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夢でも見てるのだろうか?
優菜はそう思い上の空で話を聞いていた。
もしかしたら、現実では昏睡状況でこんな非現実的な夢を見ているのかもと。
「ッー・・!」
しかし目の前男、デュークに掴まれた左肩の痛みで現実だと理解する。
「聞いているのか?」
怒鳴っている訳ではないのだが、彼が不機嫌なのはその目元を見れば明確で、優菜は癖付いた謝罪が口をつく。
その謝罪にデュークは短く溜息を零し、更に不機嫌な声が降った。
「お前のごめんなさいは挨拶と同じか?口先だけの謝罪等必要ない。それから、何を思い出しているかは知らないが、オドオドするな、不愉快だ。」
「ぁっ、・・・の、ごめん、なさー・・・」
ギュッと心臓を掴まれる様な感覚と、何度目かの謝罪も口にして良いものかも分からなくなり、優菜は押し黙る事しか出来なくなる。
「とにかくユウナ、お前は今これを持って俺のモノだ。」
「え?」
その言葉で思い出す。
自分がこの世界では奴隷以下という事を。
今目の前の男は自分を自身の奴隷として所有しようとしているのだと理解して、優菜は彼の左肩にある手を払い除けた。
それにデュークは更に眉を顰めて、優菜は更に震えるが、立ち上がって出来るだけ声を上げる。
「いっ、嫌です!私は奴隷じゃないですからっ!!」
怖くて顔は見れなかった。言い終わると同時に走り出す。
しかし、出入り口付近にいたアルベルトに捕まり、逃げ出す事は叶わなかった。
「・・・お前が何と言おうとここでは力が全て、受け入れろ。お前の為だ。」
アルベルトによって壁に身体を抑え付けられ、デュークが優菜の手の甲に己の手を添えて何かをブツブツと呟く。
「嫌っ!やめてっ!」
デュークの手の平から淡い光が溢れ、優菜は手の甲に焼ける様な熱さを感じる。そこに一瞬紋様の様なものが浮かんで胡散した。
「!」
手続きの様なものが済んだんだと優菜は感じた。
抑え付けられていた力が弱まって拘束を解いて二人を振り返ると、驚いた顔をしていて困惑する。
「えっと・・・?」
二人の反応に余計に困惑する優菜。
「デューク様、これは・・・」
刹那の思案の後、デュークは優菜に尋ねる。
「お前には既に主がいるのか?」
「え?主なんていないです、けど・・・??」
訳が分からなかったが、彼等の話を聞き逃した事を思い出して、先程喚いた事に少しだけ申し訳なく思った。
「あの、ごめんなさい。さっき話してくれた事驚き過ぎて全然聞いてなかったので、もう一度教えて貰えませんか?」
そう言って頭を下げる。
お前の為だと言ったデューク。何か考えがあったのだろう。先程から気遣う様に接してくれていたのを思い出す。
デュークとアルベルトは二人で何か話していたが、優菜の言葉に溜息を吐いて少しだけ面倒臭そうしていた。
結局二度同じ事を話したくはないのだろう、アルベルトが話し始めた。
「ユウナ、先程も言いましたが、この世界では貴女の様に黒い目を持つ者はいない。この世界では黒に近い色であればある程その魔力の低さを表します。」
ふと優菜は自分の髪を掬う。
そこには先日カラーしたばかりの茶色があって、恐る恐るアルベルトに尋ねる。
「あの、髪も黒い人はいないって事ですか?」
「はい、見た事がありません。魔力のない貴女ですが、髪だけは黒でなくて良かったとー・・・」
「黒です。」
心底安堵している様に話すアルベルトに、申し訳ないが被せる形で優菜は伝えた。
「は?」
その言葉に、アルベルトは間抜けな声を出し、若干興味を失いかけていたデュークも視線を寄越す。
「あの、だから私の髪の色、本当は黒いんです。これは染めているだけで・・・」
「・・・染める?ですか・・・?」
「私のいた所では、髪を染めるなんて普通の事で、髪を切るのと同じ感覚です。それに日本ではほぼ黒い髪と瞳が当たり前でした。魔法なんてないし、奴隷もいません。」
戸惑うアルベルトに、優菜は向こうの現実を伝えた。
「では、貴女の髪はいずれ黒くなるという事ですか?」
「いずれ・・・そうですね、新しく生えてくる所から黒くなります。年をとると、老化で白くはなりますが、それで魔法が使えるという事もないです。」
そんな事が起こるなら早くおばあちゃんになりたいなぁと頭の隅で考えてしまい、いけないとアルベルトの顔を真剣に見直す。
「そうですかー・・、となると黒くなった時に混乱は必至、しかし・・・」
またブツブツと呟き始めたアルベルトに優菜は問い掛ける。
「あの、私は奴隷にしかなれないんでしょうか?」
「・・・ああ、本当に何も分からないんですね。」
暫くの沈黙の後アルベルトはそう言って話を続けた。
「貴女に主がいないのが嘘でないのなら、貴女を奴隷に出来る人間この国ではいないでしょう。」
「え?じゃあ、さっきのは?」
「手の甲に浮かんだ紋様が今は出ていませんね?」
自身の手の甲を確認して優菜は頷く。
「紋様は所有印です。所有印は常に他者に見える様に付くのですが、先程のは失敗と言う事になります。」
「失敗する事があるんですか?」
「通常、魔力の高いものが、低い者に対して所有印を付ける場合失敗する事はありません。失敗する場合は、施行者よりも高い魔力の持ち主が既に奴隷の主人となっている場合に先程の様になります。しかし貴女に主人はいない、魔力のない貴女がデューク様よりも強い魔力持つ訳もないのでー・・・」
「奴隷に出来ないのならば、救世主でも神子でも適当に奉り上げればいいだろう。」
デュークがアルベルトの言葉を遮り会話に入り込む。
「それしか彼女の身を守る方法はなさそうですね。」
「え?」
アルベルトもデュークの言葉に頷いているが、優菜は納得いかない。
救世主とか神子とかそんな事を言われても荷が重すぎる、その上それも嘘だなんて。
罪悪感と羞恥心に苛まれて神経が擦り減りそうである。
「適当に奉り上げるのはちょっと・・・寿命より先に神経やられそうなので無しの方向でお願いしたい、です。」
優菜の言葉が進む度にデュークの眉間の皺が深くなり、最後はたどたどしくなってしまった。
綺麗なおにーさんは怒るとコワイ。
自然とアルベルトの背に隠れる様に彼の服の裾をちょんと掴む。
ヒクリとデュークの口元が歪み、それに慌てるのはアルベルト。
「デュ、デューク様・・・!」
狼狽えながらアルベルトは優菜を自身の前に引っ張り出そうとするが、既に遅くデュークが右手を軽く払う仕草で、触れてもいないアルベルトが吹っ飛んだ。
驚きに優菜はこれでもかと目を見開いていて、その瞳は恐怖に揺れている。
「魔力の優劣がどれ程その身を危険に晒すか経験せねば分からないか?」
デュークがそう言って右の人差し指をクイっと自身に向けて動かすと、優菜の足が勝手に彼に向かって歩き始めた。
「ゃー・・・」
自身の脚に全神経を集中させて歩みを止めようとするが、それは全く意味を成さず目の前には悠然と足を組んでソファに腰掛けたデュークがいる。
ピタリと足が止まり、彼が人差し指を下へ落とすと、今度は勝手に床に膝を着く。
彼はゆっくりとした動作でソファに立て掛けてあった剣を取り、鞘を抜いた。
そしてそれを優菜の首元へと当てる。
「所有印等なくても、魔力のないお前を操る等造作もない。今俺が命じればこの刃に自ら首を差し出させる事も出来る。」
デュークは一旦言葉を区切り、組んでいた足を開いて優菜へとその半身を近づける。
刃は首元に当てたまま、反対の手で優菜の髪を一房掬い指に絡めた。
「その黒い瞳と、これから黒くなるであろう髪は魔力のなさを示すもの。ある程度の地位と魔力がなければ奴隷へと落とされるこの世界で、所有印が付けられないからと言ってもその扱いは変わらない。」
弄んだ髪が毛先まで流れて彼の指を離れると、その手は優菜のハイネックの襟を乱暴に引っ張る。
「救世主や神子であれば、俺の隣で安全でいられる。聖地に落ちていたお前がどういう存在か分からない以上、ぞんざいに扱わせる訳にはいかない。俺はお前を奴隷の様には扱わないと誓ってやる。だから奉り上げられる事位の条件は飲め。でなければ守る事が難しくなる。」
さらりと奴隷扱いしないと誓われるが、守ると言った相手は今現在首元に抜き身の剣を当てていて、一体この状況からは誰が守ってくれるのかと訳の分からない事を考えて現実逃避したくなる。
とにかく、今彼は救世主だか、神子だかを納得する様に脅しているのである。
この条件を飲めば優菜は、このコワイおにーさんと四六時中一緒にいる事になるのだろうかと少しうんざりした。
脅してはいるが、弱肉強食だというこの世界から守ると言ってくれている。
頷いても良いかと思った優菜だったが、素直に言う事を聞きたくはない。
まだ剣はそのままだが、もう恐怖心はなかった。
「分かりました。じゃあー・・」
優菜はそう言って剣をそっと押して首元から離す。
「私に命令しないで下さい。」
「ああ、約束しよう。」
そう言うとデュークは近づけていた半身と襟を掴んでいた手を離し、剣を鞘に納めた。
自由になった優菜は立ち上がり、彼から少し距離を置く。
ふと存在を忘れていたアルベルトの方を見ると、ほっとした表情を浮かべていた。
「所でデュークさんはこの国で一番魔力が高いみたいな事を言っていましたが、一体何者なんですか?」
守ると言った以上立場のある人だとは思うが、これから一緒にいなければならないのならそれ位は知っておきたい、そう思って優菜はなんとなく聞いたのだが、アルベルトの答えに聞かなければ良かったと後悔した。
「ユウナ、此方のお方はガレティア王国第一王子、デューク ウェイン レガラド様です。」