる。
相変わらず無表情の彼は引いてくれる気はなさそうだった。
優菜は溜息を吐いて視線を落とす。
「付き合っていた彼です。思い通りにならない事に腹を立てたんだと思います。」
言葉にして何て簡単でくだらない理由なんだろうと思ったが、もう彼はいない。そう言い聞かせて頭に浮かんだ映像をかき消す。
「思い通りにならないとは?」
「別れたかったんです、私。でも彼は引いてくれなくて、良く喧嘩に・・・」
厳密に言えばそれは喧嘩と呼べる様なものではない。もっと一方的で狂気に満ちたものだった。
一度別れたいと告げたその日を境に、優しくて心配性だった彼は豹変して、大きすぎる依存や執着といった自分勝手な感情を包み隠す事なく、優菜へ暴力を持ってぶつける様になっていた。
その延長線上に死があっただけの事。
「喧嘩。」
一瞬だけ目を細めてデュークははっきりとそう言った。
喧嘩で済ますには無理があったかもと思ったが、優菜もこれ以上話す気はない。
「男女間の縺れなんて良くある話ですよ。まさか自分がこうなるなんて思いませんでしたけど」
ヘラッと効果音がつきそうな苦笑いをしつつ首元を抑える。
こんな事で誤魔化される相手でもないとは思うが、出来れば話したくないと察して頂きたい。
「男女間の縺れか、小娘が知った口を聞く。」
「ー・・・えーと、」
小娘、確かにデュークはそう言った。
日本人は幼く見える的な、あれだろうか?
「ここって幾つから成人なんですか?」
「18だ。」
「一年は何日で、一日は何時間ですか?」
「一年は365日で一日は24時間、・・・何が言いたい。」
此方の人も同じ様に年を取ると確認する。
「一体幾つに見えてるんですか?30ですよ、私。中身はアレかもしれないですけど、一応大人と呼んで差し支えない年だと思いますが・・・」
この世界でも流石に三十路が小娘と呼ばれる年齢ではないと予測できる。
あまり感情を表に出さないデュークが目を大きく見開いていた。
それが少し可笑しくて優菜は笑う。
優菜が笑うとデュークは目を逸らして謝罪した。
「・・・すまない。」
「いいえ、日本人は基本的に外国の方からは幼く見えるみたいなので、気にしないで下さいね。」
優菜は少しからかいすぎたかもと、機嫌をとる様に言葉を柔らかくしてそう言った。
「ところでデュークさんはお幾つなんですか?」
また無言になるのも気まずいので尋ねてみた。気にしているのは自分だけなのだろうが、まるでお見合いみたいだなと感じる。
「26だ。」
「へぇ、そうなんですね。」
あ、ダメだ、会話が続かない。
そう思って変な間が出来た後、アルベルトが戻って来た。
助かったとばかりにアルベルトと挨拶を交わして、テンション高めに服を見せて貰うが、この世界の服の流行が分からず"へぇ、そうなんですね"のオンパレードをしてしまい、気を失ったり、眠ってばかりだとは思ったが、その日優菜は夕食と湯浴みを済ませた後、気疲れですぐに寝てしまった。
ー翌朝ー
「デュークさん、アルベルトさん、おはようございます」
優菜は昨日アルベルトが買って来た服に着替えてから二人に挨拶を交わす。
人生で初めて着るドレスとも取れる服に多少手こずってしまったが、昨日のうちに教えて貰っていたので何とか人に頼らず着れた事に安堵していた。
ちなみに髪は纏めて帽子で出来るだけ見えない様にしてある。
「まぁ、マシにはなったか」
「ええ、そうですね。昨日よりは目立たなくなったかと」
二人にそう言われて優菜はホッと胸を撫で下ろす。元々目立つ事は好きではない。与えられたこの服でさえ見慣れない優菜には派手に感じた。
「まずは朝食を取りましょう。用意は出来ています。」
アルベルトに誘導されて食事の用意してある部屋へと場所を変える。
この宿は三階建てで、この部屋は三階のフロア全てが一部屋になっているらしく、かなりの広さで、そのおかげで優菜も一人、ベッドでゆっくりと寝れたのだった。
食事はパンが主食らしい。今朝はサラダと目玉焼きとソーセージ、それと豆っぽい風味のポタージュだ。
「ユウナ、今日は俺とお前で聖地へ行こうと思う。」
「二人、ですか?」
「聖地は限られた王族のみが入る事を許されています。私は王族ではないので入り口までの護衛になります。」
アルベルトの説明で優菜は首を傾げる。
優菜も王族ではないのだ。疑問に思って当たり前であった。
「私、向こうの世界でも王族とかではないんですが、大丈夫なんですか?」
「この世界は大きく五つの国があって、その王族の祖先は聖地に降りた者達と言い伝えられている。子供でも知っているお伽話の様なものだ。真偽の程は定かではない。故に俺も信じてはいなかった。」
「え?」
優菜は聖地に降りた事を思い出し、ドクンと心臓が嫌な音を立てた。何か言い知れない不安を感じる。
「優菜が聖地に降りた事はお伽話の様な伝承と何か関係があるのかもしれない。奴隷に出来なかった事も、伝承が本当であるなら一応理解出来る。」
「何も関係がなかったら・・・?」
「その時はそれでいい。お前に手を出せば神罰が下るとか適当に言っておけば大抵は怖れて手も出せまい。」
優菜は納得出来ていなかったが、まずは聖地へ行かなければ何とも言い様がないと、デュークが締め括ったので、それ以上問い詰める事は出来なかった。
食事を済ませ、宿を出る。
通りは石畳みで木造の同じ造りの建物がずらりと並んでいた。
珍しさに優菜がキョロキョロしていると、アルベルトが説明してくれる。
「この街では景観の為に建物を黄色と白で統一してるんですよ。」
「へぇ、なんだか迷子になりそうですね。」
今は馬車で移動しているので特に、同じ場所をくるくる回っている様に思えるのである。
ちなみにこの世界の言葉は分かるが文字が読めなかった優菜は、看板を見てもさっぱりなので、もしも逸れてしまったら二度と宿に戻れないだろうと感じた。
「貴女には意味がないですが、等間隔で標識が出ているので、大抵の人は迷わないんです。」
アルベルトは笑ってそう教えてくれた。
「ああ、早く覚える様に努力します。」
苦い顔をして優菜は言った。学生時代も余り頭の良い方ではなかったが、最近物覚えが悪くなってきているのを自覚していて自信がない。
そんな会話をしている内に街を抜けて林道へと続く道を前に馬車が停められた。
「ここからは馬で行く。」
何でも一般市民は聖地に近づく事も禁じられているらしく、馬車もここまでとの事だった。
ちなみに聖地周りに高い建物を造る事も禁じられていて、街から聖地を望む事も出来ない。
林道の入口には警備の為の兵士が立っていた。街から間違って入る者を止める為にいるのだそうだ。
アルベルトが兵士と話して馬を用意している。馬車の中で馬に乗った事がないと話してあるので、連れてこられたのは二頭だった。
アルベルトが手助けをしてくれて馬に乗せて貰ったので、彼と乗るのだろうと思っていたのだが、優菜の後ろにはデュークが乗ってヘマをしないか不安になり狼狽える。
この男、怒らせると怖いのだ。アルベルトの方が良かったなとチラリとそちらを見る。
アルベルトばかりを気にする優菜を見てデュークは少しムッとしていた。
「頭が邪魔だな。もう人もいない、帽子を取れ」
「え?は、はい」
帽子を取ると、アルベルトへ渡され背中への密着が増して優菜は身体を固くした。
「怖いか?」
「い、いえ。大丈夫です。」
すぐ後ろでデュークの低い声が聞こえ、本来なら胸キュンポイントなのだろうが、そんな事より、彼の顎に頭突きをしないか不安で仕方がない優菜。
「そうか、出来るだけゆっくり進むからもう少し力を抜け。」
そう言って優菜の脇の下辺りからデュークの逞しい腕が伸び手綱を握る。
後ろから抱き締められる感覚に一瞬だけ胸が高鳴るが、そう言う事じゃないと自分に言い聞かせる。
「あのっ、顎気を付けて下さいね。私もぶつけない様に気を付けるので」
「ああ」
少しでも怒らせない様に一応先に言っておく。するとデュークは少し考えた後、優菜の頭を引き寄せた。
「ひゃっー・・・!?」
デュークの息が耳にかかる程密着している。
流石の優菜にももう余裕がない。ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打つ。
「これでいいか?」
「・・ーっ!!」
囁かれた低く甘い声が神経を直接なぞる様に背中を泡立たせて、それでも馬の上にいる事で動けないでいた。
「そ、れは、少し近すぎるかとー・・・」
やっと声を絞り出してそう言うと、デュークはフッと小さく笑って離れる。
からかわれたのだと理解はしたが、まだ動悸が治まらなかった。
「お前程鈍くないから気にするな。」
「にぶ・・っ!」
咄嗟に振り返り文句を言おうとして、正面に戻る。
あの壮絶美人顔がドアップでそこにあって、動悸の治まらない優菜の心臓にはとてつもなくハードルが高い。不整脈も良いところだった。
「・・くてすみません。」
誤魔化す様に小さく言った。一瞬だけ見たデュークは確かに笑っていて、その顔も相変わらず美しかった。
優菜は年甲斐もなく年下の男に翻弄されて情けなく思う。これではまるで少女の様ではないかと俯いた。
「行くぞ」
デュークは満足そうに優菜の頭を撫ぜながらそう言ってゆっくり馬を歩かせる。
自分ではなくアルベルトばかりを気にする優菜。密着している事よりも頭を気にする優菜。
男として見られていない事を思い知らされムッとしてからかって分かった。
優菜は鈍い。他に意識が行けば行く程。
文句を言おうと振り向いた彼女の不服そうな顔は、驚きと恥ずかしさで瞬時に赤くなっていた。密着している事を完全に忘れていたのだろう。
見開かれた漆黒の瞳はまだ少し色を含んでいて、ほんの一瞬かち合っただけなのに、やはり幼く見えるだけの"女"だとも理解した。
自分でからかっておいて、何度も理性が崩れそうにったのは初めてだった。
耳の縁に唇を寄せて囁いた時に優菜の漏らした声には馬の上で良かったと心底思ったし、今も髪を纏めた事で露わになっているうなじにばかり目がいって、かぶり付きたいと思う程の衝動と戦っていた。
自分はこんなにも見境いのない男だったかと過去を振り返るがそんな事はない。
ふとアルベルトの方を見ると眉間に皺を寄せてこちらを見て、首を横に振っていた。
欲に負けそうな事に気付いているのだ。
それからデュークは努めて優菜を見ない様にして、ほぼほぼ無言のまま聖地入口へと到着した。