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「あぁ、ありがとうーーー・・・」


そう言った女は、微笑みながら泣いていた。


その微笑みは切なくて、儚くて、男は暫く思考を停止して彼女の身体が崩れる様を眺めてしまう。


「ーーーっ、おい!」


ハッとして駆け寄るが、応答はない。

全く、何なんだと呟きながらデューク ウェイン レガラドは彼女を腕に抱き上げた。



******


「なりません!!」


宿へ戻り名も知らぬ女を連れ帰ると、護衛のアルベルト リュークが喚く。


「煩い」


「ーーーっ!デューク様っ!!」


尚も声を上げるアルベルトにデュークは一度酷く不機嫌な視線を向けるが、すぐに抱えていた優菜をベッドへと寝かせた。

その後当然の様にベッド脇へと腰を落とし、優菜の髪を梳いて頭を撫ぜる。


「そう喚かなくても聞こえている。」


優菜への視線はそのままにデュークは静かにアルベルトへと言った。

まだ暫く休ませてやりたい、そういう想いからだった。


アルベルトは自身の主でもあるデュークの女を気遣う姿に、一度息を吐いて声を抑える様心がける。


「はぁ・・、一晩の相手であれば良いのです。ですがその珍しさに惹かれ、連れ帰るのはなりません。大体、その女は一体どこで拾われたのです?」


そう、デュークはまともな会話すら交わしていない優菜を、連れ帰ると言ってこの宿の一室に入れたのだ。


「確かに、珍しい女ではあるが、それだけで連れ帰る訳ではない。それに、一晩の相手等俺を馬鹿にしているのか?」


髪を弄んでいた手を止め、冷えた目でデュークはアルベルトを刺すと、そのまま立ち上がり彼の方へと足を進める。


その冷たい圧力に、アルベルトはサッと血が下がるのを感じたが、今回ばかりは引く訳にはいかなかった。


「馬鹿にしている訳ではありません。しかし、ご自身の身の上をお考え下さい。得体の知れぬ女を連れ帰れば混乱を招くのは目に見えているではありませんか!」


抑えていた声が段々と大きくなって、それもまた目の前の主の機嫌を損ねる要因になる事が分かっていても、それを抑える事が出来なかった。

それ程彼は真剣で、もしこの声で女の目が覚めたとしても、わざと内容を聞かせ、自身が迷惑な存在だと認識してくれれば良いと思っていた。


「あぁ、お前の質問にまだ答えていなかったな。」


「は?」


眼光は鋭いまま、綺麗な笑みを貼り付けて言うデュークに、アルベルトは冷や汗を滲ませながら間抜けな声を出した。


「あの女は聖地で拾った。漆黒の瞳を持つ、魔力の全くない人間だ。」


「・・・ーーーなっ!」


言葉を失うとは正にこの事だろう。アルベルトは自身の耳を疑った。


「魔力のない人間?漆黒の瞳?」


この世界にそんな人間は存在しない。

魔力のない存在は動物のみで、魔力を持つ動物は魔物とされている。


「そんな人間聞いた事もありません!大体、聖地で拾った等!!あそこは立入禁止区域ではありませんか!そんな得体の知れぬ獣ー・・・」


そこまで言ってアルベルトはハッと自身の失言に気付いた。

デュークの手が剣の柄に掛かっていたからだ。


「んんっ・・・」


小さな声にデュークの意識は優菜へと向き、柄に掛かった手は下げられていた。

この時ばかりは、得体の知れない女に感謝せざるを得ないと、アルベルトはホッと胸を撫で下ろす。


「それ以上口にすれば次はないと思え」


デュークはそう言うと、覚醒しそうな優菜の側へと歩み寄った。






「・・・目が覚めたか?」







怒鳴る大きな声に背を震わせながら目を覚ました。

少しだけ視線をずらせば、今しがた声を掛けたであろう男性と目が合う。


ほんの一瞬見つめ合う形になり、優菜は自身がまだ横になったままだと慌てて身体を起こした。


「あのっ、私・・・」


しかし何を言えばいいか分からず、そこで言葉が切れる。

此処はどこなのか、何より自分は死んだのではなかったのかーーー


一度視線を落として、ポツリと声を漏らす。


「天使ーー・・?」


その呟きにデュークは少しだけ眉をひそめるが、俯いたままの優菜は気付いていない。


「あのっ、お迎えが来たって事なんですか?」


天国、優菜はそうだと思っていた。目の前に立つ人が、人らしからぬ美しさを持っていた為に、きっとそうなんだ、と思い込んでしまったのだ。

それに、彼女の記憶が正しければ、彼女はもう死んでしまったのだから。


「何を馬鹿な事をっ!何故デューク様がお前の様な者を迎えに等ーー!!」


優菜の問いに答えたのは、目の前の銀色の美しい男ではなく、その後ろの薄い緑色の髪の男だった。

その男の剣幕に優菜はビクリと震え、両手で胸元の布をギュッと握り締める。

アルベルトが近付くにつれ、身を固くして顔は俯いてしまう。


デュークはアルベルトを一睨みして黙らせると、ベッドの脇に腰を下ろし優菜の髪を耳に掛け、顎を上げさせる。

その手にまた優菜の肩は小さく跳ねたが、デュークが手を止める事は無かった。


「俺はデューク、天使ではないがー・・・、お前の言葉を借りるなら、お前を迎えに来た。」


フッと微笑むデュークに見入ってしまう優菜だったが、先程の男の剣幕にまた肩を震わせてハッとする。


「デューク様っ!!」


「チッ・・!」


アルベルトの怒鳴り声に舌打ちをしたデュークは、今度こそ腰の剣を抜き彼に向けていた。切っ先は首に赤い線を作っている。


「アルベルト、いい加減にしろ。」


静かに、抑揚の無い言葉が、彼が本気で殺意を抱いている事を伝えていた。


「・・・ーーっ、」


息を飲んだのは、アルベルトでは無く優菜。


「あのっ、ごめんなさい・・ー!」


掠れた小さな声は震えていた。


「何故お前が謝る?」


「やめて、くださいー・・」


消えそうな声で、いや後半はほぼ聞き取れない程であったが、一度唾を飲み込み、できるだけ声を張って優菜は続ける。


「わっ、私が何か、勘違いをしたから、だから怒鳴らせて、しまったんですよね?だからーー・・・!」


途切れ途切れに、懸命に伝える彼女が此方に目を向ける事はない。

恐怖、それ故に見る事すら叶わないのだろうと判断出来る。

しかしながら、何故かアルベルトを庇う事に彼女は必死で、それはまぁいいのだが、中々に色々とズレている。


ズレた彼女の言葉にデュークの怒気が削がれ、切っ先は首から大分下に下がっていて、またもアルベルトは優菜に命を救われた。


デュークは、先程から彼女を蔑む発言が許せなかった事も相まって、やっと出来た会話をアルベルトに邪魔された事に我慢の限界を迎えたのだが。

何と言えばいいか思案するが、段々その説明等どうでもいい様に思えてデュークは剣を鞘に収める。


「ーーああっ!もうっ!!」


声を上げたのはアルベルトで、一度デュークへ困った様な眼差しを向けてから、ドスドスと歩いて優菜の前まで進み、膝を着いた。


その気配に息を飲んで優菜は身を引くが、アルベルトは俯いている彼女の両肩を掴み、目を合わせる。

驚きに目を見開いた彼女の瞳からは涙が溢れ、頬は濡れていた。


「貴方は悪くありません。感情的になって主を怒らせた私のミスです。それに貴方には二度救われた。・・・先程は無礼な態度を取ってすまなかった。」


アルベルトの言葉に首を傾げる優菜であったが、なんと無くもう大丈夫なのだと分かり少しだけホッとした様に息を吐いた。


「そう、ですか。良かったです。天使様に何もなくてー・・・」


「・・・」


今度こそはっきりと天使様と言ってしまった優菜に、固まるのはデュークとアルベルト。


少しの沈黙の後、デュークが尋ねる。


「さっきからその、天使とは何の事だ?」


「え?」


弾かれた様にデュークへと目を向ける優菜。


「私は死んで、お二人が迎えに来て下さって、此処は天国じゃないんですか?」


涙を手で拭いながらそう問う彼女は、とても演技をしている様には見えなかった。


またも沈黙が支配した後、アルベルトが口を開く。


「やはりこんな頭のおかしなーー・・」


が、デュークに首根っこを掴まれ後方へと投げ飛ばされる。


「いつまでそうしているつもりだ」


アルベルトは今の今まで優菜の肩を掴んだままだった。


「さて、さっも言ったが、俺は、俺達は天使ではない。俺はデューク、あっちがアルベルト、今は所用で旅をしている。で、お前は何故あんな所にいた?」


あんな所、それを少しだけ強調してデュークは言った。

一連の流れで彼女が人一倍怖がりなのだろうと感じ、努めて優しく話しているつもりだった。


「えっと、アルベルトさんはー・・」


「あれ位鍛えてあるから問題ない。」


「・・・そう、なんですか?」


優菜から見てアルベルトは今悶絶している様に見えるのだが・・。問題ないと言うのなら問題ないと思おうと、意識を切り替える。

それに、先程迄生きるか死ぬかだったのだから、優菜には本当に問題ない様に思えてきてしまっていた。


「えっと、気がついたらあそこにいて、貴方がいて、それでまた気付いたら此処にー・・・」


「・・・その前はどこで何をしていた?」


どうも話が噛み合っていない。混乱しているのだろうと、デュークは根気良く言葉を変えて問い掛ける。


「あの・・・、その前はーー・・」


落ち着き始めていた優菜の声がまた震えて、デュークは彼女の横に腰掛け優しく頭を撫ぜる。


「私、殺された、と思うんです。」


「・・・ーー大丈夫、今此処にお前を傷付ける者はいない。落ち着け。」


「・・はい。」


確かに、優菜の首を締め上げた男は此処にはいないのだろう。

薄々感じていた、多分世界が違うと言う事実。

目の前の二人はキラキラと輝く銀色と緑色の髪、着ている服は中世の物の様だし、優菜にとっては何かの撮影と言われた方が馴染み深い程、自身の生活とはかけ離れていた。


何から確認しよう、全部話してしまったけど大丈夫だったのかな、色々と考えが巡る。


「日本から来ました。此処はどこですか?」


「ニホン?聞いた事がない。」


デュークの呟く様な言葉に優菜はやっぱりと思う。


「ここはガレティア王国のアトゥナ地方にある街だ。ちなみにお前のいた森は聖地だと分かって入ったのか?」


「ガレティア?聖地?・・ごめんなさい、分からないです。多分、なんですけど、この世界に私のいた国はないのかもー・・」


「それは違う世界から来たと、そう言っているのか?」


「信じられないんですが、そう、なんだと思います。」


信じて貰えるか分からず、信じて貰えたとしても、この状況が良いのか悪いのかも分からない優菜の声は小さく、弱々しい。


「あ、ごめんなさい。私、鮎川優菜と言います。えっと、優菜、鮎川の方が良いんですか?」


「ユウナ・アユカワ?随分と変わった響きだな」


此処に来て、相手に二度も名乗らせ、自分がまだ名乗っていない事を思い出して、慌てて自己紹介する優菜。

デュークは優菜の名前を反芻し頷くと、先程よりも真剣な表情で優菜を見つめる。


「ユウナ、お前の謎は多いが、それはまぁ今後考えるとしてだ、お前自身の今後に関わる重要な話だ。」


優菜はデュークのその真剣な表情に背筋を伸ばして、向き直る。


「見た所、ユウナからは魔力が感じられない。」


「魔力?」


「ああ、そして、この世界で魔力のない人間はいない。」


ゲームとか、漫画とか映画とかの世界で良くある魔法が優菜の頭に思い浮かぶ。


「この世界では魔力の高いものが力を持ち、魔力低い者達を従えている。その中にユウナを当てはめるなら、奴隷以下という事になる。」


優菜は聞き慣れない”奴隷”の言葉に目を見開いた。しかも、自分は魔力の無さ故に奴隷以下と、そして、魔力が感じられないと言う先程のデュークの言葉で悟る。

この世界の底辺にいると、世界最弱だという事をーーー。




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