傀儡子
ねえ、ちょうだい――と、少女は私に掌をさしだした。
薄暗いラブホテルの壁に白を基調とした制服が掛かっている。
「援交じゃないよ」という言葉がよみがえった。私は、それをかき消して起き上がりジャケットを引き寄せた。ポケットに手を入れたとき、
「お金じゃなくって、そっち――」
くすっと笑って、少女は私の鞄を指さした。細い人差し指の先には、さっき手に入れたクレーンゲームの景品があった。蒼い髪をした少女の人形で、人気アニメのキャラクターだった。
人形を渡すと少女は、愛おしそうに抱いた。その瞳に安堵の色を浮かんでいた。
「どこでもある人形じゃないか」
ホテルを出て、新宿に向かう狭い橋の上まで来たとき、私は思いきって聞いた。
行きずりの男に身体をあずけてまで、何故。そう続けた問いは小さく、少女に届いたかどうかわからなかった。
少女は不意に、石造りの橋の低い欄干に登った。そして、外側に張られた転落防止用のフェンスに寄りかかった。きしり、と金属のたわむ音がした
「分身なんだよ」
少女は両手を広げた。
「分身?」
「そう、たくさん作られた中に一つだけ、自分の分身の子がいるの。その子に出会えた女の子は、幸せになれるんだよ」
そう言って、少女はあどけなく笑った。罪悪感にも似た感情が胸に浮かんだ。
私は少女をみあげた。
えい、と少女が小さく叫んだ。
月明かりの中、蒼い髪の人形が飛んだ。
少女が投げた分身は、ゆるやかな放物線を描きながらフェンスを越えて橋の下に落ち、やがて、闇に汚れた川の水に紛れて姿を消した。
「全部、流れちゃえ……」
吐き出すような呟きが秋の夜に流れた。
初投稿です。短い作品ですが、よろしくお願いします。