表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/45

幕間 神に偽り

花守のお話に戻ります。理の姫と水臣主体のお話です。性格の歪んだキャラクターは、書いていて複雑な気持ちになります。

幕間 神に偽り


 出会う人物の前生を見分けることは、花守ならば可能だ。

 まして理の姫には容易な話だった。理の姫は、顔を見れば一人のみならず複数の人物の前生を、瞬時に把握することが出来た。

 その筈だが、理の姫・(こう)の目をもってさえ、かつての明臣の許嫁(いいなずけ)である富の転生後を未だ見出すことが出来ずにいた。

(もしや、この国にはいないのでは)

 幾たびか、富の生まれ変わりを探して現世に降りたのち、光はその疑念を抱いた。

(…けれど、明臣と過ごしたこの地を、転生後とは言え離れるとは思えない)

 その魂が、明臣が富を求めると同じく、明臣を求めるならば。

 そして光は、そうであって欲しいと願っていた。

 明臣が富を恋うるように、富もまた明臣を恋うての転生を果たしていて欲しかった。

(でなければ、余りに哀れというもの―――――――)

 神の身となり百年の時が過ぎても尚、一途に(かつ)ての許嫁を想う明臣が。

 光は今、戦乱で荒れた京都に降りていた。人々が行き交う、朱雀大路(すざくおおじ)の端。

 季節は夏。

 蝉の鳴き声が割れんばかりに響いている。

 強く照りつける日の下、大路の所々には(かばね)が転がり、肥えた(ねずみ)が我が物顔で闊歩(かっぽ)していた。

 御所の栄光も、今や昔語りのようだ。

 荒れたとは言っても、信長が手を入れる前よりはずっとましになったほうだとは聞く。

 そんな大路を、仄かな鴇色(ときいろ)の小袖に被衣(かづき)を掲げ持って歩く光の姿は、常人には見えていない。

 こんな所まで赴いてはみたものの、今回も収穫は無さそうだ、と思い光は歩きながら溜め息を吐いた。

(明臣………)

 花守の中でも最も年少の、心優しい花守の切なる願いを、光は叶えてやりたかった。

 そう、考えていた時。

「好い加減になされませ」

 呆れたような響きの声が、彼女の耳を打った。

 視線を巡らせた先に立っていたのは、やはり水臣だった。

「………水臣…」

「一花守の為に、姫様が自ら現世に降りられ、直々に人探しをなさるとは。しかも、かように(けが)れた場所で。理の姫様のお勤めは、そのようなことではありますまい」

 水臣は人界に降りる時も、あまり服装を人に合わせない。それが今日は珍しく、浅葱(あさぎ)色の上衣に深い紺の袴を穿()いて現世に相応しい身なりをしていた。

「――――――見逃しては、もらえないだろうか」

「…難しいことを仰せられる。それ程に、明臣の気を晴らしてやりたいとお思いですか」

 水臣の声音は、一言発するたびに冷たさを増していくようだった。

 ぐいっと、光の手を掴むと、逃れる暇も与えず抱き締める。

 薄物(うすもの)の被衣が地面に滑り落ちた。

「水臣――――」

 被衣が落ちてしまった、という非難の意味合いを込めて光が名を呼んだが、水臣はそのことに一顧だにしなかった。

 水臣は光の耳元で低く(ささや)くように言った。

「解っておいでの上でやっておられるのか―――――私以外の者の為に、動くあなたを見るのは耐え難い。あなたの慈しみや優しさは、時に私にとってひどく残酷です」

 光は水臣の腕の中で眉を(ひそ)めた。

 この熱に流されてはいけない、と思いながら。

「あなたは、同胞の嘆きをどうでも良いと言うのか」

「今更それを仰いますか?同情はします。けれどあなたが全てです。私にとっては。気付かない振りは、止めていただきたい」

 光を抱く手に力が籠る。

 しかし光は渾身の力で水臣の身体を押しやった。

 乱れた髪の一筋が、白い面に落ちる。

「水臣。―――――あなたは私が、あなたに負い目を感じていないとでも?私は花守の長だ。理の姫だ。あなただけを特に大事に、想う訳にはいかない。あなたが私を想ってくれる程に、あなたを想うことは出来ない。そのことに、私が何ら後ろめたさを感じていないと思うか――――」

「御本心ですか」

 腕を組み、余裕を持って光の弁を聴いていた水臣が、その余裕のままゆったりと問いを投げかけた。

「何?」

「御本心から、とりわけ私を想うことは出来ないと仰せですか?」

 水臣の口調はあくまで緩やかだった。

「―――――本心だ」

 固い声音で言い切った光を、水臣は首をやや傾げて見る。

 そしてクッと喉の奥で笑った。

「…姫様は嘘が下手であらせられる」

 見る間に、光の頬に朱が差した。

「あなたは」

 光は頬を紅潮させたまま、水臣を睨みながら言った。

「――――自惚(うぬぼ)れが過ぎる」

 怒気の混じった声でそう言い、光はやや手荒く水臣から離れると、拾い上げた被衣で再び頭を覆い朱雀大路を走るようにして去って行った。残された水臣は口元に楽しげな笑みを浮かべ、まだ低い笑い声を響かせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ